結婚式前㉞~クロノスのおばあ様~
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クロノスがロードナイト辺境伯家の者に認められている大きな理由の一つが、この方の孫であることだ。
早くに亡くなってしまった姉、王都から帰って来ない弟。
辺境の地に残されたヘンリエッタは、アリアが爵位を引き継ぐまでずっと父の手伝いをして一族を纏め上げていた。
「初めまして、エデルです。アリアさんの夫をやらせてもらっています」
ごめん、クロノス。俺、この方に勝てる図が思い浮かばない。むしろ、全力で謝り倒してる姿なら思い浮かぶよ!お父さん、無力です。
心の中でクロノスに謝ったエデルは、叩き込まれた丁寧な礼をした。
「エデル殿、こちらこそ孫が世話をかけましたね。貴方のおかげであの子は無事だったのだと聞いています。私の孫を連れて来てくれてありがとう」
「とんでもないです!クロノスはすごくいい子です!いつも俺を気にかけてくれて。あの……クロノスのこと、ちゃんと孫だと認めてもらえるんですね」
クロノスはアリアの養子になってこの城に住む人たちには認められていたが、祖母であるヘンリエッタがどう思っているのかは会ったことがなかったので分からなかった。それに、クロノスの血縁上の父親については、ヘンリエッタの息子ということ以外は知らない。
「もちろんです。むしろクロノスが私のことを祖母と認めてくれないのではないかと思っていますよ。だって、私はあの時、クロノスとその母親のことを認めませんでした。そのせいであの子が苦労してきたのですから」
クロノスの母が息子と関係を持って妊娠したと訴えてきた時、ヘンリエッタはそれが事実であろうが何だろうが認めなかった。そのことを理由に、クロノスの母が後始末の全てを押しつける気満々だったからだ。
辺境伯の名を好きなように使い潰す気でいた女に、屈するわけにはいかなかった。
「あの子の父親は私の末の息子だったのですが、少々甘ったれで素直に人の言うことを信じてしまうような子でした。ずっと一族に囲まれて育っていたせいか、辺境伯という名の持つ大きさに気が付かず、王都に行った時に利用されてしまったのです」
「あの、今はどうしていらっしゃるんですか?」
「生きてはいますよ。ですが、合わせる顔がないと言って、表に出てくることのない研究の職につきました。今は新しい色が作れないか研究しています。染め物や絵画といったものに使えれば新しい産業になりますからね」
よかった、クロノス父、生きてた。
実はあまりにも話題に出ないせいで、もう亡くなっているのかもしれないと危惧していたのだ。
会ったこともない父親だが、一応、クロノスの実の父だし、クロノスにその気があれば会うことも可能な状態のようでほっとした。
「今回、貴方たちの結婚式があると聞いて、よい機会だと思ったのです。アリア、エデル殿、私がクロノスに会っても大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。会ってあげてください。あの、最初はちょっとぶっきらぼうかもしれませんが、ちょっと人見知りで不器用なだけですから!いいですよね?アリアさん」
「あぁ、クロノスなら大丈夫だろう。叔母上、あの子に会ってあげてください」
「……ありがとう。あの子と血が繋がっているというだけの人間がずうずうしいかと思われるかもしれないけれど、あの子が何を言っても受け止めるわ」
アリアがクロノスを養子にしたというのは、事後報告で伝えられた。最初は大丈夫なのかと心配したが、姪の人を見る目を信じて、きっとクロノスは母親とも父親とも違う性格の子供なのだと思った。
だが、それと自分が祖母面して会うのはまた別の話だ。
クロノスは被害者だ。ただ、あの両親の子供として生まれたというだけで一緒くたにされた。
追放した張本人である自分が、血の繋がりがあるというだけで会ってもいいものだろうか悩んだ。
「いやー、血の繋がりって大事ですもんね。俺なんて何の繋がりもないけど、クロノスが辺境伯家の血を持ってるってだけでアリアさんに会いに来たんだし。アリアさん、あの時、よく俺たちなんかに会おうって思いましたね。胡散臭さ全開だったでしょう?詐称してるとか思わなかったんですか?」
「手紙は本物だったし、細身の吟遊詩人と子供一人くらい、どうとでもなるしな。遠目で見た時、お前がクロノスを励ましている姿を見た。これだけ子供を大切にしている人間が、そんなすぐ分かるような嘘はつくまいと思ったのだ」
「うわっ!見てたんですか?」
「たまたまな。門番と何か会話をしている姿を見たんだ。その後、お前たちの話を聞いてすぐに城に入れるように指示を出した。もし、お前たちが我が家と何の関係がなくても、お前たちをこの城で雇おうと思っていたのだ」
門番に必死に何かを話し、クロノスを大事そうに抱きしめていたエデルの姿を見て、何がなんでもこの二人を城に留めようと思った。ヘンリエッタの孫とその義理の父だと知って、夫婦になって養子にする案を思いついたので実行しただけだ。その結果、こうして今があるのだから、あの時の人を見る目と思いつきは大成功だったと言えるだろう。
「あ、本当に?じゃあ、俺たち何とか生きてけたんだね、よかった。クロノスだってあの時、初めてアリアさんに会ったんだし、いくら血族といっても、遠くに住んでいると中々会えませんもんね。そんな感じで思ってもらえばいいと思いますよ。今までの分は、これからクロノスと色々と話し合ってください」
「エデル殿……そうですね、そうしましょう」
過去は悔やんでも戻らない。ヘンリエッタがクロノスに何もしなかったのは事実だ。
それでも、このまま終わらせたくなくて、クロノスさえ許してくれるのなら会ってみたかったのだ。
「いきなりおばあ様とは言われないかもしれませんが、新しく関係を築いていってあげてください」
「えぇ、あの子が一族の子であることに間違いはありませんもの。祖母と認めてもらえなくても、一族の者としてあの子に出来るだけのことはしてあげたいと思います」
「ちょっと時間がかかるかもしれませんが、大丈夫だと思いますよ」
アリアのことをお母様と呼ぶだけでもそれなりの時間がかかったのだ。ヘンリエッタのことをおばあ様と呼ぶのも時間がかかるかも知れないと思ったが、逆にもう何かが吹っ切れて早々に呼ぶ可能性もないわけじゃない。
最近のクロノスの順応性の早さに驚いてばかりのエデルは、吹っ切れた息子が日々大人びてくる気がしていたのだった。




