結婚式前㉙~抱きしめたい~
読んでいただいてありがとうございます。寒いですね。
今回の事件を調査するために何人かエクルト子爵の下において、それ以外の人間は辺境の地に帰って来た。もちろん、アリアとエデルも一緒だ。
「やっと帰って来られたー!」
わけも分からず巻き込まれて誘拐された身としては、そんな危険が一切ない辺境の家に帰って来られたので、ほっと一安心していた。
「お父さんー!!」
「ぐはぁ!!」
声と同時に黒い塊はエデルのお腹に突撃してきた。
「く、くろのす、いたい」
思いっきり油断していたせいもあって、クロノスの突撃をまともに受けてしまったエデルは、涙を堪えながらお腹の辺りで頭をぐりぐりさせているクロノスを抱きしめた。
「お帰りなさい。心配したんですよ」
「うん。ごめんね。こんなに遅くなるつもりも行方不明になるつもりもなかったんだけど、気が付いたら誘拐されてた」
「お父さんらしいです」
きっと何かしらの変態ホイホイが作動したんだ。お父さんにはよくあることなので、無事に帰って来られたのならそれでいい。
「クロノス、エデルは一人での外出は禁止にしたからな。もし、勝手にどこかに行こうとしていたのなら、私に教えてくれ」
「はい、お母様」
クロノスは母に力強く頷いた。
あれ?ついに「当分の間」とか「事態が落ち着くまで」っていう単語がなくなったんですけど……
母と息子の会話に、一緒に帰って来た辺境軍の者は疑問を持ったのだが、長いものに巻かれる主義の彼らは、そんな言葉は間違っても口に出さなかった。
「お嬢、ついに隠さなくなったか」
口に出して言ったのは、ショーンだった。とはいえ、ちょっと距離があるので、アリアたちには聞こえていない。
「テオドール、お前、当分、暇になるだろ?」
「は?えぇ、そうですね。俺はエデル様が一人で外出する時の護衛ですから」
「なら、少し調べものをしてきてほしいんだけどよ」
「エデル様のことですか?」
「おう。ちょっとなぁ、気になって」
ショーンは、クロノスに抱きつかれ、アリアにからかわれているエデルをじっと見つめた。
普段の表情豊かな顔を見ている時には気が付かなかったが、誘拐されて戻って来た時に見た顔が気になったのだ。
よほど疲れていたのか、アリアやラファエロの意識がエデルから逸れたほんの少しの間、エデルはいつもの笑顔がなくなり、全ての感情が抜け落ちたような無の表情になっていた。その顔が、似ていたのだ。
今、この帝国の皇帝の座に就いているその人に。
皇帝との会合に、辺境伯の護衛として何度か立ち会ったことがあるが、あの時のエデルは不気味なほどよく皇帝に似ていた。他人のそら似、なんてレベルじゃない。
だが、これはまだ誰にも言えないことだ。
合っていたところで、エデル自身はそのことを知らずに生きてきたし、ここまで放置している以上、皇帝だって表に出す気はないはずだ。だが、万が一、ということもある。その時になって慌てるよりは、何となくでも知っておいた方がいい。アリアに知らせるかどうかは、また別問題だ。
「エデル殿は、ファーバティ伯爵と知己だった。他にもそういった貴族の知り合いや、エデル殿が忘れていても、向こうは覚えている、ということもある。お前、エデル殿から色んな話は聞いてるんだろう?」
「はい、エデル様は特に隠すということもない方なので、どこに行ったことがあるのかは聞いています」
「出来る限り追ってくれ。多少、時間をかけてもいい。お前がこんなことは必要ない、と思ったことでも漏らすことなく全て報告してくれ」
ほんの少しの引っかかりから思わぬ事態になることもある。テオドールが疑問に思わなくても、こっちが疑問に思うことが出てくる可能性だってある。
「分かりました、団長」
「ああ、頼む。それと公式には、お前は今回の事件について追っていることにしておく」
「はッ!」
つまり、今回の任務は誰にも言うなということだ。テオドールはいつになく真剣な表情のショーンに、何も聞かずに承諾をした。
アリアの軍馬に乗せてもらって帰ってきたので、行きよりもずいぶん早く戻って来られた。
クロノスの不意打ちには驚いたし、少々お腹が痛かったが、心配させてしまったので甘んじて受けた。
でも、その後の説教はいらなかったと思う。
お父さん、子供に怒られるお年頃は過ぎたつもりです。
って言ってみたかったけど、言ったところでクロノスは、アリアによく似た氷の笑顔で対応してきそうだ。
正直、怖かったので止めました。
「はー、クロノスはいつの間にあんなにアリアさんにそっくりになったんだろー」
もうちょっと大人しい子供のままでいてほしかった。急激に大人になっていっている気がして寂しい。
そんなことを思いながらエデルが私室でくつろいでいると、夜も更けた頃に扉が静かにノックされた。
「はい?」
「エデル、少しいいか?」
聞こえてきた声がアリアのものだったので、すぐに扉を開けると、ラフな格好をしたアリアが立っていた。
「どうぞ」
「くつろいでいたのだろう?すまないな」
「いいえー、いつでも来てください」
ここの主はアリアだし、エデルの部屋に来る権利はアリアが一番持っている。家具も服も全てアリアが用意してくれたものだ。
部屋に入ったアリアは、エデルと横並びでソファーに座った。
「というか、一応、夫婦なので遠慮なんていらないですよ」
部屋は色んなことを考慮して、アリアの部屋、空き部屋、エデルの部屋、という並びになっている。
これは夜中まで仕事をしていることがあるアリアが、すぐ隣の部屋だと物音がして気が散るだろう、と言って間に一部屋挟んでくれたのだ。
エデルも夜中まで曲を作っている時、無意識にメロディーを口ずさんでいるので、アリアの邪魔にならずに済んでよかったと思っている。
「そうか。ではこれからは、遠慮はなしにしよう。お互いに、だ」
「お互いに?」
「そうだ。私は好きな時にこうして部屋を訪ねるし、エデルも好きな時に私の部屋に来るがいい」
アリアの片手がエデルの頬に触れると、エデルはその手にそっと自分の手を添えた。
「今日のアリアさんは、よく俺に触りますね」
「……しばらく行方不明だったからな。こうして触って、エデルを取り戻したのだと実感したいのだ」
「すみませんでした。俺に触って実感が湧くのなら、いくらでも触ってください」
「……そうか」
小さな声と共に優しく引き寄せられて、エデルはアリアに抱きしめられていた。
帰って来た時に抱きしめた子供のクロノスの身体とは違う、柔らかくていい匂いのする大人の女性の身体に包まれた。
あ、すごい幸せかも。
抱きしめられただけで、信じられないくらいの幸福感で心が満たされる。
「……俺、アリアさんに抱きしめられるの、好きかも」
「ふふ、ではまた抱きしめてもいいか?」
「もちろんです。遠慮はなし、なんでしょう?」
「そうだな」
アリアはさらに腕の中のエデルを抱きしめ、エデルもアリアにぎゅっと抱きついたのだった。




