結婚式前㉗~トワイライトの王~
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調査次第では、アリアがトワイライトの王=帝国の皇帝になる可能性については理解した。
「うーん、アリアさんがそんなものになりたがるとは思えないけど」
「だろうな。私も女帝がトワイライトの王に好んでなるとは思っていない。精々、中継ぎの王になって次の人間に引き渡して終了だろう」
そもそもロードナイトとトワイライトは、二つの家で一つの皇帝なのだ。どちらかが暴走したら、もう一方が止めるという役割を持つ。一人の人間がそれを兼任することなど、歴史上なかったことだ。
「ラファエロから見て、アリアさんは皇帝に相応しいの?今いるトワイライトの王や王子たちはどうなの?アリアさんより劣るの?」
エデルは、政治や軍事に関わる人間じゃない。だからこそ、ラファエロが本当なら言えないような事柄まで平気で聞いてくる。公の場でその答えは、けっして言えない。
「……エデル、これはあくまでも私の主観なのだが、陛下はそれなりに有能な方だと思う。何事もなければ、このまま皇帝としての職務をする能力はある方だ。ただ、カリスマ性というか、そういうのは女帝の方が圧倒的にある。第二王子は、己を優先する方だ。自分の興味があることにしか動かない方だが、少々妖しい感じのする容姿の持ち主なせいか、信者が多い。狂信者どもは面倒くさいぞ」
うんざりした声と表情から察するに、ラファエロはその狂信者たちに絡まれたことでもあるのだろう。相手にしたくないという感じがもろに出ている。
「第一王子は、女帝がエスカラにいた時に交流があったはずだ。能力もあるし、血筋さえ確かならば、皇帝として戴くのに何の不安もない」
「じゃあ、本当に血筋さえ確認できれば、アリアさんがそっちの厄介ごとに巻き込まれることはないんじゃん」
「そうだ。本来ならそんなことはない」
血というのは本当に面倒くさい。それを誇りに思い職務を遂行する者もいれば、ただその血を引いたという一点だけを威張る者もいる。そして、血筋に執着する者たちも多い。
「昔からこの手の噂はあったんだ。だが今の陛下は父君によく似ているし、実の息子でないとは思えないのだが……」
「じゃあ、悪意ある誰かの根も葉もない噂話ってことでよくない??」
「よくない。そういう話が出ること自体がよろしくないんだ」
「えー、俺たち庶民からしたら、誰がどんな血を引いていようが、俺たちに優しい王様ならそれでいいんだけど」
暴君とかは嫌だけれど、多少、胡散臭い噂があっても庶民に優しい王様の方がいいに決まっている。
各地をずっと旅してきたエデルは、定住する地を持たない放浪者として嫌な目にもあってきた。だが中にはそういった者たちにも分け隔てなく接してくれる人たちもいて、そういう人が治めている場所は居心地がすごく良かった。
ラファエロやアリアの治める土地は、放浪者に厳しくない。
もちろん放浪者の中にどこかで犯罪を犯している者が混じっている可能性もあるので、厳しく取り締まるのは仕方ないが、放浪者とみれば全員問答無用で捕まえるということをやっている領主もいるので、罪を犯していなければ普通に接してくれる土地は有難いものだ。
「その国を治める王様の方針によっては、俺たちはすぐに追われるからね。厳しくない王様がいいに決まってる」
「陛下は上手く押さえている方だとは思うが、いかんせん、貴族たちの権力争いがなぁ。さらに陛下が王族じゃないとなると、国全体がどうなるか分かったものじゃない。そうなる前に一時的にせよ、女帝に皇帝の位を継いでもらう必要はあるのかもしれない」
エスカラの権力争いとは無縁で、かつトワイライト王家の血を確実に引いているアリアならば、正統すぎて誰も文句が言えない。元々が二人の王の内の一人だ。
「……ねぇ、ラファエロ。それさ、アリアさんが皇帝になって、改革とかし始めたらどうするの?」
効率の悪い部分やいらん事業などを片っ端から変え始める可能性はある。アリアにしてみれば、エスカラのくだらない決まり事や暗黙の了解など足を引っ張るだけのものだ。そんなものはいらないだろう。
「そうなると、エスカラの権力者対皇帝か。いや、エスカラの中でも本当に実力がある者は女帝に付くか」
「甘い汁を吸いたいだけの貴族なんて、アリアさんは許さないと思うよ」
「そうなると血が流れるな。暗殺で済めばいいが……」
「全面対決の戦争までいったとして、辺境軍に勝てると思ってるの?」
「まぁ、無理だな。中央のぬくぬくしたお坊ちゃま軍が辺境のたたき上げに勝てるわけがない」
暗殺だって無理だろう。依頼する前に依頼予定者が処刑されて終了だ。武に関して、エスカラの者たちは辺境に頼りすぎている。それに気が付かずエスカラで威張り散らしているだけの連中は、実戦経験に乏しい。
「双方のためにも、アリアさん皇帝計画は諦めた方がいいと思うよ。あの人は一時的にせよ何にせよ、皇帝になる以上、全力で取り組むよ」
「……今の陛下が、ちゃんとしたトワイライトの血筋であることを祈るか。もし違った場合、女帝に迷惑がかからない方法を探そう」
「うん。そうして」
ラファエロだって本来ならアリアが皇帝の位に就くのは反対派だ。選択肢が狭まっているから仕方ないが、出来ればその方法は採りたくない。
「エデル、さっき私は、陛下は有能な方だ、と言ったな」
「え?あ、うん。あれ?」
上手く押さえているとか言っていたが、よく考えたら、有能で他を押さえることが出来る人間がどうして今の事態を放置しているのだろう。
「これは本当に個人的な見解だが……陛下は、どうもあえて放置している気がするんだ」
「権力争いを?」
「そうだ。民衆を巻き込まないようギリギリの線でコントロールをしているんだ。その……言い方は悪いかもしれないが、皇帝という職務を最低限のラインで熟している」
「えーっと、つまり、皇帝としての仕事はしてる、でも次の皇帝の権力争いは自分の仕事じゃないから好きにしろ、ってこと?」
「ああ。今は今、次は次。勝手にしろ。そんなところだ」
おそらくラファエロがこうした自分の考えを誰かに言ったのは、初めてのことだろう。エスカラではとてもではないが、言えない内容だ。いつもきちんとした言葉で物事を伝えられるラファエロにしては、珍しく言いにくそうな感じを受ける。
「次の皇帝の権力争いに民衆を巻き込まないようにしているのは、民の安寧が皇帝の仕事だからだ。権力争いに負けるようなら、皇帝として立ったところでしょせん傀儡になるから、というところだろうな」
「お父さん、息子さんたちに厳しいねぇ」
もし自分が同じ立場だったとしても、クロノスに対してそんなことは出来ない。
今、クロノスが一生懸命、次代の辺境伯として勉強しているように、皇帝として勉強する息子を見守るだろう。権力争いに巻き込んで放置とかはしない。
「陛下は、トワイライト王家の血は引いていると思う。だが、何らかの秘密はある。そう思っている」
根拠はないが、ラファエロはそう確信を持っていた。
「陛下、こちらがロードナイト辺境伯の伴侶となられた方の報告書です」
「うむ、ご苦労だった」
あのアリアレーテ・ロードナイトが伴侶を持った。
密かにもたらされたその報を受け、皇帝は素性を探るように影の者に命じた。
もう少しして表沙汰になれば、他の貴族たちも調べるだろうが、今はまだ知っているのはほんの一部の人間だけだ。この部屋にも、皇帝と影の者の2人しかいない。
報告書の中には、エデルという青年の過去が調べられていた。
「旅の吟遊詩人か」
「はい。さすがに他国での活動についてはあまり分かりませんでしたが、ラファエロ・ファーバティ伯爵の知己のようです」
「どこにでもいる普通の吟遊詩人のようだな。これならば放置していてかまわん。下手に突いて辺境伯を怒らせることもあるまい。他の者にも、手出しはするなと伝えておけ」
「は!」
皇帝の言葉を伝えるべく影の者が消えて1人になると、皇帝は報告書をじっくりと読み始めた。
「……なんだよ、エデル。ようやくお前の行方が分かったと思ったら、いきなりアイツの夫かよ。会いづれぇなぁ」
クククと笑うと、皇帝は頭をがしがし掻いた。
「クソッ!」
このままだと、エスカラの権力争いにエデルが巻き込まれる可能性は十分にある。だからといってトワイライトの王が、ロードナイトの王の伴侶を表立って守ることは出来ない。
「ぜってーエデルを守れよ、アリアレーテ・ロードナイト」
なんせエデルは、俺のかわいい息子なんだからよ。
そこには先ほどまで見せていた皇帝の顔はなく、ただ家族を心配している男の顔があった。




