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番外編~新年の宴~

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。新年の番外編です。

 ロードナイト辺境伯領は、今日から三日間はどこに行っても新年の宴を催していた。

 それは辺境伯が住む城でも同じだった。

 本日は無礼講となり、城の大食堂を開放して非番の者や仕事が終わった者たちから順番に宴に参加していた。

 アリアもこの宴に参加しているのだが、飲み勝負を挑まれて涼しい顔で連勝していた。

 エデルは、誰でも知っているような明るい曲を弾いて、新年を迎える宴に華を添えていた。


「アリアさん、どうかしましたか?」


 曲を弾き終わって、ふと視線を感じたのでそちらの方を見たら、いつもよりほんの少しだけ顔が赤いアリアがエデルを見つめていた。


「ふふ、本当にお前の音はいいな。私は大好きだぞ」

「わぁ、ありがとうございます。俺、これからもアリアさんのお気に入りでいられるように練習しますね」

「上手い下手とかいうものではなくて、お前の音楽が心地良いのだ」


 ちょっとうっとりしている顔をしたアリアに、エデルは慌てて他の人間からアリアの顔が見えないように遮った。


「ア、アリアさん!酔ってますよね!?」

「うん?別に酔ってなどいないぞ。それよりもこっちにおいで」


 そう言ってアリアはエデルを引き寄せて、大勢の人の前でエデルを抱きしめた。


「アリアさん!!」


 だめだ。普段、絶対に人前でこんなことをしないのに、平気でやるってことは、相当酔っている!

 逃れようとてじたばたしたエデルを、アリアはさらにぎゅっと抱きしめた。


「何を逃げようとしているのだ?私から逃げようとするなど、無駄なことだぞ」


 知ってたけど!領主様が旦那様を大好きで、思いっきり甘やかしてるのは知ってたけど!ここで見られるなんて!!


 その場にいる者、全員が動きを止めてその光景に見入っていた。

 女性陣は、小さな声で「きゃー」と言ってその光景をしっかり目に焼き付けようとしていた。

 男性陣は、「これってやっぱりアリア様の方が……、まぁ、相手はエデル様だしなぁ」と納得した。


「逃げません!逃げませんけど、思いっきり人前ですよ?アリアさんの威厳とかそういうものが……!」

「威厳?それが私にあるせいでお前を愛でることが出来ないというのなら、いらんな。よし、捨てよう」

「捨てないで。俺、アリアさんが持ってる優しくて厳しくて、でも皆がこの人について行けば大丈夫だって思える雰囲気が大好きなんです」

「……そうか。お前は私のことが大好きなのか」


 ??あれ? ”大好き”だけしか聞いてなくない?

 俺が渾身(?)の力で表現したはずの前半部分は、消えてるよね?

 でも間違ってはいない、かな?

 俺、アリアさん大好きだし。


「はい、大好きですよ」


 ……エデル様、それ、どう考えても自ら捕食されにいってますよ?


 エデルの言葉に、その場にいた者全員の思いが一致した。

 それは、当然、アリアもそう思ったということで……


「ふふふ、エデルは良い夫だな」


 アリアは、エデルの頬に口づけを落とした。

 ちょっとびっくりした後、エデルは、はっと気が付いた。


「これって、女神の祝福ですね!!」


 ……おい、エデル様よ。違うと思うよ?


 女神の祝福、というのは、新年に春の女神が祝福の口づけを与えてくれる、それを与えられた者は一年間、幸運に恵まれる、というものだ。

 どちらかというとアリアは、勝利の女神とか戦いの女神といった感じがするので、間違っても春の女神ではない。

 なので、その口づけは女神の祝福ではなくて、これは自分のものだというマーキング的なものだと、エデル以外の誰もが感じていた。

 アリアはエデルのその解釈の仕方を聞いて、そうくるか、と思って少し笑うと、今度はその唇に軽く口づけた。


「アリアさん!!」


 ばっと一気にエデルの顔が赤くなったのを見てアリアは楽しそうにクスクスと笑うと、さらにエデルの手を取って指先に口づけた。


「これは春の女神の祝福なのだろう?この指は妙なる楽の音を奏でるもの、この唇は美しい言葉を歌うもの。祝福はやらねばなるまい?」


 吟遊詩人のエデルにとって、それらは最も大切な商売道具だ。そう思えば確かに春の女神の祝福は必要なのかもしれない、とエデルは思った。


「ありがとうございます。俺、今年もアリアさんのために歌いますね」

「楽しみにしているよ」


 アリアに説得されたエデルは嬉しそうだった。


 エデル様、春の女神の祝福って、どこか一ヶ所に口づけもらったら、それが全身に巡りますからね?部位指定じゃないですよ?


 三ヶ所に口づけをもらったエデルは、三重の祝福になってしまっているのだが、この危なっかしい人にはそれくらいがちょうど良いのかもしれない。相変わらずな辺境伯夫妻を眺めながら、人々は再び宴を楽しんだのだった。




 ショーンが酔い冷ましに庭に出ると、そこにはアリアが立っていた。


「お嬢も休憩ですか?」

「ああ、さすがにもうそろそろ引き上げようと思ってな。少し外の空気を吸いにきたんだ」

「まぁ、お嬢はザルですから。お嬢が酔ってるところを見たことなんて、ありませんぜ?」


 飲み過ぎれば多少は顔が赤くなるようだが、基本的にアリアは酔わない体質のようだ。軍の酒豪たちと飲んでも、翌日には平然と馬に乗って駆け回るくらいはする人だ。

 なので、先ほどのエデルとのやりとりも、アリアは酔ってなどいなかったとショーンは断言出来る。


「お嬢」

「何だ?」

「明日になれば誰もがあちこちでしゃべるでしょうな、辺境伯夫妻は相変わらずだ、と」

「咎めるつもりはないぞ」

「ええ、そうでしょう。その噂話はどこまで報告されるんでしょうなぁ。ひょっとしたらネズミ共もしっかりその目に焼き付けたかもしれませんな」

「隠すことは一切ない。ネズミ共がしっかりとその目で確認した事実を、自分たちの主に報告すればいいだけだ」


 さすがに身近の者にはいないだろうが、城内で働く者たちや出入りする商人たちの中には、諜報員も混じっているだろう。こっちだって同じようなことをして情報収集に努めているのだ。本当に重要なことは漏洩しないように厳重に管理しているが、時折彼らに適度なネタを提供するのも重要なことだ。

 いざという時は、そいつらを使って偽の情報を流さなければならない。そのためには、普段から信頼のおける当たり障りのない情報というものを流して、その者たちからの報告に嘘偽りはない、という風に持っていっておかなければならないのだ。そのさじ加減が絶妙に難しい。

 ショーンは、自分には向かない仕事だと自覚している。せいぜい、アリアや友人がそれをやるのを手伝う程度だ。

 で、今、一番旬なネタは、辺境伯夫妻のことだ。

 アリアが結婚を公表して夫が平民出身、どころか旅の吟遊詩人だと周知されてから、アリアの第二夫になりたい、という希望者、もしくはどっかの爵位持ちの家からの押しつけが多くなった。

 曰く、自分たちの方が貴族として役に立ちますよ、とのことだったが、アリアは全て「いらん」の一言で断っていた。


「お嬢、相手するのが面倒くさくなってきたんでしょ?」

「何のことだ?」


 アリアは、他意は無いという風を装っているが、きっと相手をするのが面倒くさくなったのだ。だから、エデルとの仲の良さをアピールしたのだと思っていたのだが……。

 あれ?ひょっとして……


「お嬢、酔ったふりして、本気でエデル殿に……?」

「それこそ何のことだ?」


 ちょっとだけ顔を背けたアリアに、ショーンは苦笑いをして確信をした。


 うちのお嬢は、エデル殿にだけは色々と下手くそなんだからなぁ。 

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