新婚旅行に行こう⑤~先祖もやらかしてる~
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エデルが辺境伯の夫だと知って呆然としているイスハークを放置して、アリアはさっさとエデルを連れて宴から部屋へと戻った。
「さて、エデル、言い訳を聞こうか」
「あー、えーっと、体調が良くなって廊下に出たら知り合いに会って頼まれたから演奏しました」
そこまで一気に言って笑って誤魔化そうとしたのだが、アリアは当然ながら許してくれなかった。
「まぁ、エデルは優しいから、知り合いに頼まれたら否とは言えないだろうが、一言、妻である私に言うべきだろう?」
「……はい、その通りです。軽く考えていました」
「いいか、エデル、お前は私の夫としての色々と自覚が足りない。まずは、結婚式のために色々と磨かれた結果、外見が今まで以上に人を引きつけやすくなっていることを自覚した方がいい」
ついでにアリアという絶対的に信頼出来る保護者が出来たせいか、今まで以上に気を抜きまくってほわっとした雰囲気を醸し出している。
要は危ないのだ。
守ってあげたい、とか、構いたい、的な感情を他者に抱かせる。
それだけならまだしも、抱きしめたい、上手くいけばそれ以上、という邪な感情を抱く者たちだって確実に存在している。
アリアが傍にいればそんな輩は近付けさせないが、さっきみたいに一人でフラフラされるとどうなるか分かったものじゃない。
「……ひょっとして、俺ってちょー危険だったりしました……?」
「ようやく自覚してくれたようで何よりだ。ちょー危険だったな」
「うわー、すみませんでした」
「エデル、あの国の王族はわりと直情型なんだ。芝居に、レディ・ブルーの結婚という物語があるだろう?」
「ありますねー。どっかの国の王子様と恋に落ちた踊り子が、身分違いで逃げようとするのを王子様があれやこれやの手を使って手中に収めようとする話のやつですよね」
エデルも何度か演じたことがある。さすがに踊りは出来ないので、主役の二人を囃し立てる周囲のモブ役だったけど。
一度、居候先の座長に、いいから踊れと強要されて渋々踊ったところ、座長が泣く泣く諦めたことがあった。
けっして下手とかではなく、踊りがけっこう難しかったのだ。
「あの物語の元ネタは、あの男の先祖だ」
「へぇー……って、えぇ!そうなんですか?あの話、実話なんですか!」
「だいぶ脚色はされているが、根本的なところはそうだ。あの男の先祖の一人が旅の踊り子に恋して、彼女を手に入れるためにそれはもう周囲を巻き込んで盛大にやらかしたらしい」
「えぇぇぇぇー、ないわー」
物語では、王子はけっこう色々な手をうってくるので、気持ちは分かるけど、あそこまでやる執念はないわー、どーよ、と若干演じる人間を引かせる物語だ。
「ざっと二百年ちょっと前くらいの実話が基になっている」
「アリアさん、よくご存じでしたね。そんな前の、しかも砂漠の国での出来事なのに」
「……まぁ、ちょっと我が家も関わっていてね」
「へ?砂漠の国の王族に?」
「いや、踊り子の方だ。彼女は、妻子ある辺境の子爵が、砂漠の国に行った時に出会った女性との間に出来た子供だったんだ。金銭的な援助はしていたようだが、彼女は砂漠の国でそのまま踊り子になった。で、それをたまたま王子が見初めたことで話がややこしくなり、身分差を盾に王子を拒否した彼女を手に入れる為にとことんまで彼女のことを調べた王子は、彼女の父親が辺境の子爵であることを突き止めた」
「うわー、いーやー」
「同感だ。ちなみに、どうやったのかは知らんが、下着の色まで調べたそうだぞ」
「マジで嫌」
「踊り子の女性は、辺境の父親のもとにまで来て隠れていたこともあったのだが、変な勘を身につけた王子に悉く見つかってね。彼女は王子と散々やりあった末に、我が家の養女になって砂漠の王族に嫁いで行った」
「色々の部分を知りたいような、知りたくないような……」
「詳細は伝わっていないが、省いたということは、ろくでもない出来事があったと推測されるな。絆されたのか惚れたのか諦めたのかは知らんが、ともかく最終的に彼女は王子の妻になったんだ」
「じゃあ、あの王子様はその子孫?」
「直系ではない。あそこの王族は基本一夫多妻制なのだが、当時の辺境伯が、養女とはいえ我が娘を娶る以上、他の女にうつつを抜かしたらタマ取るぞ、と脅し……ではなく、娘を心配する父親としてしっかり言い聞かせたらしく、王子は臣籍降下して生涯、彼女だけを愛したそうだ」
「……どっちのタマかなー。魂か玉か。どっちも取られたくないけど」
城にある歴代の辺境伯の姿絵を見たが、どの方も格好良い方ばかりだった。
色んな意味で。
バリバリの肉体派もいれば、立ってるだけで騒がれそうなスラリとした方もいた。
大剣派も槍派も肉弾戦派も、凜々しい表情の方も微笑んでいる方も、どの人物も皆、間違いなく『ロードナイトの王』だった。
つまり、絵を見ただけで、逆らう気も失せるような方たちばかりだった。
「俺、あの絵の方々に目の前で何か言われたら、すぐに頷きますよ。はい、の一言しか言えません。よかったー、俺の辺境伯様がアリアさんで」
「……エデル……」
心底ほっとしているエデルだが、無意識に言った「俺の辺境伯」という言葉に、アリアは顔が赤くなりそうになった。
こういうところが、アリアの心に響くのだ。
俺の辺境伯、その言葉に何ら間違いはない。
だが、普段アリアが言われるのは「我らの辺境伯様」だ。
俺の、という言葉を付けることが出来るのは、この世界にただ一人、エデルだけだ。
「……エデル、お前は無意識、無自覚に私を煽る」
そう言うとアリアはエデルを引き寄せてその唇を奪った。
それは、結婚式でしたような軽い口づけではなく、もっと濃厚な口づけだった。
「はっ、あ、アリア、さん」
深い口づけから解放されたエデルは、息を乱していた。
「いいか、エデル。今はこれ以上はやらないが、お前の言葉や行動が私を煽ることを覚えておくがいい」
「は、はい……」
ごめん、ラファエロ。俺、やっぱり襲われる方だった。せっかくもらったけど、襲う方の本はいらなかったかも。
アリアの言葉に必死に頷きながら、エデルは現実逃避でそんなことを考えていたのだった。
シリアス先生はどこに……?
最初に投稿した時に副題を付け忘れました。すみませんでした。




