ようやく結婚式④
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大聖堂での式が順調に終了し、民たちへの顔見せも何とか乗り切ったエデルは、休憩部屋でぐったりしていた。
「か、顔の筋肉が死ぬ」
「安心してください。一通り終わったらマッサージをしますので、生き返りますよ」
エデルに水を渡しながら、侍女たちが笑顔でエデルに次の衣装を着せようと待ち構えていた。
ひくっと顔が引きつったエデルに、じりじりとにじり寄る侍女たちの構図に、見ていたクロノスはくすくすと笑っていた。
クロノス自身は、父の長いベールを持って顔見せするという役目を無事に終えているので、ここから先は、特にすることがない。
まだ子供だし、宴だってそこまで付き合う必要もない。
幸い辺境伯家の特徴をばっちり受け継いでいるので、驚く人間はいても、文句を言う人間はいなかった。
クロノスは、アリアとエデルの息子。
そう認識されたので、これから先は遠慮なく両親と共に出掛けることが出来る。
「クロノスはどうだった?」
「おばあ様たちに褒められました。格好良かったって言ってもらえました」
「そっか、よかった。これで、俺がクロノスを生んだとかいうばかばかしい噂も消えるな」
……非常に残念ながら、その噂は加速する可能性があります。
式の最中、端の方で控えていた侍女や騎士たちには聞こえていた。
あの子供は、辺境伯の実子なのか?あれ?実子?だとしたら隠し子?ウェディングドレス着てる方が生んだのかな?辺境伯が責任取った?
そんな疑問はとっくの昔に一通り持ったことのある辺境所属の者たちは、色々とこらえた。
なぜこんな時にまであの新婚夫婦は、配下の腹筋を鍛えようとしてくるのか。
エデルとは違う意味で表情筋がぴくぴくしていたのは秘密だ。
「僕は宴の最初の方だけ出てあいさつをして、ご飯を食べたらもう部屋に戻ります」
「皆、クロノスのことお願いね。今日は出入りが激しいから」
「もちろんです。クロノス様には騎士と私たちが必ず付きます。皆様の私室がある方は、いつもより厳重に警備しますので、絶対に何も起こさせません」
何と言っても今日は初夜!
上手くいけば、アリア様が押し倒せる?かも?
「あれ?そういえば、俺の寝室ってどこになったのか知ってる?」
何もない名ばかり夫婦は、今までは基本的に別の部屋で寝ていた。
結婚式をやるとなった時に、そういえばどうするんだろう?、と皆で頭をひねった問題を、今、思い出した。
「さすがに今日は、ご一緒の寝室だそうです。ご夫婦用の寝室を整えてあります。薔薇で埋め尽くす案もあったのですが、匂いがきつそうだという理由で却下されました」
「え?マジでやろうとしたの?それは、止められるでしょう」
しょんぼりした侍女たちの案に、引きつっていた頬がさらに引きつりそうになった。
エデルが放浪していた時に呼ばれた貴族の結婚の祝宴で、花嫁の願いが薔薇風呂に薔薇部屋だったんだよ、という話をしたことがあった。確かに女性陣は、うんうんと頷いて、お二人の部屋もそうしましょう、とは言ってはいたのだが、まさか本当に提案するとは。
恐るべし、辺境伯家の侍女たち。
そして、それを阻止してくれた誰か、ありがとう。
心の底からお礼を言いたくなった。
「……透け透けの寝間着もありますが?」
「却下!」
もう、どうして、そういうところに力を入れてくるかな。
透け透けの寝間着じゃなくて、あのするっと簡単に脱がせられるやつにしたじゃん。
……それも問題があるけど!
「どっちにしろ、今日は疲れてすぐに寝ちゃいそう。すごいよねぇ、アリアさんや他の貴族の人たちって。こういうことが日常茶飯事でしょう?」
「ここまでの規模のものは、あまりありませんよ。ただの夜会ですと、もう少し緩い感じになります」
しゃべりながらも、着付けの手は止まらない。
先ほどまでエデルの頭を飾っていた例のティアラは、すでに取り外されて厳重に保管されている。
けれど、エデルのために作られたサファイアのネックレスとピアスは、まだ付けたままだ。
今度のドレスは、そのサファイアに合わせて、薄い青色の物になっている。
ウェディングドレスと違い、裾はそこまで長くなってはいないが、すっきりとした印象のドレスだった。
「アリア様もエデル様も大人の男女なので、そんなにふりふりした感じは要らないんです!大人の色気全開でいきましょう!」
そうデザイナーが力説していたが、まず男がドレスを着る前提の色気って何だよ?、と聞きたくなった。
着ると言いだしたのはエデルだが、それはアリアの隣に立って見劣りしない程度で良くて、別に色気は求めていない。
こちらのドレスはウエディングドレスと違って、アリアが事前に見ても問題なかったので、デザインを決める時はアリアも同席していた。
普段の服から見てもそうなのだが、アリア自身はそこまでフリルが好きではない。
動きやすさを重視した服でいることが多い。
一応、ドレス姿も見たことはあるが、何と言うか……格好良い女性でしかなかった。
まぁエデルはこれでも男の子なので、そんなにフリルはいらない派だ。
夫婦服装の趣味は似ているので、アリアが推してくるデザインは、だいたいエデルも気に入るものばかりだった。
そのデザインで普段用のドレスが発注されていることを、エデルは知らない。
ウエディングドレスを最優先で作ってもらったが、それ以外のドレスは出来上がった物から順調に納品されてきている。
青色のドレスに着替えて、化粧や髪の毛などを直してもらっていると、アリアが部屋に入ってきた。
「エデル、クロノス」
アリアはそのまま純白の軍服のままで宴に出るらしく、軽く化粧直しをしただけの状態だった。
結婚式って、女性の方が大変なんだな、という実体験がエデルは出来た。
「二人とも、よくがんばったな。クロノスは、しっかりご飯を食べたら下がっていいよ。疲れただろうから、早めに寝るのだぞ」
「はい。お母様もお父さんも、すごく綺麗でした」
「ふふ、ありがとう。よければクロノスの時も、このウエディングドレスや宝飾品を使うといい。きっと似合う」
ウエディングドレスは流行廃りのないクラシカルな形だし、宝飾品はそれはもう超一流の物だ。
……だけど、アリアさん、やっぱりクロノスが着る前提の話をしてないですか?
お父さん、出来れば息子の結婚式では、クロノスの男装での正装姿が見たいです。
父子二代そろって女装とか、シャレにならない気がします。
微笑む母の真意がちょっと理解不能な父は、息子の未来を思って戦々恐々としたのだった。




