結婚式前④~エデルの家族~
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盗賊達はその日の夕方には殲滅が完了したとの報告が来た。
逃げ延びた者もいないようだったので、部下たちは鍛え直されずに済みそうだった。
鉱山の安全確保完了と歓迎の意味も込めてその日は宴会となり、アリアも軍人に混じって食事をしていた。こういう事には慣れているのでアリアは特に何も思わないのだが、やはりアリアの食事の仕方は綺麗なので軍人たちが何となくアリアの方を見ていた。
「そういえば、エデル殿はけっこう綺麗に食事されますな」
軍団長の言葉にアリアも頷いた。
「ああ、初めて一緒に食事をした時は驚いた。貴族として生きてきたわけではないのに、マナーもきちんとしていたからな。聞いたら彼がいた旅の一座の長が教えてくれたらしい」
「エデルは綺麗なテーブルマナーを身につけているな。誰に教わったのだ?」
結婚すると決めて書類を全て用意して、記入しなくてはいけない場所にサインが終わった頃にはすでに日も沈み、食事の時間になっていた。
息子の方は疲れてしまったらしく、お風呂に入ったら寝てしまったとのことだったので、無理に起こす必要もないから寝かせておくように指示を出した。
エデルは大丈夫とのことだったので一緒に食事を取ることにした。
アリアも、エデルの今までの生活を考えるとマナーなどは身についていないだろうから、そこはこれから覚えていけば良いと思っていたので、マナーが悪かろうが何だろうが今日は何も言う気はなかった。
だが、お風呂に入り綺麗さっぱりして、城にあった誰かの服を着てきたエデルの食事マナーは完璧だった。
「ああ、マナーですか?これは俺を育ててくれた一座の長の方針だったんです」
幼い頃、母が亡くなった後に自分を引き取ってくれた旅の一座の長がなかなかの色男で、行く先々で様々な年代の女性陣に人気が高い人だった。彼に好意を持った貴族の女性も多く、そうなるとムカついていたのがその旦那だったり恋人だったりで、長に恥をかかせる為に手っ取り早く晩餐に招待して女性の目の前でマナーの悪さを指摘して笑ってやろうという意地の悪い出来事というのが多々あったらしい。
長はそれに対抗すべく、お金を払って貴族のマナーを叩き込んでもらったのだそうだ。
「長は、そういうヤツ等の企みが失敗した時の顔が最高だった、と言ってたんですけどね。俺たちにもマナーは武器になる、とか言って教えてくれたんですよ。長に好意的だった貴族の方にも協力してもらって子供だった俺たちにも叩き込んでくれました。付け焼き刃だろうが何だろうが知ってるのと知らないのでは大違いでしたので。多少地域によって違いはありますけど、基本的なことは一緒だったのでどこに行っても役に立ちました」
懐かしい顔が思い浮かぶ。本当はどこかの貴族の落とし種では?と噂されていた色男の長や優しかった一座の皆。一緒に遊んで芸を磨いた子供たち。
「なるほどな。ではその長に感謝をせねばなるまいな。今、一座の方々はどこにいるのだ?」
「……皆、亡くなりました」
「それは……すまない」
「いいえ、ずっと昔のことですし。運悪く盗賊団に会ってしまったそうで、滞在していた村ごと全滅したそうです。俺はちょっと体調不良で離れていたから1人だけ生き残りました」
一座の子供たちは全員で育てるという方針だったので大人たちが代わる代わる世話をしてくれた。エデルも自分より年下の子供たちの面倒を見ていたし、あちらこちらに旅をしながら忙しく働いていたので寂しいと思ったことはなかった。夜も他の子供と一緒だったので泣くことも無かった。
あの日、懇意にしていた領主の館に招かれ、開拓していた村がやっと完成したので、村祭りに参加してほしいと言われて一座はその村へと移動していった。ただ、エデルは高熱が出て移動が難しい状態だったので、領主の館で安静にするように言われた。長の昔からの知り合いだという領主の元になら安心して預けられると言われ、エデルも仕方ないと諦めて一座の帰りを待っていた。
だがいくら待っても一座が帰って来ないし、村との連絡が途切れたことに異変を感じた領主が兵を率いて村に向かったが、すでに村は全滅していて一座も全員殺されていた。
領主は村人と一座の者の区別なく全員を弔ってお墓まで作ってくれたのだが、エデルは1人きりになってしまった。
「しばらくはそこの領主様の元にいたんですが、ちょうど別の一座が来たので今度はそこに移りました」
そこからは本当にあちらこちらの一座に間借りして落ち着くことはなかった。少々危ない目にも合ったことはあるが、おおむね今まで順調に生きてこられた方だと思う。エデルが一ヶ所に長期で滞在することはなかったのだが、ここ一年は主に息子の為に同じ町に留まっていた。
「一応、あの子にもマナーは教えてありますが、俺も少しうろ覚えなとこがあるのできちんと教えてあげて欲しいです。それに俺が知らないこともいっぱいあると思うので」
「そうか。あの子にはきちんとした教師を付けるが、エデルには私が手ほどきしよう。何が出来て何が出来ていないのかはこれから先、共にいることが多くなる私の方が良く分かるだろうしな。ふふ、一座との思い出も大切だが、私との思い出もそこに入れてくれ」
亡くなった人との思い出はずっとそこにある。だが、アリアもエデルも生きている以上、新しい記憶がどんどん積み重なってくる。特にこうして夫婦になった以上、2人での共通の思い出が出来上がってくるだろう。
「エデル、その一座の方々が眠っている場所はここから近いのか?」
「ここからだとちょっと東の方のマーテル領になります」
「ふむ。いつかは直接行くとして、使いの者に花を持たせて墓参りをさせよう」
「いいんですか?」
「もちろんだ。エデルをこうして頂いたのだ。そのご家族に挨拶をせねばな」
「ありがとうございます。俺は……全然行けなくて」
いつかは、いつかは、と思っていたのだが、いざ行こうと思うと、どうして俺だけが生き残ってしまったのか、という後悔の思いが湧いてきてずっと行けなかった。別に一座の人間が生き残ったエデルを恨んでいるとかそういうのはないと思うのだが、それでもどうしても行けなかった。きっとお墓を見てしまったら本当に自分だけが取り残されたのだと実感が湧いてしまうのが怖かったのだと思う。見ないことでまだどこかで誰かが生き残っているのではないか、という希望を無意識に持っていたのだ。
「エデル、行く時は私も一緒だ。もう1人ではない。お前の家族はちゃんといる。だから安心して墓参りに行こう」
「……はい」
1人では行けない、だけどアリアと一緒ならば行ける。
お墓参りして、家族が出来たことを報告して、もう1人じゃないと言おう。
「何なら一座のお墓をこちらに移しても良いぞ。そうすればいつでもお墓参りが出来るだろう?彼らにも私がお前を幸せに出来るかどうか見守ってもらおう」
「……そうですね。いつかアリアさんと一緒にお墓参りが出来たら連れて帰ってきてもいいですか?」
「もちろんだ。では私はお墓参りに行った時に、妻がひどいんです、と言われないように精進しよう」
「じゃあ、俺もアリアさんに捨てられないように貴女の望む夫になれるよう頑張ります」
「ふふふ、お互いこうして少しずつ話をしていこう。何と言っても私たちは今日、夫婦になったばかりなのだからな」
出会ったのも今日だけど、何か色々とすっとばして夫婦になった。
きっと一座の者たちが知ったら笑って祝福してくれるだろう。