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結婚式前㉝~まず一人目、襲来~

読んでいただいてありがとうございます。以前、ルドルフの台詞の中だけでしたが、アリアさんのおばあ様が亡くなっていたので、その部分は訂正してあります。おばあ様は元気に生きているということでお願いします。

 その日は、朝から全員がそわそわしていた。

 前日から執事のセバスを筆頭に侍従や侍女たちなどここで働く全ての人間がお互いに何かを確認しあい、飾られている花を新しい物に取り替えて掃除もいつも以上に念入りにしていた。

 それこそ、セバスは窓枠を一つ一つ指で撫でて確認していて、料理長は食料庫にある在庫を自らの目で確認していた。

 普段からきちんとしているのに不備がないかと何度も確認をしている皆の姿を、エデルはちょっと引き気味で見ていた。


「アリアさん、皆、どうしちゃったんですか?」

「あぁ、おばあ様がいらっしゃるからな」

「……おばあ様?」

「そうだ。私の祖母だ」


 その方は以前ラファエロから聞いた、ロードナイト辺境伯を押し倒したというトワイライトの猛者……じゃなくて、王女だった女性のことでしょうか。


「おばあ様は、普段は湖の傍にある屋敷で暮らしていらっしゃるんだが、結婚式のために来てくれるのだ」


 嬉しそうに言うアリアにそんなことは聞けなかったが、エデルはアリアが嬉しいならいっか、と思っていた。だが、そこではっと気が付いた。

 アリアはロードナイトとトワイライトの血を引く女帝だ。そんな女性の夫が自分のような吟遊詩人だと、怒られないだろうか。


「アリアさん、あの、俺みたいなのが夫で怒られない?」


 どんな性格の方か分からない以上、アリアに直接尋ねるしかない。

 エデルの中では、王女という存在は気位が高くて近寄りがたいというイメージだ。そこにわがまま要素だったり庶民見下し要素だったりと物語によって様々な要素が加わる。もちろん寛大で公正、厳格な方もいるが、どちらにせよ流浪の民である吟遊詩人からはほど遠い存在だ。

 それを言い出したら、なぜか辺境伯の夫をやっている今の状態はどうなんだということになるのだが、エデル的には現状はクロノスという存在があっての事態なので、特殊事例だと思っている。

 あと、アリアに王女感がない。出会った時にはすでに女帝だったからだろうか。


「ふむ……まぁ、大丈夫だろう」

「何か不安そうに言わないでください!」

「ふふ、いや、本当に大丈夫だと思うぞ。おばあ様はおじい様と結ばれる時に、それはそれは大恋愛をなさったそうでな。恋愛至上主義とは言わないが、結婚というものはお互いに何らかの情を持つべきだ、というお考えの方だ」


 ……大恋愛。大恋愛って何だろう。強行突破のことだろうか。


「親愛でも尊敬でもかまわないが、歩み寄ることが大切だそうだよ。特に私の父と母の件があってから、おばあ様はその点に一番厳しくてな。身分差があろうがなかろうが、それがない結婚は許さない方だ」

「身分差には寛大?」

「そうだな。だからクロノスの母は従兄弟に嫁げなかった。利用しているのがバレバレだったからな。まぁ、それ以前の問題でもあったが、アレにそんな感情はなかった」

「そうですねぇ」


 そこはアリアに賛同する。クロノスの母が考えていたことは、全て己の利のことばかりだった。だからこそ、クロノスを迷わず置いていくという選択が出来る人だった。

 そのおかげで今があるので、エデルにとってはそういう人でよかったと思うべきだろうか。


「私の母は、辺境に利があることならば他のことはどうでもいい方だったらしい。母が愛していたのはこの辺境の地だ。ゆえにエスカラから来た父が辺境を好き勝手するのを許さなかった。そのせいか、お互い近寄りもしなかったそうだよ。よくもまぁ、私だけでも作ったものだ」


 アリアは自虐的に笑った。

 エスカラで、次期辺境伯の夫となればこの地を自由に出来ると吹き込まれていた父は、話が違うと嘆いた。父には何の権限もなく、望まれているのは子供だけ。それも一人で終了だ。

 母は、愛人でも何でも好きに持てばいいが、辺境に迷惑だけはかけるな、と厳命したらしい。

 皮肉なことに母亡き後、その愛人の娘が色々とエスカラでやらかしてくれたのは笑えてくる。

 そして、自分の後継者は、その愛人の娘の息子だ。


「えーっと、その何とも言えませんが……アリアさんを生んでくださったことには感謝したいので、今度、お墓参りさせてください」

「……そこだけか?」

「え?それ以外、何かありますか?俺、アリアさんのお母さんについてはよく知らないので、もうその一点だけですごく有難い存在です。女神様です。お父さんの方は、正直、俺、ここで暮らしてて思ったんですけど、なんでここを自由に出来るとか思ったんですかねぇ。この地の特性をよく知っていて民にも慕われている奥さんのサポートは出来ても、夫になっただけで俺えらいんだーって言われても笑われるだけですよねー。本当にやりたいんだったら、下っ端からコツコツ仕事して信頼と実績を築いていかないと認めてもらえないですよ」


 あっはっはっはっはっ、と自身は政務にも軍務にも一切関わる事なく、ただひたすらにアリアの為に音楽を奏でたことで周囲が認めた夫は笑った。

 流浪の民だ。どうせ飽きたらすぐに出て行く。酒場に行って女でも引っかけてくるんじゃないか。

 当初あったそんな声は、エデルがアリアがいない時は演奏をきっぱり断り、酒場に行っても護衛騎士と二人で実に健全なネタ集めをして、どれだけ夜遅くになろうとも必ず帰ってくる姿を見てどんどん小さくなっていった。

 ついでに城のあちらこちらに出没しては、好奇心一杯の顔で色々な人と話し、ネタネタ~と言いながら帰っていく姿に、懐疑的だった人たちも毒気を抜かれた。

 

『あの方は、曲のことしか考えていないです。しかも出来たらアリア様に一番最初に聴かせてるし、アリア様の許可がない限り人前で演奏しません。一応、どんな話をしたか聞き取りをしたら、自身の体験談とかこういう曲がほしいとか、この地に伝わる伝承とかそんなのばかりでした。皆で恋愛話してる時は女子会か!って言いたくなりましたよ。エデル様、女性の気持ちを分かるって言ってましたから。すいません、俺は分からなかったです。勉強し直してきます。あと庭師に至っては、花の名前と花言葉を教えたって言っていたので、あの強面頑固ジジイが、この薔薇の花言葉は情熱的な告白とかあなたを愛していますとか言ったの?ってなって怖かったですぅ』


 という報告を受けて、もういいんじゃないか、という結論に達したらしい。

 父と違って、方向性はともかく、辺境の地で信頼を得ているエデルだが、この地の難しさというのは感じているようだ。


「閉鎖的とかじゃなくて、長年ここに住んでいる人の勘とかが必要になってくることが多い感じですかね。だってそこら辺の子供でさえ、空気がおかしいとかいって魔物の出現を当てちゃうんですよ。俺、全然分かんなかったもん」


 それは確かにある。

 ちょっとした空気感の違いを敏感に感じ取る能力が、この地で暮らす者たちには培われている。それは何というか、暮らしていく中で身につくものなので、どこかから来た人間がすぐに身につくものではない。


「それこそ、何も分からない人がここの領主になったところで、すぐに滅びそう。中央の軍が来たって、よっぽどの人物じゃない限り無理ですよ。まして、見下してる人なんて絶対無理」


 と、ここ最近、子供たちの指導で少しずつ空気感というものが分かってきたらしい夫が、不慣れなこの地について言った。


「なるほど。で、エデルは私のサポートをしてくれるということだな。ならば、私の要望も聞いてくれるんだろうな」

「もちろんです!何でもやります!」

「ほう、何でも、か」

「あれ?アリアさん?何でも?や、やりますけど……あの……」


 エデルに近づいたアリアが、いわゆる顎クイをやってゆっくりと顔を近付けようとしたその瞬間、扉が勢いよく叩かれた。


「チッ」


 アリアは舌打ちとともにその身をエデルから離し、仕方なく入室を許可すると、勢いよく入ってたのは叔父であるルドルフだった。


「アリア!」


 エデルが、心臓がバクバクした、保たねぇー、と息を整えていると、ルドルフが焦ったような声を出した。


「アリア、今、聞いたのだが、テレサ母上がもうすぐ着くとか!?」

「えぇ、そうですよ」


 今さっきエデルに迫っていたとは思えないほどごく普通に、アリアは答えた。


「そうか。なら私は用事が出来た」

「何を言ってるんです?叔父上。逃がすわけないでしょう。何の為に叔父上に黙っていたと思ってるんです?叔父上を逃したら、私がおばあ様とモニカ殿に叱られるからですよ」

「くっ!……見逃してくれないか?」

「お二人とも、なかなか家に帰って来ない息子を心配して説教する気満々のようですよ。大人しく受けてください」

「こうなったらクロノスで何とか」

「さらに一緒に叔母上も来ます」

「ヘンリエッタ姉上まで!今日は厄日か!」


 テレサがアリアの祖母の名で、モニカはルドルフの生みの母の名だ。

 子供二人を生んだ後に身体を壊し、これ以上の子供を望めなくなったテレサが自ら夫の為に選んだのがモニカだ。もともと仲が良かったので特にもめることもなく、テレサとモニカは協力して子供を育てた。とはいっても辺境伯の妻でトワイライトの王女でもあったテレサは忙しく、モニカも二人がいない時の代理として奥向きの仕事を仕切っていたので、弟の世話は主に姉がやってくれていた。母たちは厳しい教師といった感じだった。

 年の離れた姉二人に育てられたようなルドルフは彼女たちには逆らえないので、こうして辺境に帰ってきたあとも、何だかんだ理由を付けて避けていた。


「何が厄日ですか?そなた、良い歳をした大人でしょうが。逃げるなどという幼稚な真似をするなど、言語道断です」


 開きっぱなしの扉からそう言って入ってきたのは、アリアによく似た女性だった。


「ヘンリエッタ姉上……」

「まったくもう。お母様もモニカお母様も貴方を心配しているのですよ。エスカラで研究に夢中になっていた息子がようやく帰ってきたと思ったら、ろくに顔も出さないとか。良い機会です。しっかり顔を合わせなさい」

「……はい……」


 普段、クロノスに授業をしてくれている良い大人が怒られてしょんぼりしている姿に、エデルは、やっぱりここの一族の女性には逆らわない方が正解なんだな、と心にしっかりと刻みこんだ。


「貴方がエデル殿ね?初めまして。私は、アリアの叔母でクロノスの祖母にあたるヘンリエッタよ」


 そうだ、この方、クロノスのおばあ様だ!え?おばあ様?

 とてもそんな年齢には見えない若々しさを保った女性が、にっこりとエデルに笑いかけたのだった。



 

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