結婚式前㉔~恐怖の基準~
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エクルト子爵の屋敷に戻ると、心配していた夫人が真っ先に出てきて夫の無事を喜んでいた。
関係者が揃ったのでとりあえず情報交換を、と言いたいところだったが、エデルたちは風呂にも入っていなかったので、さっぱりしてから再度、集まった。
広めの部屋にはエクルト子爵やアリアたちの他にも、辺境軍の者たちも護衛として入っていた。ここはまだ隠し通路の多い屋敷内なので、警戒を緩めるわけにはいかない。ここには、重要人物が揃っているのだ。
「お風呂っていいよねー。生き返る」
「オヤジか、お前は」
エデルの発言にラファエロが呆れた。
「三十路越えてるし、それなりにオヤジでいいんじゃないかな」
「その年齢に外見が追いついてから言え。今のままだと、単純にオヤジっぽい若者でしかない」
一応、ラファエロの方が年下だ。だが、エデルが童顔すぎるので、あまりそうは見られない。むしろラファエロの方が年上に見られることが多い。それにまともな姿で会うことが滅多になく、だいたい女装している時に一緒に出歩いたりしていたので、噂の半分くらいはエデルのせいだと思っている。
「つまりこのままいけば、年齢不詳のままでいけるってこと?」
「性別も不詳だ。せめてどちらかは固定しろ」
「俺、男」
「ウェディングドレス着て、妻に手も出せん輩を男とは認めん」
なお、自分は辺境伯の夫ではないので、彼女に手を出せないことは仕方のないものとする。
「大丈夫だ、エデル。私はお前を男だと認めている。赤の他人の言うことなど、聞く耳を持たなくていい。妻たる私のことを信じてくれ」
「アリアさん……!」
頼もしい奥さんの言葉に、エデルはじーんと感激していた。
「あまりエデルを甘やかすなよ、辺境伯。まあ、辺境伯はエデルの好みに合ってはいるがな」
「ほう?それは初耳だ。エデルの好みとは、どんなタイプの女性だ?」
「こいつは劇団で育ったせいか、頼りがいのある自立した女性が好きなんだ」
あー、それなら確かに辺境伯は好みど真ん中だわ。
この場にいる誰もがそう思った。というか、アリアほど頼りがいのある女性を他に知らない。
「辺境伯の好みは、どんな男なんだ?」
ファーバティ伯爵の勇気ある一言に、その場が凍り付いた。
聞くか?女帝に好みの男性とか?さすがは、エスカラ一の色男。他の誰よりも、そういう質問がよく似合う。
違う意味で尊敬の念を集めた。
「好み?そうだな。私を尊重してくれる者、かな」
うん、それもエデルで問題ない。エデルはアリアを尊重しつつ、アリアの持っていない感性で物事を捉えて意見が出来る。
この場にいる辺境軍の者は納得したのだが、エデルのことをあまり知らない者たちは、尊重っていうか、尻に敷かれてるよな、とか思っていた。
「それならエデルでいいのか」
「ファーバティ伯爵、私はエデルがいいのだ」
「……ふーん、エデルがだまされているのなら連れて帰ろうかと思っていたが、どうやら違うようだな」
「納得したのなら、一人でエスカラに帰れ」
二人のやり取りにエクルト子爵がトントン、とエデルの肩を叩いた。
「私たちが予想した通りだねぇ」
小声で言われたのは、牢の中での会話のことだ。やっぱりこの二人は、仲良くなんてしていなかった。きっとこっちが牢に囚われている間も、こんな感じのやり取りがなされていたのだろうと推測出来た。
「……エクルト子爵、この場合、二人に取り合いされている俺は、どうすればいいんでしょうか?」
「ドレス、着る?用意するよ?」
「子爵も面白がっていますよね。アリアさんが喜ぶなら着ますけど」
「そうだねぇ、帰ったら辺境伯とデートでもしてきたら?ファーバティ伯爵とは、ずいぶんと親しい関係なんだろう?辺境伯だって、自分の夫に変な男がくっついていたら面白くないだろうから、誤解を受けないように奥さんとの関係を深めることを推奨するよ」
出来る男の助言にすぐさまエデルは頷いた。そう、アリアと一緒ならばお出かけは許可されているのだ。
「アリアさん、家に帰ったら、一緒にお出かけしてください!」
「ん?どうしたのだ?急に」
「俺、アリアさんとそういうことしてないなって思って。アリアさんと一緒なら、お出かけ出来るんですよね?だから、デートしてください」
「……デート、そうか、デートか。分かった」
エデルとは全てをすっ飛ばして結婚したので、婚約期間におけるデートとか考えたこともなかった。夫婦になっても別にデートしても構わないという考えに、今の今まで思い至らなかった。
辺境伯としての仕事が忙しかったということもあったが、この際一度、全てをやり直してみよう。
結婚式までの間は短いがこの期間を婚約期間と考えて、基本のデートから始めて仲を深めていくのも有りだ。
「エデル、まずはデートから始めよう。式までの間は短いが、婚約期間だと考えれば、お互いをよく知るよい機会だ」
「はい」
「ふふ、お前の全てを知ってからの結婚式が楽しみだな」
「俺もアリアさんのことをもっと知りたいです」
何か今まで以上に激甘な雰囲気を醸しだし始めた辺境伯夫妻に、「全てって、どこまで知り合うつもりなんですか?」とは、誰も聞けなかった。
お出かけを提案したエクルト子爵も、そう来るか、と思っていた。
単純に誤解を生まないための相互の理解と、ラファエロとしたことがないであろうデートをすることで、奥さんが特別なんだよ、と伝えるためのお出かけを提案したつもりだったのだが、まさかの婚約期間宣言をするとは。
そして、辺境軍の者は覚悟を決めた。
女帝夫妻がもっと甘々になっていく過程を見させられることに。
「これ、お嬢は誰に「息子さんをください」ってやるんだ?若様か?」
「団長、若様、オッケー出してくれますかね?」
「ルドルフ様が面白がって変な知恵を付けなきゃ、出してくれるんじゃないか?」
「……ルドルフ様、真実の愛に障害は付きものだ、とか言い出しそうですよね」
「そもそも真実の愛って何だって話になるが、ま、お嬢とエデル殿が仲を深めるのは、いいことなんじゃないかな」
「辺境の結婚率が上昇しそうですが、女性にとって、我々男性一同の基準がアリア様になるのかと思うと、恐怖で眠れません」
「広まる前に結婚することだな」
「……相手がおりません」
「なら諦めろ」
第二軍団長ショーンとエデルの護衛のテオドールの心冷え込む会話に、独身彼女なしの男たちは絶望の淵にたたき落とされ、かろうじて彼女、もしくは婚約者有りの男たちは早めの結婚を決意した。
女性たちは、ただでさえ格好良い女帝に憧れを抱く者が多いのに、その上、夫とのやりとりが広まってしまい、あの二人と同じようなことを求められても絶対に出来ない。
そう、デートとはすなわちあの二人が外に出るということ。今まで城内の者たちしか知らなかったことが、城外に広まるということなのだ。
あれは、アリアとエデルだから成立するのであって、俺たちでは無理です。
女性たちも分かってはもらえるだろうが、それでも何となく残念な雰囲気が出そうでいたたまれない。
「やれやれ、何をそんなに絶望的な顔をしてるんだ?あれくらい、誰でも出来るだろう?」
しまった、こっちはエスカラ一の色男だった。この人にもあの能力、備わってるんだ。
当たり前のようにラファエロが言った台詞に「貴族って怖ぇぇ、俺たち、絶対無理です!」と内心で叫んでいたのだった。