新婚旅行に行こう②~夫は危機感とは無縁~
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シャラン、と腕に着けた腕輪が鳴る。
美しい踊り子が、エデルの奏でる音に合わせて踊っている。
踊り子や見ている人たちの邪魔にならないように、それでいてしっかりメロディが届くように、エデルは竪琴を奏でて歌を歌う。
……何で、こうなった……??
エデルの隣でそれを満足そうな顔で見ているのは、アリア、ではなくて、砂漠の国の生まれだという男。
鋭い目つきと鍛え上げられた身体。
黒い髪、黒い瞳、そして日に焼けた褐色の肌。
十人中九人が騒ぐであろう男らしい美貌の持ち主。
ちなみに残りの一人は、気の弱い女性だと鋭い目つきが苦手だと思うからだ。
同じ男性でもエデルとは正反対の、武人っぽい男性だ。
辺境に来てから騎士たちとよく接触しているエデルだが、それでも彼ほど武という文字が似合う人はいなかったと思う。
そんな男性が、隣で満足そうにしている姿は、大型の獣が傍にいるようで怖い。
助けてー、アリアさーん。
アリアは、遠くの席から今のこの状況を見ている。
すぐに動かないのは、この宴席の主役が隣の男であり、砂漠の国フールームの第三王子だからだ。
それにアリアにも状況がよく分かっていないだろう。
何せエデルは体調不良(馬車酔い)で、今は部屋で休んでいるはずなのだ。
これは何と言うか、全てタイミングが悪かった。
アゲートに向かう途中、エデルが珍しく馬車酔いした。
これは結婚式まで気を張っていたのが、アリアと二人っきりになって気が抜けたのと、今までの固い馬車と違って慣れないふわふわの馬車のため、いつもと違う揺れがエデルを襲い、結果、酔ってしまったのだ。
その結果、途中にあったこの町で急遽一泊することになり、領主の館に滞在することになった。
突然の来訪に領主は驚いていたが、快く泊めてくれることになった。
が、一つだけ問題があり、今、町にフールームからの一行が滞在しており、今夜はその人たちを招いての宴が催されることになっていたのだ。
アリアは、フールームの第三王子が来ていることは知っていたが、結婚式には第一王子の方が来ていたし、第三王子とは面識がなかった。
それで急遽、アリアも宴に出ることになったのだ。
領主にしてみれば、自分たちの主である辺境伯とフールームの第三王子を同時にもてなせて、両者を繋ぐことが出来るので、万々歳といったところだったのだろう。
第三王子はフールームの中では、産業を司っているらしく、商品を各地に売りこんだりしているらしい。会っておいて損はない相手だ。
というわけでアリアは護衛を伴って宴へと出向いた。
その間、エデルの方が手薄になるが、エデルが部屋で寝てるだけだからと言って、最小限の護衛だけでいいと言ったのだ。領主の館内でそうそうおかしなことはないから、と。
人数の関係で、そこまで大人数で押しかけるわけにもいかなかったので、一部は町の宿屋に泊まっている。そこからさらにアリアの護衛で宴に出る者がいるので人数が減って、さらに一眠りしたエデルが起きた時は夕食の時間帯だったので、護衛も交代で夕飯を食べに行っていて一人しかいなかった。
起きたエデルは、喉が乾いたので部屋の中にあった水差しからコップに水を汲もうとしたのだが、その水差しを落として床にこぼした。エデルは、自分で床を拭くから、水をもらってきてほしいと護衛を厨房に行かせ、結果、部屋に一人きりとなった。
床を拭いたエデルが、水はまだかな、と思って扉から廊下に顔を出したら、道に迷ったのか、旅の一座の踊り手らしき女性と目が合った。
「……まさか、エデル?」
驚いた女性がエデルの名前を呼んだのでよく見ると、彼女は昔、世話になったことのあった一座の女性だった。
「えっと、タルーシャ?」
「えぇ、そうよ。本当にエデルなの?こんなところで何してるのよ」
タルーシャとは何度か組んだことがあった。
エデルが竪琴と歌を担当し、タルーシャがそれに合わせて踊る。そういう関係だった。
「ちょっと馬車酔いしちゃって休憩してたんだ」
「あら、大丈夫なの?」
「うん。寝たら治った。タルーシャはこんなとこで何してんの?」
「今日の宴に呼ばれたんだけど、道に迷って。はッ!そうだわ、エデル、お願いよ。竪琴を弾いてちょうだい」
「は?どーゆーこと?」
「うちの者が風邪を引いて声が出ないのよ。どうしようかって悩んでて。お願いよ、エデル。私たちを助けると思って!今日の宴を成功させれば、フールームでも公演が出来るかもしれないの!!」
真剣な表情のタルーシャに、かつてお世話になっていた一座だし、と気軽にエデルは応じた。
そこに戻ってきた護衛が不審者のタルーシャに剣を抜こうとしたが、事情を説明し、旅の一座に身分を明かさずに、そっと紛れ込むことにしたのだ。
宴にはアリアも出ているので、アリアがいるところでしか弾かない、という自分の誓いに反することではないし、事情は後で説明すればいっか、と単純に考えていた。
アリアに伝えた方がいいと言う護衛に、伝えたらアリアが戻ってきそうだから、そんな手間をかけさせたくないからいいよ、とエデルが断った。
本当に2、3曲弾いたら、帰ってくるつもりだったのだ。
それもメインは踊り手のタルーシャなので、隅っこの方でこそっと弾いて、ひょっとしたらアリアさんの驚いた顔が見られるかな、程度の軽い考えだった。
髪の毛を下ろしたままゆったりした服を着て、自分の竪琴を持って会場入りした。
その時に、久しぶりに会った一座の長には大変感謝された。
隅っこの方にスタンバイしたエデルが遠くの席にいるアリアを見ると、笑顔だが退屈そうな顔をしていた。よほど親しい者でないと分からないくらいの差だが、アリアがこの宴を楽しんでいないのは分かった。
わーい、アリアさんがいたーとか思って喜んでいたら、アリアの隣にいた男性が立ち上がった。
その時まで、エデルは彼のことなど視界に入っていなかった。
そしてその男性が、エデルの方にずんずんと近付いて来たのだ。
気が付くと、その男性はエデルの前にいた。
「……えっと、な、何か……?」
迫力ある男性の姿に、じりじりと下がりながら聞くと、男性がふっと笑った。
あ、笑うと可愛い。じゃなくて、なにー?
「俺の名はイスハーク。美しい人、あなたの名前は?」
あ、これひょっとしてダメなやつじゃない?
タスケテー、アリアサン。
エデルの危機感の無さ……。




