結婚式前③~エデルの推理~
読んでいただいてありがとうございます。
城に残ったエデルは財務局に来ていた。
今度の結婚式の際にアリアとエデルの出会いから結婚に至るまでをがっつり脚色を付けてどこかの劇団に任せようということになり、自称・旅する吟遊詩人で時々女性役をやっていたエデルに劇団の情報を聞いている最中だった。場所が財務局なのは、予算の関係だ。あまり時間がないので局長の前で打ち合わせをしてその場で予算の許可を取るためだった。
「ただの吟遊詩人が辺境の女帝の心を射止めたという民衆憧れの恋物語、使わない手はないですから!!」
担当者の気合いががっつり入っているが、プロポーズ(という名の命令)場面では、ほぼほぼこっちは固まってセリフはなかった。アリアは……何かいたずらを思いついた子供のように楽しそうではあった。
「アリアさんに怒られないかなぁ」
そんな場面を面白おかしく民衆受けの良いように改変されてアリアは怒らないだろうか。というかもう出会いから別人たちの物語になっているので怒る気も起きないだろうか。
俺、なぜか息子の為に酒場で女装して働いてたことになってますが……。本物の女性と間違われて襲われそうになったところをさっそうと現れたアリアさんに助けられる、物語としてはありきたり過ぎないか?
「前提としてうちの領主様が普段から軍服で格好良く歩いてないと成立しない物語なので。女性領主で民衆の前に軍服で姿を現すのはうちの領主様くらいですよ。それにあの方は言動が……あんな感じですので男装とかじゃなくてただただ格好良い女性と認識されております」
けっこう気軽に街に出ているアリアだが、どんな時でもあの姿で行っているらしく、ただでさえ女性陣の憧れのお姉様感を出しているのに、そこにさらに言葉責めが入るらしい。もう大人から子供までメロメロなんだとか。男性陣はどうかというと、負けた感しかないとのことだった。でも、親しみやすさもあり民衆には絶大の人気を誇っている。
そんなご領主様の結婚話、しかも相手が貴族とかじゃなくて旅する吟遊詩人。そこにはきっと私たちの知らない恋物語があるはず!と民の間で勝手に盛り上がりを見せており、だったらこっちで都合の良い物語を作ろうぜ!というのが今回の話の流れだ。
民の創作話の中には、クロノスをひそかにエデル(?)が産んだ、なんてのもある。
「さすがにこれはちょっと」
今回の物語を作るために集められた民衆の間で流行っているご領主様とその伴侶の物語集の中身を確認しながらエデルがうめいていた。
「まぁ、お子様を産むとなれば領主様の方ですが、一応、お伺いしますが、産めないですよね?」
「産めないですよ。肉体的には男性ですから」
「そうですよね」
エデルもエデルで、普段から女装っぽい姿をしているので時折性別が分からなくなる。
これは衣装を用意する侍女たちが、いかに男性服を女装っぽく見せるかということに取り組んだ結果であり、アリアと並ぶとしっくりくるので城内の者たちも何も言わない。
エデル自身は用意された衣装を着るだけなので、こだわりもなければ何の文句もない。というか、むしろこんな上等な服を着させてくれてありがとうございます、という感じでしか受け取っていない。
「ではこちらの劇団にまずは演じてもらいますか。そこから徐々に他の劇団にも回していき、広めていきましょう」
「いいんじゃないですか」
担当者が選んだ劇団は、帝国でも人気の高い劇団で、格の高い劇場でも演じているし、今回のようなお祭りの劇でも演じてくれる劇団だった。辺境の地とはいえ帝都に勝るとも劣らぬ賑わいを見せる領都シュレインの劇場から始めて、次に帝都エスカラで演じて、という感じで長い間の公演を依頼しておくことにした。
「何か壮大な話になってきましたね」
エデルがそう言うと、その言葉に被せるように部屋にいた財務局員の1人が立ち上がった。
「お前!!なんでお前が領主様と結婚したんだ。お前なんて領主様にも辺境の地にも何ももたらさないじゃないか!!」
突然言われてエデルはきょとんとしてしまったが、よく見るとその青年と一緒にもう1人の青年も立ち上がってエデルを睨み付けていた。
エデルは城内の人間とそれなりに人間関係を良好にすすめていたが、中にはどうしてもエデルのことを認められずにこうして反発している者たちもいた。
別にそれはそれで構わないのだが、この人たちは一体何を言っているのだろう。エデルがアリアと結婚した理由は、今自分たちが叫んだじゃないか。分かってないのだろうか。
「そうです。どうして貴方なんですか。貴方はあの方に相応しくない」
もう1人の青年もエデルにそう言ってきた。
その様子を財務局の局長は面白そうに眺めていた。
さて、この状況をどう処理するのかな。こうした反発は絶対に出てくる。特にあの2人は優秀な身内がいるので、常日頃から領主様の伴侶には自分たちの兄が相応しい、と密かに言っているのを知っている。2人して勝手にそう言って、どちらの兄が領主様に選ばれても恨まない、という身勝手な協定を結んでいることも知っていた。
「俺がアリアさんの相手に選ばれたのは、さっき言われた通り、俺がアリアさんにもこの地にも何ももたらさないからなんですけど?」
「は?」
「え??何で分かってないの?これ、俺が説明しなくちゃダメなんですか??」
アリアがエデルを選んだ理由がそれだろうなーと何となく察していた面々からは気の毒そうな表情を見せられたが、全く分かっていない人に説明するのが何故に本人?予め言っておいてくれても良いじゃないか。
「どういうことだよ!」
全く分かっていない筆頭のような青年に説明しろ的な脅迫を受けている気がする。ってゆーか、自分たちの領主様の決定が不服ならもっと前に抗議しろよ。
「えーっと、俺はアリアさんに対して何の影響もありません。だからアリアさんを否定しません。今まで通り好きなように政務と軍務をしていただいて構いません。跡取りもクロノスがいるので問題ないです」
だから?というような視線が来た。ここまで言ってまだ分からないのだろうか。
「アリアさん、俺に初めて会った時に、俺に辺境伯家をどうこうする野心なし、って言ったんですよ。それって逆に言えば、今までの夫候補者たちがアリアさんと結婚したら辺境伯家をどうこうしようっていう野心があったってことでしょう?それってアリアさんを変えようってことでもありますよね?今までアリアさんが積み重ねてきたものを否定して変えようなんておこがましいです。アリアさんを馬鹿にしてるんですかね」
エデルに言われて青年2人は顔色が悪くなった。自分たちの優秀な兄がアリアの夫になったらこの地をどうするか、という話をしたことがある。最初に立ち上がった青年、ナッシュは辺境伯家の分家のまた分家の……瞳の色さえ受け継げない枝葉の下の方の家の出だ。兄は武官としてアリアに仕えているが、兄は常々「領主様の伴侶になったあかつきには、軍のことは自分に任せてもらって、領主様には政務だけやってもらいたい」と言っていた。自分もそれが良いと賛成していた。
もう一方の青年、ライルは帝都エスカラにある伯爵家の出でわざわざ辺境伯家に仕えに来た、という自負があった。兄は帝国の内務省に勤務している。兄は「辺境伯の伴侶になれば、中央との繋がりを強化したい。辺境伯には軍を率いてもらわないと、さすがに自分では軍は掌握出来ない」と言っていた。
どちらの兄も今現在、アリアがこなしている軍と政治、そのどちらかからアリアに手を引けと言っている。それも自分の都合の良い方を、だ。
「アリアさんが伴侶に求めるのは、今までの自分を否定しない、変えない人物。あと、アリアさんの得意じゃない分野の才能。いや、俺、そこは大丈夫かな?って思ってるんだけど、アリアさんが良いっていうのなら良いんだと思うけど……。あ、で、アリアさん的には辺境伯家を変な風にいじられても困るだろうし、夫と対立して二分されても困る。でも俺ならそんな心配は一切ない。っていうのが結婚した理由かなーって思ってるんだけど、あってます??」
一応、これはエデルなりに推理した結果で、アリアから直接言われたわけではない。なので、今までアリアを支えてきた人たちにお伺いを立ててみたら、何となく全員が、まぁ、そんな感じだよね、という雰囲気を醸し出していた。
「くっくっく。私たちもそうだと思ってますよ、エデル殿」
笑いながら言ったのはここの局長だった。
「ナッシュ、ライル。お前達2人が自慢の兄をアリア様の伴侶に、と思っていたのは知っているが、揃いも揃って随分と身勝手な話だな。伴侶になったあかつきにはこう変える、ではない。アリア様の伴侶はあくまでもアリア様を支える方だ。意見を言うのは構わないが、全ての決定権はアリア様にある。それが分からん輩はアリア様の伴侶にはなれん。エデル殿はアリア様に心配性のおかんのようなことを言ってはいるが、軍や政務に関しては何も言わん。アリア様が必要となされたのはそういう方だ」
まして、中央の貴族との繋がりなんてもっと要らない。どうも中央の貴族たちが辺境伯家を下に見て、好き勝手出来ると勘違いしているようだ。
「ライル、お前達中央の連中は忘れているようだから言っておくが、辺境伯家の当主は皇帝陛下と同等の地位に当たる。元々あった2つの国が統合することで出来たのがこの帝国だ。一方が皇帝を名乗り、一方が辺境伯を名乗っているだけに過ぎない。建国の際に、あくまでも2人の『王』は同等、と謳われている。忘れるなよ」
「は、はい」
局長の鋭い視線にライルは怯えながら頷いた。
「ナッシュ、お前もだ。分家の者なのだからあくまでもアリア様を支えることだけに集中しろ。お前の家全体でアリア様をどうこうしようと考えているのならば取り潰したところで構わんのだが」
「か、考えてないです!!」
局長の青紫色の瞳に射貫かれて、ナッシュはがくがくとなった。
青紫色の瞳を持つ局長は分家の筆頭。本家に近い血筋の持ち主だ。分家を纏めるのが仕事の一つなので、彼が必要ないと思った分家は要らないのだ。
「2人とも、これから先どうするつもりなのか、後日、しっかり考えてから報告しろ」
「「はい」」
いなくなっても構わない。それにしてもエデルはちゃんとアリアのことを考えている。
今回のウェディングドレスだって、アリアの為なら、ということもあるのだろう。本人の趣味じゃないことを祈るが、まぁ、趣味でもアリアに変な影響はないから良いだろう。何にせよ、エデルがウェディングドレスを着ると言ってくれたおかげで綺麗に収まった。
「そういえばエデル殿、クロノス様の予算は教育関係を含めて大分取ってありますが、エデル殿自身の予算はそこまで上がってきていません。何か欲しいもの等はありませんか?」
エデルとクロノスという2人が増えたので予算を組み直した。クロノスには教育関係などこれから必要になってくるものの予算があるが、エデルからは特にこれといったものが上がってこなかった。せいぜい、居酒屋代くらいだ。衣装代は別にしても、それ以外にものがない。
「えーっと、でも楽器類はここにある物を貸してもらえるので……、あ、竪琴の弦代だけはお願いできますか?切れるときはまとめて切れてしまうので」
宝石も衣装も特に興味はない。でも商売道具の竪琴の弦だけはちょっとこだわりがある。下手な安物だと音が上手く鳴ってくれないので、お値段が高い弦を使用しているのだ。高級な弦は音は良いが、繊細で切れやすい。エデルの使っている竪琴はそんな名品というわけではないが、長年愛用しているのでエデルの手にしっくりと馴染んでいる。
「それくらい全然かまいませんよ。では、業者に言っていくつか持ってきてもらいますのでお好きな弦を選んでください。定期的に納品するように伝えておきます」
「よろしくお願いします」
やったー、これで弦を探さなくて済む。
高級な弦は大きなお店しか置いていないので、小さな町だと弦を探すのにも苦労した。これからはそんな苦労もしなくて済む。つい先日、切れてしまってストックがもう僅かしかないので、探しに行こうと思っていたところだった。
エデルは自分がアリアに何の影響も与えない、と言っていたが、たしかに軍や政に影響はないが、アリアの心には十分影響を与えている。
大人としてこの2人を見守っていこう、と局長は内心でにやにやしながら思っていた。