ようやく結婚式②
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目の前の大きな扉が、従者の手によって開かれた。
途端に目に入ってきたのは、眩しいくらいの光。
聖堂全体が光と静寂に満ちていた。
花嫁が歩いていく時の私語は厳禁なので、どれだけ人がいようとも、静かなのは当然だ。
表向きはそうなのだが、静寂の理由は、実は人それぞれだった。
エデルのことを直接見知っている者たちは、一段と美しい花嫁に満足気な笑みを浮かべていた。
噂だけ聞いていた者たちは、あれが噂の……本当に男なのか?と思いながらも、圧倒的な美貌と不可思議な魅力を放つエデルから目が離せなかった。
女性陣は、男?完全に女性よね?それよりも、アリア様と並んだらすっごく絵になるんじゃない?
もうすぐイケナイ妄想が現実になる様を見逃してなるものかと、しっかり目を見開いた。
そんな風に思われているとはつゆ知らず、エデルはゆっくりと赤い絨毯の上を歩いていた。
この日のためにしっかり叩き込まれた、美しく見せる歩き方や姿勢などを崩さぬように、真っ直ぐアリアを見つめて歩いていたので、残念ながら周囲を見る余裕などなかった。
女装は舞台で慣れていたし、最近はぞろっとした裾の長めの服を着て歩く練習をしていたのだが、本番となるとやっぱり緊張感が全然違う。
デザイナーさん渾身の作であるこのウェディングドレスを、裾を踏んだりして破かないように、何よりみっともなく転ばないように慎重にヒールの高い靴で歩いているので、足がプルプルと震えてきた。
後ろは見えないが、ベールが引っ張られることもないので、クロノスはちょうど良い感じで付いて来ているようだ。
クロノスのお披露目としては、いいんじゃないだろうか。
っつーか、すごく長い!こんなに、長かったっけ?
アリアが待っている祭壇前までが異常に長い。
練習で歩いた時はそうは思わなかったのに、今は永遠に着かないんじゃないかと思うくらいだ。
ゆっくりとだが確実に歩いて行くと、祭壇前のアリアが微笑して待っているのがようやく分かった。
アリアが、他の誰も見ることなく、ただエデルだけを見ていた。
視線が合うと、ゆっくりと満足そうに頷いてくれたので、エデルは安心して前へ進むことが出来た。
アリアの姿は、祖母から贈られたという真っ白な軍服だ。
飾りも最小限で、そのシンプルさが余計にアリアの美しさを引き立てている。
……アリアさん、すごく凛としてて格好良い。これは、皆、惚れちゃうよね……。
今日から正式にアリアと夫婦となるエデルだが、きっといつまで経ってもアリアの美しさに見惚れてしまう気がする。
俺、何を心配すればいいんだろう?アリアさんに見惚れる男?……は、多分、叩きのめされるよね?むしろ女性の方が心配?でも、何か女性がアリアさんっていうか、俺たちを見る目は、何か違うんだよね。
エデルなりに、女性陣から送られる視線が、恋愛とかそういうのとはちょっと違うことは感じとってはいた。ただ、それをどう言ったらいいのか分からないだけで。
「エデル」
ようやくアリアの近くまでたどり着いたら、アリアがエデルの名を呼んだ。
声はそれほど大きなものではなかったが、静寂に満ちた聖堂にその声はよく響いた。
「……アリアさん」
当然、エデルの声も響いた。
二人がお互いを呼ぶ声は、どこか甘さを含んでおり、その声を聞くだけで、二人がクロノスという後継者のためだけに結婚するのではないということを、周囲に知らしめた。
普段の二人を知っている者たちは知っていることだったが、初めて二人が揃っている姿を見る人々もそのことを知った。
アリアの手が差し出され、エデルはその手に己の手を重ねた。
ぎゅっと握られた手が温かく、エデルはほっとした。
これで大丈夫だという思いが湧いてきた。
「エデル、今日は一段と美しいな」
「ありがとうございます。アリアさんも素敵です」
「ふふ、夫に褒められることほど嬉しいものはないな」
「アリアさんに見惚れちゃいました」
小さな声で囁くように交わされた会話は、近くにいた者にしか聞こえなかった。
会話だけ聞くと惚気でしかないのだが、ビジュアルが逆だ。
「お二人とも、お互いを見惚れる気持ちは分かりますが、そろそろよろしいですかな?」
結婚式を取り仕切る大神官が、茶目っ気たっぷりの目で二人を見て言った。
「失礼いたしました、大神官殿。お願いいたします」
エデルの手を握ったままアリアが大神官の方を向いたので、エデルも慌てて同じ方を向いた。
「アリアレーテ殿、あなたは、いついかなる時も夫を愛し、信じ抜くと誓いますか?」
「はい、誓います」
「エデル殿、あなたは、いついかなる時も妻を愛し、信じ抜くと誓いますか?」
「はい、誓います」
「よろしい。ここに正式に二人を夫婦と認めます。あなた方二人は、これより互いを愛し、信じ、神の御許に旅立つその日まで、夫婦として共に歩んで行く道を選びました。神はあなた方をずっと見守っておられます。どれほどの困難に直面しようとも、二人ならばきっと乗り越えていけるでしょう」
それは、特に何の変哲もないありふれた結婚式の言葉だけれど、エデルの心に残った。
辺境伯だからといって、特別な言葉は何もない。
ごく普通の、当たり前の言葉だったことで、エデルはアリアとのこれからの生活を普通に送っていいのだと思った。
アリアが隣にいるということに感謝して、そして、そんな当たり前の日常がなくならないように努力する。
「エデル」
「はい」
「……私は、お前を幸せにしたい」
「はい。俺もアリアさんを幸せにしたいです」
言い終わると同時に口づけられた。
初めての口づけは、どこか甘さを含んでいた。




