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新しい日③

「そうだ、エデル。急だが、来週、手が空いた。新婚旅行に行こう」

「へ?新婚旅行?」

「あぁ、もう少し落ち着いたら行こうと考えていたのだが、お祖母様から、しばらく滞在するから今の内に行くように言われたのだ」


 食事が終わってのんびりしていると、アリアが急にそんな話を始めた。

 新婚旅行に行こうと言われてはいたが、エデルも結婚式からしばらく時間を置いてから行くと思っていた。


「お祖母様が?」

「そうだ。何かあればお祖母様が対処してくださるそうだから、遠慮なく行くように言われた」

「はぇー」

「お祖母様たちの時は、急な案件が入って戻ってくるしかなかったそうだ。それでお祖母様は、ずいぶんがっかりなさったそうでね。孫には同じ思いをさせたくないから、しばらく城に滞在してくださるそうだ」


 祖母の周りを見る目や政治的手腕は、信頼に値する。

 祖父を支えてこの辺境を守ってきた祖母だ。

 アリアがしばらく不在でも、その穴を十分に埋めてくれる存在がいるのは心強い。


「だから、少し遠出でもしよう。私も普段は、この周辺しか行かないから、離れた場所も見ておきたいのだ」

「うわぁ。嬉しいです。アリアさんとお出かけなんて、初めてですね!」

「あぁ、そうだな。若干視察も兼ねているが、辺境は広い。私が直接見たことがないような場所は、いくらでもある」


 辺境、と言われてはいるが、それは王都から見て魔物が出る森や他国との国境がある場所というだけで、実際は珍しい素材や宝石などが流通し、他国との交流も盛んな場所でもある。

 学術都市ハウライト、芸術都市アゲート、商業都市シトリンなど各都市がそれぞれ個性的な特徴を持っており、それほど距離が離れていない場所にある。

 最近では他国からの留学者は、イールシャハル帝国の王都エスカラではなく、ロードナイト辺境伯領にあるこれらの都市を希望する者が多い。

 他国の王侯貴族は、一年間だけエスカラに行き、見聞を広めるという名目でそれぞれの都市に行くことが当たり前になってきていた。

 アリアも全ての都市に行ったことがあるわけではなく、それぞれの領主に任せている。


「へぇー、そうなんですか」

「あぁ、何と言うか……エスカラでは、何か新しいことを学ぶことはあまりなくてな。どちらかというと帝国貴族との人脈確保のためという感じになっているんだ。だから本当の意味で何かを学びたい者はハウライトやアゲートに行くし、珍しい物が欲しい商人はシトリンに行く。私も昔はハウライトで学んでから、エスカラにある学園に通っていた」

「ハウライトに?」

「ふふ、楽しかったぞ。古代史が好きでね。あの近くにある古代都市の廃墟に研究のために行ったこともある。解明されていない文字なども好きなんだ」

「いいですよねー、古代都市!吟遊詩人としては、ロマンが溢れている場所は激アツですもん。俺も旅の途中で何カ所か寄りました!砂漠に埋もれた遺跡では何があったのだろうって考えて、緑に浸食されていた遺跡では、隠された扉とかないのかなって思って、わくわくして探してしまいました。遺跡の近くに暮らしている人たちに色んな昔話を聞くのも、楽しかったですよ」

「それは楽しそうだな。エデルには皆、気軽に話をしてくれそうだな」

「俺、あんまり警戒心とか持たれないタイプみたいなんで、ここだけの秘密の話とか聞けて面白かったですよ」


 エデルが警戒心を持たれないというのは分かる。初めて会った時、アリアだってエデルにはあまり警戒心を持つことがなかった。

 職業が根無し草の吟遊詩人ということで、その地に根付く者ではないからこそぽろっと漏らせる話もあるのだろう。

 が、たまにそういう秘密の話の中には、本当にダメな話もあるわけで……。

 エデルが実はとんでもない秘密を知っているのではないか、との疑惑がアリアの中で浮かんだが、もしそれでエデルが命を狙われるようなことになったら、アリアが全力で守るだけだ。


「秘密の話か」

「そうです。けっこう荒唐無稽な話が多かったですよ。中には、自分が一族最後の一人だから、このまま誰にも言わずに死ぬのは嫌だ、最後にぶちまけたい、みたいなことを言ってた人もいたかな」


 あははははー、と笑っているが、一度、エデルが知る秘密の話をきちんと聞いた方がいい気がしてきた。


「エデル、その手の話を思い出せる限りでいいから、一度、教えてくれ」

「いいですよ。何か皆、秘密だけど、どうせ誰かに言ったところで理解してもらえないし、自分たちでも意味が分かんないから、吟遊詩人のお前に託す、的な感じだったので」


 つまり、吟遊詩人によって各地に話を拡散させて秘密を解く人を探していた、もしくは一族の歴史を残した、ということなのだろう。


「やれやれ、私の夫は、本当にどこに行っても人気者なのだな。新婚旅行先でも人気になって、私を放置するのは許さんぞ」


 くすくす笑いながらアリアが冗談っぽくそう言うと、エデルは慌てた。


「しませんよー、そんなこと。俺、話を聞くのは好きだけど、アリアさんの方が大切ですから」

「まぁ、私もエデルを昔話に取られるのは気に食わぬな。だが、普段、仕事に追われて家族にあまりかまってあげられていないのも確かだ。私がエデルを放置しているのに、エデルには私を放置するなと言うのは、いささか都合が良すぎるか」

「え?放置?俺、あれで放置されてたんですか?確かに時間は短いかも知れませんが、毎日、俺のおしゃべりに付き合ってくれるし、侍女さんたちからアリアさんの伝言もらったりとか、けっこう気にかけてもらってますよ。俺、ちゃんとアリアさんの愛情を感じています。全然放置してないですよ」

「そうか?なら、嬉しいが」


 アリアとエデルはお互いしか見ていないが、ここはまだ食事の間で、当然、クロノスも使用人もいる。

 クロノスは、両親の仲が良くて、家庭内が平和なのは大変良いことだ、といつも通り自分たちの愛情を言葉に出して伝え合う二人に、もう少ししたらクロノス自身が砂糖を吐き出せるようになるのではないかと危惧していた。

 使用人たちもいつも通りの二人に、誰が疑いの声とかあげるんだろう?ってゆーか、ここであの二人の不仲説流したところで誰も信用しないし、笑って聞き流すだけだから。下手な噂を流そうとすればすぐにどこかのスパイかと疑われて捕まるだけなんですが、と思っていた。

 そしてそれなりに大人な使用人たちは、今日のコーヒー、もしくは紅茶は、砂糖なしでいいなーとも思っていた。

 ……ねぇ、でも、あれで初夜、してないんだよね?

 何となく使用人たちが顔を見合わせてした内心での確認は、幸いにも領主一家にはバレることはなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後の確認が笑える…! してないよね?してないのに!?してないから? …使用人の皆さんの疑問は明らかになる日は…こないでしょうねぇ…… クロノスくんいちゃラブ会話のバリエーションだけは耳年増…
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