結婚式前㊱~宰相は胃が痛くなる~
読んでいただいてありがとうございます。風邪やら中耳炎やらで遅くなりました。
「いやー、本当にお綺麗な方ですねぇ」
のほほんとエデルと一緒にお茶を飲んでいるのは、帝都エスカラから来たトワイライトの皇帝の使者。
ついでにラファエロの上司だという宰相コーリー。
彼は皇帝からの祝いの品を届けにきたのだ。
「本当は、皇帝陛下が来たがってましたが、ただ今、エスカラは政争のまっただ中でしてね。ここで陛下が抜けると収拾がつかなくなりそうなので、私が代理で来させてもらいました」
「へぇー、何か大変そうですね」
「そうなんですよ。第一、第二、どちらの王子の陣営もそれなりに頑張っていらっしゃるので」
ははははは、と笑っている宰相は中立派、強いて言うなら皇帝派なので、両派閥とはそれなりに良いお付き合いをしているそうだ。
「そこまで内情を言っちゃっていいんですか?」
「かまいませんよ。これくらい、こちらの方々も承知していらっしゃるでしょうし。ロードナイトがどちらかの派閥に付けば一気に片が付くでしょうが、アリア様にその気はないでしょう。どちらの派閥もアリア様に味方になってほしいでしょうが、無理強いは出来ませんしね」
「へぇー、そうなんですね」
「はい。エデル様も身辺に十分お気を付けください。エスカラでの政争が、どういった形でこちらに影響を及ぼすか分かりません。愚かにもエデル様を誘拐しようなどと考える不届き者が、いないとも限りませんから」
つい先日、別件で誘拐された経験を持つエデルは、その言葉に改めて自分がそういう対象になり得るのだと認識をした。
「はい。気を付けます」
エデルはピシっとした姿勢で答えた。
「コーリー殿、テレサ様が久しぶりにお会いしたいと言っておられます」
エデルとののんきな顔合わせから部屋に戻ろうと思ったら、顔見知りの騎士団長にそう言われた。
「おや、テレサ様もこちらにいらしてるんですねぇ。はい、もちろん伺いますよ」
にこにこと笑顔でコーリーはショーンの後を付いて歩いていった。
絵画や彫刻など、見る者が見れば垂涎の芸術品が嫌みのないように飾られている。
「ここもあまり変わりませんね。昔のままです」
「はい。装飾品はほとんど変わっておりません。テレサ様がお選びになった品が多いですが」
「あぁ、そうですね。先代様は、あまり芸術品に興味はありませんでしたからねぇ」
絵画よりも剣、という武闘派だった先代は、テレサにこの城の装飾品については全て任せていた。
芸術家を保護し育てるのも領主の仕事だからと、当時の若手をこの地に招き、同時に古き良き芸術品も集めた。
テレサの見る目は確かで、今ではその時の若手たちは芸術の世界では知らない人はいないというくらいの有名人になっている。
「ショーン殿もお変わりないようで何よりです」
「はい。最後にお会いしたのは、今の皇帝陛下がもっとお若い頃でしたな」
「そうですなぁ」
他の誰かが聞いても、当たり障りのない会話だ。
さりげなくショーンが、皇帝陛下の若い頃、という言葉を入れても、さすがにのってこない。動揺の一つでも見せてくれれば可愛げがあるのに。
「どうぞ、こちらです」
ショーンが案内したのは、優しい日の光が差し込んでいる部屋だった。
そこにいた懐かしい女性の姿に、コーリーは、ほんの少しだけ逃げ出したくなった。
「お久しゅうございます、テレサ様」
「久しいですね、コーリー」
笑顔だ。
テレサ様がすごい笑顔だ。
これって、何か勘付いてるよなぁ。そうだよね、さっき、ショーン殿も陛下の若い頃って言ってたし。
正直、この目で見るまで、あんなに似ているとは思わなかった。
よりにもよって何で辺境伯なんて捕まえて……捕まえて?違うな、捕まったのか。どっちでもいいけど、やっと消息が掴めたと思ったら、まさかのロードナイトって……!
コーリー的には、エデルはどこかで生きていてくれればいい存在だった。
手出しは出来ない。そんなことをすれば、皇帝陛下の逆鱗に触れることになる。
だから、年に何回か生存の報告を受けるだけだったのだが、しばらく前に辺境伯領に入ったあたりで、こちらの密偵が身動きを取れなくなった。
この時点では、辺境伯側はエデルのことを知らなかった。
下手に密偵が入るとロードナイトを刺激しかねない、と言って戸惑っているうちにエデルを完全に見失い頭を抱えていたのだが、次に見つかった時にはもうアリアの夫の座に納まっていた。
テレサ様といいアリア様といい、何であんな色んな意味で面倒くさそうな男を捕まえるんだろう?
今回運んで来た結婚祝いの品々だって、皇帝陛下が直々に吟味した物ばかりだ。
隙あらば、エデルが持つのに相応しい、とか言って先祖伝来の品物を入れようとする皇帝陛下を止めるのに苦労した。
それはさすがに皇室の、それも皇帝陛下限定の持ち物だから止めてー、と何度言ったことか。
そんな物を渡したら、一発で怪しい素性の持ち主ですって言ってるようなもんでしょうが、と説得した。
エデルに皇帝になってほしい、とかではなく、単純にトワイライトに対する嫌がらせだ。
いつでもトワイライトのものをエデルに渡すことが出来るんだぞ、という嫌がらせの一環だ。
そんな嫌がらせしたら、ますますエデルの素性が怪しまれること間違いなしだ。
半分やけになっている皇帝陛下は、エデルを娶るのならそれはトワイライトを娶るのと一緒だと言葉に出さずにアリアレーテ・ロードナイトに告げようとしていた。
どうせ、そろそろ誰かにはバレてる頃だからいいだろう、とか言っていたけど、よりにもよってテレサ様と真っ先に対峙することになるとは……!
長年宰相としてのらりくらりと生きてきたけれど、胃はちゃんと痛くなるのだ。
……これ、ひょっとしてあの時、エデル殿もまとめて皇室に連れて来ていたら、何の苦労もなくロードナイトとトワイライトの融合を図れたかな……?
まさかアリアと結婚するという想定外のことをするとは思ってもいなかったので、過去の自分を叱りつけたくなった。
世界というのは、自分の思い描いた通りの方向にいくものではない。若い頃の自分にぜひ言い聞かせたい言葉だった。




