新婚旅行に行こう⑥~お姉様と呼びたい~
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アリアにちょっとしたお仕置きをくらった、と言うべきか、ちょっと仲が進展したと言うべきか、今までよりも濃厚な口づけをアリアと交わしたエデルは、アリアが明日のことで少し部屋からいなくなった隙に、ハッと閃いた。
「そうだ、ちゃんと男の格好すれば間違えられないじゃん!」
性別不明の服ではなくて、きちんと男の服を着れば間違えられることもない。
アリアの隣に立つと弱々しい男に見えるかもしれないが、性別を間違えられることもないはず。
「エッタさん、ベルさん、明日の俺の服、格好良いやつにして!」
さっそく隣の部屋に行き、今日着た服の整理などをしていた侍女長のエッタと若い侍女のベルに満面の笑みでそう言った。
「格好良い服、でございますか?」
「そう。イスハーク王子に間違えられたのは、服装のせいもあると思うんだよね。格好良い服着ていたら、さすがに間違わないでしょう?」
「かしこまりました」
ベルは止めた方がいいのでは、と思ったが、エッタが先に返事をしたので、無言で一歩下がった。
「エデル様、服はご自分で選ばれますか?それとも、こちらで選ばせていただいてもよろしいのでしょうか?」
「選んでほしいかな。こういう場でどういう服を着ればいいのか分からないから」
「では、こちらで選ばせていただきます」
「うん。よろしくね」
これで明日から間違われなくて済むし、アリアさんにも怒られない。
そんなルンルン気分で部屋に戻って行ったエデルと違い、ベルはエッタの方を困惑気味に見た。
「侍女長、エデル様の服ですが、アリア様と並んだ時のバランスを考えますと、やはりドレスの方が良いのではありませんか?」
「ふふ、何を心配しているのです?いいですか、ベル、エデル様がアリア様のお隣に並ぶのに、必ずしもドレスが必要だとは限りません」
「え?」
エッタの自信たっぷりの言葉に、ベルはさらに困惑した。
「我が軍には、アリア様以外にも女性騎士が在籍しています。あなた方若い子たちは、アリア様と女性騎士が並んでいると、わーきゃー喜んでいるではありませんか」
「はッ!ま、まさか、侍女長!」
「明日のエデル様の服装は、こんなこともあろうかと用意しておいた黒地に紫のアクセントの軍服です」
「でしたら、アリア様には白地に青の軍服ですね。髪の毛はアリア様が基本的に下ろしているので、エデル様は紫色の飾り紐を使って後ろで一つにまとめましょう」
「えぇ、何もかも対照的にしてお互いの色を身に着けていれば、イスハーク殿下も惑うことなどないでしょう」
「そうですね」
ちなみに、アリアと女性騎士たちが並んでいると、若い女性たちは、「お姉様とお呼びしたい」、「女性二人が並んでいるだけで、何と絵になることでしょう」、「目が幸せです」、などと言って喜んでいる。
つまり、そういうことだ。
格好良い服を着たからって、エデルが望むような見方をされるとは限らない。
「明日が楽しみですね」
「はい、侍女長」
侍女二人は、うふふふふ、と笑い合うと、さっそく明日の服の準備にかかったのだった。
翌朝、エデルがもぞもぞしながら隣を探ると、すでにシーツが冷たくなっていた。
どうやらいつも通りアリアはすでに起きているようだ。
ちなみに一緒には寝ているが、ただ抱きしめ合って眠るだけだ。
ふあぁぁ、と欠伸をしながら起き上がると、ちょうど良いタイミングでエッタとベルが入ってきた。
「おはようございます、エデル様」
「おはよう、アリアさんは?」
「すでに支度を整えられて、馬の様子を見に行かれております」
「そっか。あ、衣装、用意してくれた?」
「はい。エデル様用の軍服をご用意されていただきました」
「軍服?俺、そんなのあるの?」
「いざという時は、エデル様が辺境軍の総司令になりますので」
「そうだった。俺、無理なんだけどなー」
「形式上は必要になりますから」
いざという時、というのは、何らかの理由でアリアが軍を指揮出来ない場合の緊急事態時のことだ。
アリアの夫であるエデルは、アリア不在時には代行としてそれらを指揮することになる。
と言っても、基本的には経験豊富な軍人に任せることになるが、形式上はエデルが一番上になるのだ。
そういった時用に、アリアと似た感じの軍服を用意すると言われていた。
エデルがそれを着て前線に立つような事態になっている場合は、すでに辺境全体が危機に陥っている時だ。
だが、せっかく作ったのにそんな時しか着ないのは勿体ないので、どこかで着る機会があればと思って持ってきていた服だ。
まさか、こんなに早く出番が回ってくるなんて誰も予想していなかった。
「分かった。じゃあ、それ着るよ」
「はい」
運ばれてきたのは、黒地に紫色のアクセントが入った服だった。
黒も紫も、どちらもアリアを彷彿とさせる色だ。
ボタンなどが銀色に輝いていて、真新しい服だとすぐに分かる。
「おぉ!格好良い!」
「これなら、ご要望通りかと」
「うん。無茶言ってごめんね。ありがとう」
「とんでもございません。髪の毛ですが、こちらの藤色の組紐で一つに纏めさせていただきます」
「それもいいね。切るつもりはないけど、髪の毛が長いのもイスハーク王子が間違えた理由だと思うし」
ベルたちが艶々にしてくれる髪の毛は、長い方が何かと便利なのでそのままにしてある。
いつもは流しているが、一つに纏めるだけでも全然違う気がする。
「では、さっそく支度いたしましょう」
「そうだね」
支度と言っても顔を洗ったりするだけで、さすがに化粧はしない。
髪の毛も一つに纏めるだけなので、頭の上で結うときよりもよっぽど早い。
「さすが、ぴったりだね」
「はい。良くお似合いです」
黒の軍服は、色んな意味でエデルに良く似合っていた。
エデルのブルーグレーの髪を纏める藤色の組紐も、よく映えている。
ただ残念なことに、ちょっとエデルが思っている方向とは違う方にいっただけだ。
「アリアさん、驚くかな」
「はい。きっと、良く似合うと褒めてくださいますわ」
「だと嬉しいな」
こっちも嬉しいです。
だってこの姿のエデル様がアリア様と並んだら、間違いなく「お姉様」の世界。
どう見ても男装の麗人にしか見えないエデルの姿に、対になる白の軍服を着たアリアも喜んでくれることを確信したエッタとベルは、誰かが新たな扉を開くかもしれないと思いつつ、この姿をまだ見ていない城に残った侍女たちに詳細に語るべく、しっかりと目に焼き付けたのだった。




