結婚式前㉓~友人は、無謀の人~
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「うわー、けっこうボロボロの屋敷だったんですね」
初めて自分たちが閉じ込められていた屋敷を外から見たが、なかなかの朽ち具合だ。助けに来てくれたアリアと辺境軍がそこをさらに荒らしたせいで、もはやいつ崩れてもおかしくないようになっている気がする。
「この屋敷も当然、壊す。それと、子爵家の方の屋敷も早急に壊してもらうぞ」
「そうですね、なるべく早めにやってしまいましょう」
屋敷の主であるエクルト子爵は、アリアに同意した。
取りあえず、荷物置き場を確保して屋敷の中の物を運び出す。それから、一時的に身を寄せる場所も探さないと。色々と忙しくなりそうだ。のんびり田舎生活を送るつもりが、そうもいかなくなってきた気がする。
「この際、徹底的に屋敷の隠し通路を探してみようかな。壊しながらだから色々と見つかりそうだし。地下に通路があるのなら、そっちの先も確認しておきたい」
言葉に出してみて、それはいい考えのような気がしてきた。今まではその屋敷で生活していたため、そこまで派手に壊せなかったが、恐らく辺境軍によってそれなりにもう壊されているだろうし、取り壊すのならその前に徹底的に調べてみたい。ひょっとしたら、面白い物が見つかる可能性だってある。
「好きにするがいい。確かにあの屋敷の隠し通路はある意味、芸術だとは思う。うちの連中も感心していたくらいだ。うちからも多少は、監視の人間を入れさせてもらうぞ」
「ええ、ぜひ、どうぞ。あ、そうそう、ついでに我が家をそちら側に入れていただけませんか?」
エクルト子爵がさらっと言い出したトワイライト側からロードナイト側への鞍替えの打診に、アリアは面白そうに笑った。
「いいのか?ファーバティ伯爵の目の前でそんなことを言って」
「どうせ、すぐに分かることですし。エスカラの連中には、正直、うんざりしていまして。今回のことだって、エスカラが絡んでいると思いますよ。じゃないと、ホロー男爵如きが私を誘拐して平気なわけがない」
「だろうな。トワイライト王国の穀物庫がロードナイト王国に来るか。それこそ、エスカラの者たちがうるさいぞ」
「はっはっは、我らは同じイールシャハル帝国の貴族ですよ。国内での派閥争いなど、どこの国にもよくある話です」
「ふ、そうだな」
そうなのだが、この帝国だと多少違う意味を持つ。
最悪を想定した場合、どちらの国につくか、だ。
もし、帝国が再び二つに分裂した場合、国内最大の穀物庫と称されるエクルト子爵領は、ロードナイト王国に入る。そういうことだ。
「エクルト子爵!」
「そうならないように、エスカラの者たちを抑えてください、ということですよ、ファーバティ伯爵。貴方は頑張っている方だが、中央の者たちの見下しは年々ひどくなる一方です。私はあれ以上、中央の者たちに搾取されるのは耐えられなかったので」
エスカラにいる者たちの中には、地方に領地を持っている者たちだっている。にも関わらず、自分の領地に帰ることさえ稀な貴族だって多い。代官に丸投げして、自分で領地運営などしていない者もいるくらいだ。領地が荒れ、領民が苦しもうが、お金さえ自分の元に入ってくればそれでいい、そう思っている者も多い。
もちろん全員がそうではないが、まともな領主は、辺境の地に近いほど多くなっている。
そして、中央の位が高い貴族たちは、そういった地方の領主から平然と搾取してもいいと思っている。自分たちはエスカラに、皇帝に近い場所にいるのだから、地方の者たちは自分たちの言うことだけを聞いて貢いでいればいい、そんな感じだ。
そのせいか、最近は何だかんだと理由をつけて、滅多に領地から出てこない者も多くなってきた。エスカラには行かずに、自分たちだけで何らかの繋がりを持ってやっている地方貴族のことを、中央の者たちは、所詮は烏合の衆だと気にもせずに放置している。
ラファエロは、それを愚かなことだと思っていた。エスカラの中が全てだと思っている者たちは、愚かでしかない。もし地方貴族たちがこぞって辺境伯の元に行ったらどうなるのか、なんて考えてもいない。
「分かっている。何とかするつもりだ」
ラファエロは、ため息をついた。これ以上の腐敗を防ぐために、今の権力争いを利用して何とか膿を出そうとしている最中なのだ。そんなことをこの場では言えないけれど、この二人はきっと分かっている。分かっていて、焚き付けてきているのだ。
エクルト子爵がロードナイト側に行こうが、帝国が分裂さえしなければ大丈夫だ。
それは、自分と王子たちとで何とかする。
女帝が支持を宣言してくれたら早いのだが、あくまでもエスカラ内にいる自分たちでやれ、という静観の体勢は崩していない。ロードナイトはトワイライトの権力争いに手は出さない、そういうことだ。
今回はあくまでも自分の夫を救うために来たのであって、エクルト子爵領を奪いに来たのではない。エクルト子爵は自ら、ロードナイト側にいったのだ。
そこで、ふと気が付いた。
アリアは、エデルのためにわざわざここまで来た。それも軍を率いて。
それは、つまり、エデルをどうにかすれば、辺境が自分たちの味方になってくれるのでは……?
いや、変なことを考えるのはよそう。エデルは友人であって、権力争いのための道具じゃない。
「……ラファエロ、多分だけど変なことを考えてるよね。それは失敗するから止めた方がいいよ」
「エデル、お前、私の考えを?」
「分かんないけど、あんまりいいことじゃなさそうだから。そんな顔してる時に出た考えって、ろくなことじゃなさそうだし」
「……ひどい顔をしているか?」
「うん」
「そうか」
苦笑するしかなかった。ひどい顔をしている時に考えたことが、それを指摘してきた友人を権力争いに巻き込むことだなんて、自分が許せない。
「エデルは優しいな。ファーバティ伯爵、貴殿の考えは正しい。だが、それをもし本気でやるというのならば、それ相応の覚悟が必要だぞ?」
アリアには、エデルさえも利用しようとしたことを見抜かれていた。当然か。もしエデルが友人でなければ迷うことなく実行した策だし、アリアはそれを分かっているから釘を刺してきたのだ。
そう、アリアはちゃんと分かっている。
エデルがアリアの弱点になり得ることを。
それなのに割と自由にさせているのは、すごいなと思う。
自分だったら、迷うことなくどこかに閉じ込めてしまいそうなのに。
「エデル、すごい奥さんを持ったな」
「?意味が分んないけど、アリアさんは、最高にすごくて素敵な奥さんだと思ってるよ」
ね?アリアさん、と言って妻に笑いかけるエデルは、本当に心の底からアリアを信用しているようだ。というか、独り身の自分に、そんないちゃいちゃを見せつけるな。何か、ムカつく。
「何の手も出していないくせに」
「え?手?そんな!すごすぎて、アリアさんに手なんて出せないよ」
「そこは出せ!お前、男の子だろうが!勇気はどこに消えた」
「そんな勇気は最初から持ち合わせてないよ。じゃあ、ラファエロなら出せるの?」
「無理だな。というか結婚も無理だ。お前がどうやって結婚したのか知らんが、時々、すごい無謀なことをするよな」
なぜか弾がこちらに向かって飛んできたが、アリアと結婚なんて絶対に無理だ。
夜会などでも時々、辺境伯と結婚したい、という話を聞くが、無謀もいいところだ。どいつもこいつも、女帝の怖さを知らないのか、と疑ってしまう。夫になったからといって、己の支配下におけるような人じゃない。夢見るのもいいが、せめて女帝のことを調べてから発言しろ、と常々思っていた。
その点、エデルは何のしがらみもない。結婚した時に、アリアが実は辺境伯だと知らなかった可能性だってある。まぁ、でも結婚しちゃったし、で終わってそうだ。
「お前、結婚した時に辺境伯だと知らなかったのか?」
「え?知ってたよ。だって、俺、辺境伯のアリアさんに会いにいって、そのまま結婚したんだし」
「……まて、会ったその日に結婚したのか?」
「うん」
「マジか?」
「マジだよ。でもアリアさん、いい人そうだったし。俺たちのことも、悪いようにはしないって感じだったから」
「俺たち?」
「俺と息子」
「……息子??」
「あれ??言ってなかったっけ?」
この時点で、アリアがくすくすと笑いだした。
男二人の話が全然かみ合っていない。
エデルが伝え忘れていることが多すぎて、ラファエロに必要な情報が少しずつしか渡っていない。あれでは、話の全体像は見えてこないだろう。
「ふふ、ファーバティ伯爵、正式に結婚式の招待状を送るゆえ、その時に私たちの息子にも会ってやってくれ。エクルト子爵、そちらにも送るゆえ、誰に送ればいいのかも教えてくれ」
「承知いたしました」
誰に送るか、つまり、誰がロードナイト側に来るのか、そこはトワイライトのスパイなどが入らないように、慎重に選ばなければならない。ロードナイトに属する者として最初の仕事、ということだろう。
「そうそう、俺とは血のつながりはないんだけど、すっげー格好良くて可愛い子だから」
「……ますます分からん」
エデルの話は、ラファエロに混乱を招くだけだった。