結婚式前㉕~幻楽器~
読んでいただいてありがとうございます。
「さて、関係者も揃ったことだし、一度、状況の全てを整理しておこう」
エデルとエクルト子爵とジェシカは誘拐されていたし、後から来たアリアとラファエロはすでに事が起こった後だったので、まずは三人を救出することを優先した。そしてホロー男爵の身柄は辺境軍が押さえている。
今のところ、今回の誘拐事件の全貌が見えている人間は、ここにはいない。
「一番、全ての物事に関わっているのは私かな。私が分かる範囲で話していくので、エデル君とジェシカは私の話に補足があったら言ってほしい」
「そうですね、俺は多分、巻き込まれた感じだし、ジェシカは意味が分かってないでしょうから」
「は、はい。私の記憶している限りは頑張ります」
誘拐のメインターゲットはジェシカだが、本人は全く以て意味が分かっていないだろう。ホロー男爵は、ジェシカとあのヴァイオリンとセットだったから一緒に誘拐しただけだ。もし、持ち主が別の人でも全然構わなかったはずだ。欲しかったのは、あのヴァイオリンとそれを弾ける人間だろうから。
「さて、今回の誘拐事件の発端はあのヴァイオリンです。私が銘を『暁』と名付けたあのヴァイオリンだが、どうも別の価値があるようでしてね。あれは恐らく飾りではなく、音が出ることに価値があると思われます。そうでなければ、奏者であるジェシカまで一緒に誘拐することはなかったでしょうから」
「だろうな。あれは、ここのダンジョンから発見されたと聞いたが?」
「ええ、そうです。偶然見つけられた物です。なので誰かがあのヴァイオリンをダンジョンで探していた、という話は聞いたことがありませんでした」
誰も探していなくて、ただ単に隠し部屋から見つかった特殊なヴァイオリンというだけの物のはずだった。由来もどうしてそこに安置されていたのかも、誰も何も知らないヴァイオリン。
「あのヴァイオリンが見つかったのは去年です。そこから誰も弾けないまま置いてあり、最近になってようやくジェシカが弾けました。それまでの間、ヴァイオリンは狙われてはいませんでした」
「待っていたということか。弾き手が現れるのを」
ラファエロがふむ、と考え込んでいた。
そんな真剣な話の最中に、エデルは話も聞かずに自分の記憶を一生懸命引っ張りだそうとしていた。
いつか、どこでだったか、何か聞いたことがある。
えっと、音の鳴らない楽器。楽器たち?複数あるんだっけ?あれ?どこで聞いたんだっけ?
誘拐されていた時はすっかり忘れていたが、お風呂に入ってゆっくりして、頼もしい奥さんが傍にいてくれる安心感から、遠い昔の記憶がふっと頭の中を過ぎった。
誰に聞いた?男?女?昔々の記憶を掘り起こせ。がんばれ、俺の頭の中!!
「……音楽の神たち。ミューズの弦楽器……あ、幻楽器か」
思い出した。
聞いた時にはひどいダジャレかよ、と思ったミューズの幻楽器。弦じゃなくて幻かよ。ってツッコんだやつだ。
「何だ?それは?」
エデルの言葉を拾ったアリアだったが、神話の勉強もしっかりやってそれなりに覚えているアリアでも初めて聞く言葉だ。
部屋の中の人間の視線が、エデル一人に向かった。
「俺もそんなに詳しく覚えてる訳じゃないので、はっきり言えばうろ覚えなんですけど、小さい頃、旅の一座にいた時に誰かが話してくれたんです」
それはこの帝国ではない国にいた時、寝付けなかった子供たちの為に一座の誰かが話してくれた物語。
この世のどこかに、音楽の神であるミューズの名を冠する楽器がある。
その楽器を弾くことが出来るのは、選ばれた特別な人間だけ。
「で、好奇心旺盛だった俺たちは、それを弾くとどうなるのか、金銀財宝でも出てくるのか、なんてワクワクドキドキしながら聞いたんですよ。そしたら、返ってきた答えが、特に何もなし!、だったんで、すっげーガッカリしたんですよ」
ガッカリついでに早く寝ろガキ共、と言って強引に寝かしつけられた。でもせっかくそんな特別な楽器があるのに本当に何もないのか、と疑ったエデルたちは、翌日、一座でも古株の婆に聞きに行ったのだ。
「本当に何もないそうです。あえていうのなら、音楽神の祭りで真ん中に陣取れる権利があるくらいだって。でも、それをやると神殿に粘着されるんで覚悟しろって言われました」
「あー、神殿の粘着かぁ。嫌だな、それは」
心当たりがあるのか、ラファエロがうんざりした顔をしていた。
「だよね。俺たちもそんなの嫌だから、もし万が一、仲間の誰かがその幻楽器を手に入れても、仲間以外には絶対にしゃべらないっていう約束をしたんだよ」
弾けるだけで特に他の特典がないはずのその幻楽器のためにわざわざ誘拐までするということは、知らないだけで本当は何か特別なことでもあるのかもしれない。だが、エデルが知っているのはそこまでなので、持っているだけで神殿が粘着してくるちょっと特別な迷惑系楽器、という認識でしかない。
「ふむ、ミューズの幻楽器か。エデル、それはどこの神話だ?国の名前とか地名などは聞いてないのか?」
「すみません、アリアさん。旅の一座なんて色んな国の出身者が混ざってるし、過去を話したくないって人も多いので、あまりどこの生まれとか聞かないんですよ。ただ、この国じゃなくて、もっと北の方の話だっていうのは聞きました」
寒さが苦手なエデルとしては、北国に行く気はなかったので、すっかり忘れていた。
「そうか、北の方か。少し調べてみよう。エデル、他に何か覚えていることはないのか?」
「えーっと、多分ですが、複数あるはずなんです。どこにあるのかは、分かんないですけど」
「複数あるとしても、そんな謂れを持つ物だと宝物庫や神殿の奥深くで眠ってそうだな。害がなさそうなら、それはそのままジェシカが持っていればいい。エスカラで危険を感じるようならば、辺境に来ればいい。いつでも歓迎しよう」
すでにアリアが後見者になることは話し合い済みの事柄だが、本当にその身が危なくなりそうなら、辺境に来ればいい。それだけで危険度が減る。
「うう、よろしくお願いします。あの、その時は、他の生徒や先生が一緒でもいいですか?私、友達は少ないんですが、その分、親しい人たちとは付き合いが深くて、変な標的とかにされたら困るんです」
「かまわん。辺境が音楽で溢れるのも一興だ」
「アリアさん…!!」
自分が持っていない才能の持ち主には寛大な女性だ!とエデルは感動していたが、他の人間は、あれってエデル(君、様)が彼女とヴァイオリンのことを心配するから、近くに置いておいた方が安心ってことかな、と何となく察した。なんなら、当の本人であるジェシカ自身も察していた。
「アリアさん、もし色んな人が辺境に来たら、一緒に聴きに行きましょうね」
「私はそれほど詳しくはないから、一緒に行ってもエデルが退屈するかもしれんぞ」
「アリアさんこそ、あんまり興味がないなら退屈かもしれないけど、俺が解説します。アリアさんが一緒に行ってくれないと、俺、外出できないんです。だからお願いします」
「……そうだったな、お前は私と一緒じゃないと外出できないんだったな。もし、そうなったら、一緒に行こう」
「はい」
エデル(君、様)の一人で外出禁止令って、ことが落ち着くまでの話だろう?今の会話だと、一生みたいな感じで言ってるんだが……まぁ、いっか。
辺境伯の返事までの微妙な間は、多分、同じように思ったからだが、エデルが生涯アリアと一緒じゃないと外出できないって思ってるなら、もうそれでいいんじゃないだろうか。
辺境伯とその夫の会話に、その場にいる全員が同じ思いを抱いたのだが、本人たちが幸せそうならわざわざ言う必要も無し、と何となく意見が一致した。