新しい日①
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うっすらと目を開けると、小鳥の声が聞こえた。
部屋の中に朝の光がカーテン越しに差し込んでいて、とっくの昔に夜明けを迎えていることを教えてくれた。
アリアが動こうとしたら、腕の中の温かな身体がもぞもぞと動いた。
無防備に眠っているエデルの胸元がはだけているが、これは寝間着が例のするりと脱げるやつだからだろう。
寝間着の乱れを直してあげると、エデルが無意識に抱きついてきた。
「……エデル、あまり無防備だと、襲われるぞ?」
アリアの小さな声は、寝ているエデルの耳には聞こえていない。
昨夜は、当然何もなかった。
そもそもお互いに疲れていたので、布団にもぐり込んでエデルを抱きしめたらすぐに彼の寝息が聞こえてきた。そして、アリアもそのまま眠りについた。
「しかし、信じられないな。こうしてぐっすり眠れるとは……」
自分の行動に驚きしかない。
アリアは、幼い頃からずっと一人で眠っていた。
だから、こうして他の誰かと一緒のベッドで眠れるかどうか分からなかった。
もし眠れないようなら、アリアはソファーで眠るつもりだった。
そのために、この部屋のソファーは通常よりも長めの物を用意したのだ。
だが、結果は、朝まで夢も見ずにぐっすりと眠れた。
こんなに快適に目覚めたのは、ずいぶんと久しぶりのことだ。
「ふふ、お前は私に安心をもたらしてくれるのだな」
腕の中の夫は、アリアの心に安らぎを与えてくれる。
籍も入れ、結婚式も挙げた今、エデルは誰にも文句の付けられないアリアの夫となったのだ。
エデルを見つめていたら、もう一度もぞもぞと動いて、エデルもうっすらと目を開けた。
「…………はれ?アリアさん?えーっとぉ、おはよーごさいます…………?」
寝起きで全く状況を把握していないエデルが、とりあえず挨拶をした。
「おはよう、エデル。昨日は疲れただろう?もう少し寝ていてもいいんだぞ?」
「昨日……?何かありましたっけぇ?あれぇ?どーしてアリアさんが一緒にいるんだっけぇ?」
言葉が変な風に間延びしている。
その様子が可愛らしくて、アリアはくすくすと笑った。
「あまり頭が働いていないようだな。忘れたのか?昨日は結婚式だっただろう?」
「結婚式……?誰のぉ?」
「私とお前のだ」
「はうッ!」
アリアの言葉に驚いたエデルが、がばっと上半身を起こした。
「ふふ、完全に寝ぼけていたな」
「……はい、あの、えっと……目が覚めました」
「まだ寝ていてもいいのだぞ?」
「いえ、起きます」
チラッと自分の寝間着を見たが、乱れている様子はない。
当然、アリアも乱れていないので、無体なことはしていないはずだ。
一応、男性なのでする方のはずだ。
記憶がないし、乱れてもいないので、問題はなかったと思われる。
「着替えるのなら、すまないがしばらくドレスを着てくれないか?客が全員、帰るまででいいのだが」
「あぁ、混乱しちゃいますもんね。俺が男の格好でいると」
何せ招待客は、エデルのドレス姿しか知らない人が大多数を占めている。
何なら、昨日初めて会った人も多いのだ。
確かに、いくらアリアの夫と紹介されていても、昨日のウェディングドレス姿しか知らない人たちからすれば、いつもの一応男性的な姿をしているエデルには戸惑いしかない気もする。
「何かドレス姿が楽しくなってきたんで、いいですよ」
「楽しくなってきたのか?」
「はい。どうも基本的に、ドレス姿で着飾るのが楽しいみたいです、俺」
「自分のことだろう?まぁ、私もエデルのドレス姿は美しくて好きだが」
「じゃあ、しばらくドレス姿でもいいですか?」
「もちろん、好きなだけ着ていればいい。エデル用のドレスは、まだ袖を通していない物がたくさん用意してあるはずだ」
ウェディングドレスを作った時に一緒に注文したドレスや、エデルに似合いそうだと思ってついつい買ってしまったドレスや小物が専用の部屋に置いてある。その中から好きな服を着ればいいし、不満ならデザイナーを呼び出して新しく作ればいい。
それに一度は袖を通してあげないと、ドレスも可哀想だ。
チラッと自分の衣装部屋の中に眠っているドレスのことが脳裏を過ぎったが、着る機会は当分、訪れそうにない。
何なら、アレ等もエデルにあげようかくらい思っている。
エデルの方が綺麗に着てくれる気がしているくらいだ。
「じゃあ、ドレス着ますね」
エデルがそう言うと、タイミング良く侍女が来たので、二人は夫婦の寝室からそれぞれの私室へと移動した。
エデルの私室で侍女がじーっとエデルを見てきたので、エデルは素直に昨夜は疲れてすぐに眠ってしまったことを告白した。
でしょうね、という言葉しか返ってこなかったのが、悲しい。
「エデル様がアリア様を襲えるなどとは、思ってもおりませんので」
「アリア様だって、疲れているエデル様をどうこうなさる方ではありませんわ」
仕えてくれている人たちが主の性格をよく理解してくれていて、大変頼もしい限りだ。
「エデル様、服装はどうなさいますか?」
「ドレスで。アリアさんにもそう言われているし、俺もドレス着るのが楽しくて」
「まぁ。たくさんご用意してありますので、お好きなドレスをお選びください」
「あ、そう言えば、純白のウエディングドレスって、私は無垢です、っていう意味もあるけど、どっかの国だと、あなた色に染まりたい、っていう意味もあるんだって」
帝国では純白のウエディングドレスは無垢の者の象徴として着るが、遠い他国では、どの色にも染まる、という意味があるのだと聞いたことがあった。
「まぁ、それは素敵ですね。でしたら、エデル様、アリア様の瞳の色の青紫のドレスにいたしますか?」
「あるの?あるなら、それがいいけど」
「もちろんございますよ。職人が長い年月をかけて作り上げた色のドレスです」
「たしかに、アリアさんの瞳の色ってちょっと難しい色だもんね。すごいね、あの色を出せたんだ」
「多少は違いますが、それでも難しい色合いだったらしく、あまり出回ってはいません。アリア様がお持ちの布があったので、それでエデル様のドレスを仕立てられたのです」
「えぇ、俺に使っちゃってよかったの?」
「アリア様のお色ですから、夫であるエデル様が身に纏うのが一番かと」
「……でも、ドレス?もう作ってあるんだよね?」
「はい。ウエディングドレスと一緒に仕立ててもらいました」
それは、その頃からすでに結婚式後もエデルにドレスを着せる気満々だったということなのでは……?
エデルの儚い疑問は、侍女の笑顔の前に消えていった。
「アリアさんの希望なら、まぁいっか」
布を渡したということは、そういうことなのだろう。
「じゃ、そのドレスにするよ」
「はい」
無垢の者がアリアの色のドレスを着ていたら、相手が勝手に色々と想像してくれるだろうし、実状を知っている者たちは、絶対無垢のまんまだろう、と心の中で突っ込んでくれるだろう。
「アリア様も、きっとエデル様の色をどこかに入れた服装をなさっていると思いますよ」
全身でアリア色を主張するエデルと違って、さりげなく入っているだろうけど。
「俺の色だと、水色かな。あ、でも、アリアさん、いつも水色のピアスしてるよね?」
「はい。エデル様の色ですね」
「……ちょっと嬉しいかも」
妻のピアスの色にそういう意味もあるのだと、今初めて気付いた鈍い夫は、自分の鈍感さにちょっと嫌気がさしてきた。
アリアの瞳の色とは違い、エデルの瞳の色の宝石は世に多く出回っている。
いつもアリアがエデル用に、と宝石を購入してくれている。
今度は、エデルからアリアに何か贈り物を渡したいと思ったので、外に出た時にそれを探そうと心に誓ったのだった。




