初夜とは、夫婦が同じベッドで寝るだけです。
読んでいただいてありがとうございます。タイトル通りです。Rのあの字も出てきません。
お湯の中で、エデルはうーんと伸びをした。
夫婦の部屋にもお風呂場はあるのだが、今日はアリアがそちらを使うため、エデルは領主一家用の大きめのお風呂に入っていた。
慣れない靴を履いていたので、ふくらはぎとかがぱんぱんになっている。
ゆっくりもみほぐして、疲れを取った。
緊張もしていたので、ちょっと肩も凝った。肩を回しても取り切れずに、何となく重くて痛い感じが残っている。
「うぅ、湿布でももらおうかなー。でも、今日は無理だよね、医者の先生たち、飲んで潰れた人たちの介抱やら治療やらで忙しそうだったし」
飲み過ぎで倒れるくらいなら可愛いものだが、中には何故か血まみれになっている者もいるので、今宵、医者たちは、特別手当をもらって働いている。
「エデル様ー、寝間着を置いておきますねー。長風呂には注意してください」
「はーい。ありがとー。もう出るよ」
「分かりました。外にいますので、終わったら声をかけてください」
「うん」
湯殿の外から着替えを持って来てくれた侍女が声をかけた。
さすがにこっちは男、侍女は女性なので、風呂から出る時などは外で待っていてもらっている。
一応、エデルの主張を優先してもらい、寝間着はデザイナーお薦めの、するりと簡単に脱げるやつだ。
透け透けは阻止した。
と言っても、エデルは、アリアが自分に手を出すことなどないと思っている。
精々、一緒のベッドで寝るくらいだ。
初夜って、初めて夫婦が一緒のベッドで寝る儀式でしょ?
クロノスという立派な後継ぎがいるアリアとエデルでは、そんなに急ぐこともない。
というか、結婚までが早すぎた。
何と言っても、出会った当日に即結婚した夫婦なのだ。
「お待たせー」
お風呂から出たら、いつの間にか複数人になって待ち構えていた侍女たちに髪や肌を整えられた。
「ちょっと肌の調子が悪そうですね」
「あー、化粧ずっとしてたし、緊張してたから。別に俺が主役じゃないんだけど、緊張したよ。添え物だからアリアさんの隣に立ってるだけでいいや、って甘く考えてました。あんなに大勢の客の前で女装したのは、初めての経験だよ」
旅の一座で女装した時は、観客はそんなに大勢じゃなかったし、貴族の宴に招かれた時だって、こっちに注目している人数なんてそんなにいなかった。それに宴だから、あちらこちらで色々なざわめきがあって、静かな時なんてなかった。
だが今日の舞台は静寂に満ちていた。
招待客や一族など大人数だったのにすごく静かで、アリアのもとに歩いていく時は、エデルのドレスの衣擦れする音まで響いていた。
「俺、絶対にあそこでこけられない、って思ってた」
「こけていたら、伝説になりましたね」
「嫌だよ、そんな伝説」
「……エデル様がこけそうになった瞬間に、優雅にさっと助けに入るラファエロ様。大丈夫か?エデル、とても綺麗だよ、とか言って、そのままエデル様をアリア様のもとへエスコートして連れて行き、アリア様にエデル様を渡す瞬間の初恋に破れたラファエロ様の揺れる瞳。という感じのストーリーってどうですか?」
「え?俺、アリアさんとラファエロと三角関係になってんの?誰か変な小説書こうとしてない?だめだよ、ちゃんとアリアさんの許可取らないと!」
だめなのはアリアの許可がないことで、自分を巡る三角関係のことではないらしい。
アリアとエデルのことは、劇団が脚色したストーリーで公演することになってはいるが、それ以外のことは決まっていない。
「アリア様にちょこっと聞いたら、小説もあり、って言ってました。さすがにラファエロ様には聞けないので、全然違う人で三角関係にします」
「三角関係は確定なの?」
「魔性の男ということで」
「……皆の中の俺のイメージって、どうなってんの?」
魔性って!俺、そんなに色んな男を引っかけてないよ。つーか、基本的に女性が好きです。
エデルがぶつくさ言っている間も、侍女たちは口と手を同時に動かして、エデルの支度をしてくれた。
「さぁ、エデル様、出来上がりましたよ。艶々もっちもちのお肌になりました。髪も輝いていますよ」
「おぉ、すごい。お風呂の中で、大丈夫かなって心配してたんだけど、よかったー」
鏡を見てエデルが喜んでいると、侍女たちが並んでエデルに向かって頭を下げた。
「エデル様、どうか末永くアリア様と良きご夫婦でいてくださいませ。我々使用人一同、心からお二人のご結婚をお喜び申し上げます」
いつもエデルとわいわいやっている侍女たちの真剣な姿に、エデルは立ち上がって頭を下げた。
「エデル様、私たちにそのように頭を下げられることなど……」
「うん、分かってる。でも今は皆しかいないんだし、いいでしょう?俺、皆にすごく感謝してるんだよ。いつも俺が緊張しないようにしてくれたり、悩んでいたら一緒に悩んでくれたり、アリアさんも大好きだけど、皆のことも大好きだから。ありがとう、そして、これからよろしくね」
「……はい!」
エデルと侍女たちは、お互いににっこり笑い合った。
「さぁ、エデル様。寝室でアリア様がお待ちですわ!お急ぎください」
「ちょっ!今の余韻は?」
「アリア様にお願いします」
「意味がわかんないんだけど!それに急いだって、女性の方が、色々と支度に手間がかかるんじゃないの?」
「アリア様とエデル様では、そう変わりはありませんよ。むしろ、エデル様の方が手間がかかっているのではないでしょうか」
アリアからは、多少時間がかかってもいいから、しっかりエデルの疲れを癒やすように言われている。
これで本格的なマッサージまでしたら、本当に寝てしまうだろうから、基本的な手入れで留めたくらいだ。
「では、ごゆっくりお休みくださいませ」
そう言ってエデルを夫婦の寝室に入れると、侍女はささっといなくなってしまった。
「……何か、生贄感がない?」
「ふふ、お前が生贄なら、私には喜びしかないな」
部屋に置かれたソファーでくつろいでいたアリアが、エデルの方を見て微笑んでいた。
「アリアさん、いたんですか?すみません、気が付かなくて」
「気にするな。今日は疲れただろう?ゆっくりお湯には浸かれたか?多少は疲れが取れているといいのだが」
気遣わしげな様子のアリアにエデルは移動すると、アリアの隣に座った。
「緊張して疲れました。アリアさんは大丈夫ですか?」
「私はまだ慣れているからな。今までの舞台とは、様子が違いすぎるだろう?」
「まぁ、そうですね。あれだけ大勢いたのに、すごく静かで厳かな雰囲気で、足が震えそうになりました」
「そうだったのか?私の方に向かって歩いてくる姿は、とても堂々としていて綺麗だったぞ」
「がんばりました」
「この人が私の夫だと思うと、誇らしかったな」
「ありがとうございます。俺のウエディングドレス姿、どうでしたか?」
「すごく似合っていた。文句の付けようもないくらいだ。綺麗という言葉だけでは、足りない」
だからと言って、それ以外の言葉が見つからない。
エデルは、本当に綺麗だった。
「アリアさんも格好良かったです。俺の奥様、最高です」
「ふふ、ありがとう。さて、もう寝ようか」
エデルの手を引いてベッドに向かう。
「はい。アリアさんは、右と左、どっちがいいですか?」
「どちらでもかまわないが、今日は抱きしめて寝てもいいか?」
祖母からは襲えと言われたが、今日はそんなつもりはない。
けれど、物心ついた時から一人で寝ていたアリアには、同じベッドに他人の温もりがあるという状況は初めてだった。
それがエデルの温もりならば、一番近くで感じていたい。
「もちろんいいですよ。俺もアリアさんを抱きしめて寝ます」
エデルは笑顔でアリアに抱きついた。
新婚夫婦の初夜は、互いの温もりに包まれながら、何事もなく平和に眠りについたのだった。




