ようやく結婚式⑤
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「皆、改めて紹介しよう、私の夫のエデルだ。職業は吟遊詩人。クロノスと血の繋がりはないが、父親として彼を導いてくれていた」
アリアの紹介に、美しいドレス姿のエデルが一礼した。
宴の間に集まっているのは、招待された貴族たちと、辺境の主立った者たちだった。
エデルのドレス姿を初めて見た貴族たちは、今日は色んな意味で驚きっぱなしだった。
そして、見慣れている辺境の者たちは、エデルの紹介の言葉に、そうだよね、と呟いていた。
……父親?あー、うん、あー、そう。やっぱりエデル様は、クロノス様を生んでないんだよね?
クロノスと血の繋がりがないということは、そういうことなワケで。
というか、クロノスが誰と誰の間に生まれた子供か周知されていても、いつまで経ってもその疑問が消えないのは、絶対にこの二人の普段の姿のせいだと思っている者は多い。
あと、女性陣の理想がアリアなのが、地味にダメージがでかい。
だからと言って、エデルだと、もっとどうしようもないのだが。
辺境の一般男子は、どちらかと言うと腕自慢が多いので、身体もそれなりに大きい。
普通ならエデルのような細身の男性は、なよなよしやがって、となりそうなのだが、どこからも文句が出ないのは、自分たちを統率する領主様と並んでも全く遜色がない、大変お似合いの夫婦だからだ。
文句言って、だったらお前が並んで見るか?と言われれば逃げ出すしかない自分たちでは、無理だ。
あと、エデルが初恋の男性陣がちょいちょいいるのも文句が出ない理由の一つだった。
バレると訓練がちょっと(辺境軍比)だけ厳しくなるので、何でもないように装うのがここでのルールとなっている。
「えーっと、皆さん、よろしくお願いします。俺、戦闘能力は皆無なので、アリアさんの夫だけどその辺は皆さんにお任せします。その代わり宴とかで目一杯演奏するので。あ、でも、アリアさんがいる時か、アリアさんの許可がある時だけですけど」
あくまでもアリアのために演奏するという姿勢を崩さないエデルに、多くの者は好意を持った。
そんな中で宰相コーリーは、出来れば皇帝陛下の前でも演奏してほしいなー、とか思っていたのだが、それをやろうとすると、エデルの真の素性も含めて特大の爆弾が爆破する可能性が高いので、言葉に出すことなど出来ない。
こう何とかしれっと王都の王宮に来てもらって、素性隠して演奏だけでも……あ、だめだ。今だと王子たちの争いに巻き込まれる可能性が高い。
アリアと共に来てもらえれば何とかなるかもと思ったが、辺境の女帝が王宮に来たら、それだけで味方になってほしい王子たちが動いて、もっと面倒くさいことになる。
アリアを取込むためにエデルを人質にするなんて暴挙をしかねない。
下手したら皇帝陛下ぶち切れ案件になって、王子たちの命の方が危うい。
アリアには、あくまでも辺境の王でいてもらいたいコーリーは、エデルに王都で演奏してもらうのを諦めた。陛下のご機嫌が悪いままなのは、もう仕方がない。
これで帰ってからも、お前だけエデルに直に会っただとか、会話しただのと言われてネチネチ嫌みを言われ続けるのだ。
……三人の子供をばらばらにした時の宰相は、コーリーの父親だった。
年月が経って、王太子の命がいよいよ危ういとなった時に、初めて三つ子のことを教えられた。
そして先王の命令で彼を迎えに行って初めて間近で見た時、亡くなった王太子とあまりにそっくりだったので安堵した。
これで、王太子と入れ替えても誰も気が付かない。皇帝の座は、トワイライトが守りきることが出来る、と。
だが、彼の嘆く声を聞いて、初めて彼が全く別の人生を生きてきた一人の人間なのだと悟った。
今までは、報告書の中の人格のない存在だったのが、意志を持つ人間だとようやく分かった。
取り返しのつかないことをした、何故かそう思ったが、それがまさかこんな形で思い知らされるとは……。
コーリーのそんなちょっと暗めの思いなど知らないエデルは、アリアの許可を得て、結婚式に相応しい明るい曲を楽しそうに演奏していた。
「アリアさん、どうですか?この曲は」
「楽しい曲だな」
「はい。これは、昔からある女性が恋した時の曲なんです。好きな人がいるだけで、世の中が明るく楽しくなった、そんな気持ちを表現しています。結婚の宴なんかだと、けっこう演奏される定番曲なんです」
「なるほど、確かに私もエデルやクロノスがここに来たことで、毎日が楽しくはなったな」
「本当ですか?だったら、嬉しいです」
新婚夫婦がいちゃついている。
こっちの苦労も知らずに、と嘆きたいところだが、この事態を招いたのは自分たちだ。
今の皇帝を玉座に据えるために、強引な方法を取ったツケが回ってきた。
奥さんに捕獲されたことは想定外だから、こっちは知らない。
ただ、ただそれでも……
「……幸せになってください」
エデル殿下。
彼の名前を出さずに、そっと呟いた。
不機嫌な顔で玉座に座り続けている父君も、亡き母君も、あなたの幸せを願っています。
コーリー自身も、今はそう願っている。
一番近くで見てきた皇帝にそっくりな顔で、でもけっして彼がしない満面の笑みでアリアに話かけるエデルを見て、このままでいてほしいと思ってしまった。
よく手入れされたエデルのブルーグレーの髪が、まるでアリアの黒髪と対になっているようだ。
楽しそうに笑っている新婚夫婦を眺めながら、コーリーはこの光景をしっかり目に焼き付けて、王宮に帰ったら皇帝陛下に思いっきり自慢してやろうと誓った。




