結婚式前㉖~男の友情~
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一通り情報と意見を交換したので、本日は解散となった。疲れていたので早々に安全が確保された部屋に戻ったエデルだったが、すぐにラファエロがやってきた。
「疲れているところを悪いな、エデル。だが、私も明日にはエスカラに戻る。その前に話をしたかったんだ」
「んー、全然いいよ。ラファエロが忙しいのは分かってるし」
そんなに長く仕事場を空けられないはずなのに、ここ何日かはエデルたちの捜索に費やしてくれていたのだ。タイムリミットはとうの昔に過ぎていた。本来なら二日ほどの滞在で帰るつもりだったのに、無理矢理こちらに残っていたので、エデルたちが見つかった以上さっさと戻らないといけない。
「ありがとうね、ラファエロ。心配かけた」
「心配は現在進行形だ。お前、本当に女帝に無理矢理付き合わされているわけではないんだな?」
二人っきりなら本音を聞けると思っているのか、ラファエロは真剣な目をしていた。
「もちろんだよ。まぁ、始まりは強引に流された感はあるけど、俺が本当に嫌がったらアリアさんは逃がしてくれるよ。俺程度の人間なんて、どこにでもいるし」
……その認識が女帝とずれている気がする。冷静そうに見えて、女帝の内心はけっこう焦っていたんじゃないかというのがラファエロの見立てだ。少なくともエデルは、女帝が自ら探しに来る価値がある夫、ということだ。
「お前と女帝のことは、当事者同士で好きなだけ話しておけ。が、エデル、お前が女帝の夫という立場で居続けるつもりなら、少し彼女について教えておこう」
「アリアさんのこと?うーん、俺、直接本人に聞くよ?」
「馬鹿者。本人とその周りの人間だけに聞いたところで、そっちの主観が入って一方的だろうが。いいから、こっち目線のことも聞いておけ」
「確かに。言われてみれば、そっか。じゃあ、お願いします」
ラファエロに怒られて素直に謝る。確かに辺境で聞いたところで、あっち目線の話しか入ってこない。一方的な情報だけ聞いても、それは都合の良いことだけしか入ってこないだろう。
「いいか、女帝は立場が複雑だ。ロードナイトの王だが、場合によっては、トワイライトの王にもなり得る存在だ」
「何で?」
王が二人とはいえ、アリアはあくまでもロードナイトの王。帝国の皇帝になることはあっても、トワイライトの王になることなどないはずだ。トワイライト王家は健在なのだから。
「ここから先は他言無用だ。お前が女帝の夫で私の友人だから伝えるだけだ」
ラファエロの真剣な表情に、エデルもキリッとした。
「今のトワイライトの王だが、その血筋に不安がある。……先代の王の子ではないかもしれないんだ」
「え?それって……」
「もし本当にそうならば、彼の王の王位は当然なくなる。同時に王の子供たちも、王族と認められるのは厳しいかもしれない」
王妃が他国の王族である以上、下手をしたらトワイライト王家の血を一切引いていない可能性だってあるのだ。
「そうなった場合、誰が一番トワイライト王家の血を引いているかというと、女帝なんだ」
「他は?」
「いないこともないが、少し遠い。女帝の祖母にあたる方が当時のトワイライトの王の異母妹でね。側室の子だったが、王妃が他国の王女だったのに対して、側室は王の従姉妹姫だった。従兄妹同士の間に生まれた生粋のトワイライトの王女が女帝の祖母なんだ」
「……ひょっとして、王妃様って他国の王女ばかりなの?」
「ここ何代かはそうだ。他国の王女を母に持つ今の王が先王の子ではない場合、一番濃くて確実なトワイライトの血を引いているのが女帝なんだ」
王家の事情が複雑すぎる。というか、王の血って大丈夫なんだろうか。
「何でそんなことになってんの?トワイライトの王女なら、わざわざロードナイトに嫁ぐこともないじゃん。エスカラ内で結婚してよ」
「……恋は止められなかった、そうだ」
「……そっか。俺にはよく分かんない感情だよ」
「けっこう有名だぞ、ロードナイトの王とトワイライトの王女の恋愛劇は。最終的に王女が何もかも捨ててロードナイトの王について行った、っていうのが一般的に流通している話だが、実際には王女が王を押し倒したらしい」
「……アリアさんってお祖母様似なのかな?」
強引がすげぇ。
エデルはまだ押し倒されてはいないが、押し倒される可能性はある。っていうか、自分がアリアを押し倒すというのは想像が出来ないし、やれない。
「今、エスカラは後継者問題で揺れている。普通に考えれば次の王は第一王子なんだが、第二王子と王妃が絡んで面倒くさいことになっているのに、さらに王自身の問題も出てきた。さすがに王族の血の問題は放置出来ないから、今、それを詳しく調べている最中なんだ」
その結果次第では、本当にアリアはエスカラの権力争いに巻き込まれる。なのに何故この友人は、よりにもよってそんな人の夫になってくれやがりやがったんだ。おかげで、アリアに味方するしかなくなった。
少なくとも、アリアに害が及ばないような立ち回りをするしかない。
「お前は女帝の夫だ。その辺も踏まえて立ち回れ」
「情報は流してくれる?」
「ああ、仕方ない。出来る範囲では流してやる。もっとも、そっちの情報網にも色々と引っかかってはいるとは思うがな」
「うん。でもアリアさん、そういうことは俺に関わらせないようにしてくれてるから」
元々が流れの吟遊詩人だ。歌うことは出来ても、政治は正直よく分からない。アリアもその辺は分かっているから、極力関わらせないようにしていてくれる。
無知は罪かもしれないが、時には何も知らないからこそ助かることもある。
「その気持ちも分からんでもないな。お前にはそういうドロっとした部分とは無縁でいてほしい。女帝の願いってやつか」
「かもしれない。でも、俺だってアリアさんを守りたい気持ちはあるよ」
「ま、そうだな。いいだろう、俺の手紙はいつも通り送ってやる。それを女帝に知らせるかどうかは、お前が決めろ」
「ありがとう。男の友情ってやつだね!」
「見誤るなよ」
「了解」
身分も何もかもが違っていても生まれた友情だ。ラファエロは、アリアより先にエデルを見つけていたというちょっとした優越感に浸っていた。