ちょっと休憩の閑話①
読んでいただいてありがとうございます。時間軸としては、本編よりちょい先のお話です。突然、脳内にレダ少年が舞い降りてきたんです。
「今日から、ここがお前の生きる場所だ」
連れてこられたのは、辺境伯一家が住んでいる広いお城。
帝都エスカラの貧乏子爵家ムーア家の末っ子として生まれたレダは、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回した。
そんなレダを父親は、気味の悪い者を見る目で見ていた。
レダは今年で十歳になる末っ子だが、父親と全く話の合わない子供で、活発に外で遊ぶよりも、室内で大人しく本でも読んでいる方が好きな子供だった。
それにレダには、あまり大声で言えない秘密があった。
だからこそ、父親はここに連れてきたのだ。
噂では、辺境には変わった人間が多いと聞いている。
そこにレダ一人くらい紛れ込んでいても、そんなに気にはされないだろう。
辺境で得た情報を少しはこっちによこしてくれればいいが、引っ込み思案なところがあるレダでは、上手く周りに溶け込めずにいじめられるだろう。だとしても、もう関係ない。レダはこのまま辺境で一生、生きていけばいい。
そんな風に思って待っていると、扉が開いてドレス姿の女性と黒髪の少年が入ってきた。
レダと目が合った女性がにこりと微笑んでくれた。
「ムーア子爵?クロノス・ロードナイトです」
「初めまして、クロノス様」
いくら自分が中央の貴族であろうとも、こちらは貧乏子爵、あちらは辺境伯の嫡男。
とてもではないが、対等の口を聞けるような間柄ではない。
「レダ、クロノス様は次期辺境伯でいらっしゃる。お前を引き取ってくださる方だ。誠心誠意お仕えしろ」
「え?あ……はい」
レダは父親に言われた言葉の意味が一瞬分からなかった。
分かったのは、正式にレダが父親に捨てられたということだった。
「レダ、と呼んでもいいかな?」
「は、はい」
「君は、今日からうちで働いてもらうことになっている。この城内に僕と同じ年齢の者はいないから、僕に仕えてもらうことになるかな。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
レダはクロノスが自分には優しい目を向け、父には厳しい目を向けていることに気が付いた。
何故だろう?と思ったら、父がクロノスと一緒に来た美女を見つめていた。
恐らく、クロノスの母親であろう女性。
新緑色のドレスを着ている美しい女性は、ブルーグレーの髪を結い上げており、アイスブルーの瞳はレダとクロノスを優しそうに見ている。
誰だって自分の母親を見知らぬ男がそんな目で見ていたら、嫌がるものだ。
まして、クロノスの母親ということは、辺境伯の妻ということになる。
この時、レダは何も知らなかった。
辺境伯一家の家族構成どころか、辺境伯が女性であることさえも知らなかった。
「ムーア子爵、レダはうちで引き取ります。もしかすると一生、この地で暮らし、二度と会うことが出来ないかも知れませんが、それでよろしいのですね?」
「はい。うちにはレダ以外にも子供はいますから、レダがいなくなっても困りません、引き取っていただけてありがたいくらいです。いらなくなったからって、うちには返さないでください。二度と会いたくもないので」
父親の嫌悪の混じったその言葉に、レダは泣きそうになった。
そこまで言わなくても、いいじゃないか。
ちょっと興味が他と違うからって……。
溢れそうになった涙をぐっとこらえていたら、ふわりと抱きしめられた。
レダを抱きしめていたのは、新緑色のドレスの美女だった。
「泣かないで、大丈夫。君の居場所はここだから」
優しい声でそう言われて、レダは美女にぎゅっと抱きついた。
「……ムーア子爵、契約書はこちらです。不備がないかどうか確認して署名をください。そして、それが済んだら、もうお帰りください」
クロノスに渡された契約書を見ると、事前に知らされていた内容が書き込まれていた。
ただ一つ、違っているのは、レダに二度と関わらない、と書かれている点だけだったが、言われなくてももう関わるつもりはない。
自分の子供たちの中で、レダだけが変わり者だった。
うちにそんな変わり者はいてほしくない。
それが夫婦の出した結論だった。
急いで署名をするとムーア子爵は、逃げるように帰って行った。
「……申し訳ござません」
「レダが謝ることなんてないよ。むしろ、君が被害者じゃん」
レダが謝ると美女がそう言ってくれたのだが、言葉が……あれ……?
「そうです、お父さんの言う通りです。君は何も悪くない」
クロノスの言葉に、再度、あれ?となった。
「……お父さん……?」
「ん??そうだよ。俺、クロノスのお父さん」
美女がにこやかにそうのたまった。
「お父さん、レダが混乱してますよ。ちなみに、今の辺境伯が女性だということは知っていますか?」
「し、知らなかった、です」
ふるふるっと首を横に振ったレダに、クロノスは納得したように頷いた。
「だったら、我が家のことを知らなくても当然ですね。これは誰もが知っているし、秘密でも何でもないことだけど、うちは母が辺境伯、父がよく女装している吟遊詩人、僕はロードナイト家の血を引いている二人の養子です」
「養子だけど、可愛い息子なんだよ。俺とは全く血が繋がってないけど、アリアさん、あ、辺境伯の名前ね。アリアさんに良く似てるんだよね。クロノスの実のお父さんがアリアさんの従兄弟に当たる人だから」
ここに連れてこられた時点で、何となく家族に捨てられたんだろうな、と感じていた。
実際、父の言葉から捨てられたと実感させられてショックを受けた。
そんなに、レダのことが嫌いだったのか、と泣きそうになった。
だが、それら全てを吹っ飛ばしたのは、この美女が女装しているお父さんだという事実だ。
「あ、あの、ここでは、その、女装、していてもいいんですか……?」
思い切って聞いたのだが、だんだん語尾が小さくなっていく。
女装が、許されるのだろうか?
「もちろん!うちでは制服も好きな方を選べるよ!メイド服でも大丈夫だよ」
「そう言えば、新しい服を考えたとかで、上が腰までの軍服、下にパニエを重ねてひらひらしたスカートというのが試作で上がってきていましたよ。上着のカチっと感と下のふわゆる感が良いそうです。試着した騎士いわく、膝上までの靴下とロングブーツが命だとか。ただ、少し若い子向けかな、とは言っていました」
当然ながら、試着したのは男女それぞれの騎士だ。
「おぉ、大人だったら、少しスカートのボリュームを落として後ろの部分を長めの丈にするとか、格好良くない?」
「作らせましょう」
騎士が、それを試着したの?
レダは当然、騎士と言ったので男性を想像した。
女性ものの服を着ていいんだ。
誰も怒ったりしないんだ。
そう思って、レダは呆然とした。
「レダ、君のことは少し調べさせてもらいました」
「そうそう、急にラファエロが子供を一人引き取れって言うから何事って思って」
今回、レダが辺境に来るのを斡旋したのはラファエロだった。
ムーア子爵家のレダという少年は、辺境でしか生きられないから引き取れ、という手紙が早馬で届いて、アリアはすぐにレダのことを調べさせた。
ムーア子爵家の落ちこぼれ。変わり者。
そして何より、ドレス好き。
一度、子供たちの集まるお茶会で、ドレスのことを褒めて着てみたい、と言ってしまったことから、家や友人たちに敬遠されるようになってしまったらしい。
「……綺麗だな、と思って……僕も着てみたい、って思って……」
「うんうん。そうだよね、ドレスって綺麗だよね。着てみたいって思っても仕方ないよ。だいたい、貴族、特に中央の貴族なんて、無駄にひらひらしたレースとかを服のあちこちに付けてるくせに、下だけスカートは嫌だって意味分かんない。スカートはひらひらの極地でしょう?」
「動きの問題もありますから。ただ、まぁ、休みの時に好きな服を着るかどうかは、個人の自由です」
「制服だって、侍女さんたちはあのメイド服で戦闘もこなすんだよ?だったら騎士だってメイド服でやれるはず」
「そう言ってやらせた結果は散々でしたけどね。スカートが好きになった数人を除いて、ズボンでやらせてくださいって言ってましたね」
普段から着慣れていないメイド服では、動きに制限がかかるとブーイングがきていた。
母が笑いながら、仕事中はそれぞれに合った服を着ていろ、と言っていた。
「あ、あの、旦那、様?」
「ん?俺のこと?あ、気軽にエデルって呼んでくれていいよ。この格好してる時もあれば、普通の姿の時もあるから、混乱するんで、皆、名前で呼んでるんだよ」
「エデル様は、好きでその姿でいるんですよね?」
「もちろん。うちの奥さんがすっごい褒めてくれるからさー。俺、奥さんに褒められると弱いんだよね。それに、似合ってるから、自分でも見惚れる時あるもん」
あははは、と陽気に言われて、レダは泣きそうになった。
ここだったら、きっと自分は自分でいられる。
「レダはどっちがいいかな?ドレス姿がいいなら、今度俺とお揃いコーデしよっか。かっこいい女性の姿を目指すなら、アリアさんを目指すといいよ」
「アリア様?」
「そう。俺の奥さんで、辺境の女帝、ロードナイトの王の名前だよ。めっちゃかっこいい方だから。俺、毎日、惚れ直してる」
ロードナイトの王。
いくら今の辺境伯が女性だということを知らなくても、さすがにその言葉は知っている。
そんな方に、毎日、惚れ直してるの?
「ふふ、エデルに褒められるのもいいものだな。それに毎日、惚れ直してくれていたのか。それは知らなかったな」
くすくす笑いながら入って来た女性を見て、レダは思わず拝みたくなった。
「……かっこいい……」
「だろ?」
長い黒髪と青紫の瞳を持つ美しい女性は、レダが知っているどの女性よりも美しく、そしてかっこよかった。
アリアは近寄ってくるとクロノスの頭を撫でて、エデルをそっと抱き寄せた。
その姿が、まるで絵画のようで、レダはずっと見ていたいと願った。
麗しの女帝と、ドレスの似合う優しい旦那様、そして、母に良く似た優秀な息子。
それが、レダが仕える辺境伯の一家。
レダはこの日から、ずっとこの家族のために生きると決めた。
「もう二度と、王都に戻ってくるつもりはなかったのですが……」
「仕方ないでしょう?こっちのことだって分かっていなければ、色々と対処が出来ません。学園に入学するのは、ちょうどいい口実なんですよ」
明日から通うことになる学園の寮で、クロノスはレダに淹れてもらった紅茶を飲んでいた。
十五歳になった同じ年齢の二人は、王都エスカラにある学園で明日から勉学に励むことになっている。
と言っても明日は入学式だけなので、授業は明後日からだ。
「レダ、一応、ここは男子寮なので、その姿だと面倒くさくなります。自室でもいつだれが訪れるか分からないので、その姿になるのは帰った時だけにしておきなさい」
レダは今、メイド服を着ていた。髪の毛は長く、普段は後ろで一つに束ね、メイド姿の時は流している。
「はい。はぁ、好きな服が着られないのは、ツライですね」
「うちだったら、誰も文句は言いませんが、仕方ないでしょう」
何と言っても辺境伯の伴侶が率先してドレスを着ているので、批判の声は起きない。
むしろ、似合うって褒めてくれる。
うちの娘の『嫁』に来ない?、という誘いだって受ける。
「当分、メイド服は封印します」
「まずは夏休みまでです」
「はい」
この五年ですっかり辺境に馴染んだレダは、故郷であるはずのエスカラの風景を見ながら、嫌だなー、とか考えていたのだった。




