新婚旅行に行こう④~私の夫に手を出すな~
読んでいただいてありがとうございます。こっちの話は、書いていると楽しいです。何せ主人公が、悲壮感無し、危機感無し、ついでに貞操の危機感も無し、の三無し天然なので、シリアス場面がシリアスにならないんです。
エデルは、何とか無事に演奏を終わらせて、ほっと一息ついた。
横でずっとフールームの第三王子が意味ありげな目でエデルを見ていたけれど、どきどきなんて決してしなかった。
むしろ、遠くの席からじーっとこちらを見ていたアリアの視線にどきどきした。
そのどきどきはトキメキとかじゃなくて、怒られるー、という残念などきどきだ。
「素晴らしい演奏だったぞ、エデル」
「あ、ありがとうございます」
止めてー、こっち来ないでー。
声を大にして言いたい。この男が辺境にとって良き取引相手じゃなかったら、大声で言っているところだ。
アリアさんのためにも耐えないと。
「美しい音だった。奏者であるお前と同じ様に。エデルの演奏に辺境伯殿も満足しているようだぞ。その証拠にずっとエデルの方を見ていたな。エデルは旅の一座の者か?」
何故か満足そうなイスハークに対して、エデルは心臓バクバクものだった。
アリアさんは、演奏に関しては満足はしてくれたと思いますが、ずっと見ていたのは心配してくれているからです!
……心配してくれてるんだよね?新婚だし。
うっかり新婚の夫に手を出しちゃったこの人のことを、どのタイミングで斬ろうかな、とか考えてないよね?
これに関しては俺も悪いので、出来れば穏便に……無理……?何か、俺の身分とか言うタイミングを逃しちゃったし……。
「いいえ、違います。一年くらい前までは各地を旅する吟遊詩人でしたが、最近は辺境に落ち着きました」
「ほう、ならこの町に住んでいるのか」
「普段は、領都シュレインに住んでいます」
「シュレインか。美しい都市だそうだな。俺の一番上の兄が辺境伯の結婚式に出ていてな。手紙をもらったのだが、豪華で荘厳で、宴も素晴らしかったそうだ。エデルほどの腕前なら、宴にも呼ばれたのではないか?」
「あー、そうですね、はい、出ました」
主役の一人です。ところでそろそろもう一人の主役が静かにキレそうなので、どっか行ってくれませんか?
「素晴らしいな、エデル。ぜひ、その腕前を我が国でも披露してみないか?」
「フールーム国でですか?」
「そうだ。その時は、俺の妻の一人として……」
イスハークの言葉は最後まで言わせてもらえなかった。
遠くに座っていたアリアが、いつの間にか近くまで来て立っていたのだ。
「……これは辺境伯殿。いささか無粋なのでは?それともこの国では、美しい方を口説いてはいけないという法でもあるのですか?」
アリアの雰囲気が先ほどまであった友好的なものではなく、どことなく険しいものに変わっていたので、イスハークは辺境の民を口説いているのを怒っているのかと勘違いしていた。
「ふふ、そんな法はない。それに、貴殿が一目惚れをした相手を心の底から幸せにすると誓い、相手も貴殿が良いというのならば、辺境の民を口説こうが旅の一座の者を口説こうが好きにしてもらってかまわないが、生憎、エデルは、貴殿のことなど好きではないだろうよ」
「辺境伯殿、あなたに何が分かるというのだ?」
アリアの言葉にイスハークは怒りを覚えた。
なぜ勝手にそう決めつけるのか。
旅の吟遊詩人の気持ちを、アリアが勝手に決めつけたのが気に入らなかった。
「分かるさ、当然だろう。貴殿こそ、私の新婚の夫を口説くのを止めてもらおうか」
「分かる?何を言って……は?……夫?」
「そうだ。貴殿の兄が出席してくれた宴の主役の一人だ」
アリアの言葉にイスハークは混乱し、エデルの方を見た。
「エデル、おいで」
アリアがそう言った瞬間に、エデルの顔がぱっと明るく輝き、すぐに立ち上がってアリアに抱きつきた。
「アリアさん!アリアさん!ごめんなさいー」
抱きついてきたエデルをアリアは抱きしめ返して、優しく撫でた。
「……全く、お前はすぐに変なことの中心にいるな。そもそも、体調が悪かったのだろう?なぜここにいる?」
「ちょっと知り合いに頼まれて。あ、身体はもう大丈夫です。アリアさんがいるから一生懸命演奏しました」
「そうか、演奏はとても良かった。私はエデルの奏でる音が好きだよ。……けれど、不用意すぎる。護衛は止めなかったのか?」
「止めてくれました。でも、俺がわがまま言ったんです。アリアさんが出てたから、アリアさんに聴いてもらいたくて」
「だからといって、新婚早々、変な男を引っかけるな」
「ごめんなさい」
エデルを抱きしめて頭や背中を撫でるアリアの姿に、女性陣はぼーっと見惚れ、男性陣は何とも言えない顔をしていた。
そしてイスハークは、エデルが男性で辺境伯の夫という事実を告げられ、呆然としていた。
そんなイスハークを見て、アリアはふっと微笑んだ。
「エデル、イスハーク殿に男性だと言わなかったのか?」
「え?んー、そういえば言ってないかも。聞かれなかったし」
「あからさまに口説かれそうになっていただろう?まさかそれも気付かなかったのか?」
「さすがにそれは気付きましたよ!でも、そんなこと今までしょっちゅうあったし、俺を男性だと分かって口説いてるんだと思ってました。ただ、ちょっとアリアさんの前で口説かれるのは、まずいかな、とは思いましたけど」
「分かっていなかったようだぞ?」
「えぇー、見れば分かるでしょう!」
エデルの言葉に聞こえていた全員が、いや、それは無理だから、というツッコミを入れそうになった。
今のエデルの姿を見て、初見で男だと判断する人間はあまりいないと思う。
せいぜい、男性だよな?、くらいだろう。
「エデル、それは城の中の人間くらいにしか通用しないな。それに、美しい人、と言われていたようだが」
「あ、それ、すっごく嬉しかったです。俺、結婚式のために城の皆に外見をしっかり磨かれて、所作も美しく見えるようにって徹底的に仕込まれたんです。それが実ったってことですよね!」
違う、そうじゃない。
そうじゃないが……これ以上は、フールームの第三王子が可哀想だから何も言えない。
アリアとエデルのことを知っている人たちが、夫婦の世界に入り込んでいる二人を放置してチラッとイスハークの方を見れば、彼は信じられないようなものを目にした顔をしてエデルを見ていた。
……気持ちは理解出来る。出来る、が、あの二人は、これが通常スタンスだ。諦めろ。
その日、初めて辺境の地を訪れたフールームの第三王子は、見事に辺境の民からの同情を買うことに成功したのだった。
そしてこれ以降もたびたび辺境の地を訪れては、会う度にエデルを口説くことを止めなかった。
それは彼が正式に妻を娶ってからも続いたので、もうあれは挨拶だろう、と認知されるようになっていったのだった。




