結婚式前㉑~友人?指導?~
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元々人数が違い過ぎる上、辺境軍は精鋭を連れてきていたので、制圧はあっさりと終わった。
首謀者であるホロー男爵が、中央の貴族の怒りを買うぞとか何とか叫んでいたが、お前の行く先は辺境だと言えば途端に勢いをなくした。中央の貴族が何を言ってこようが、辺境の地には届かない。届いたところで一蹴されて終わりだ。
「なぜだ、エクルト子爵は中央の人間だぞ。なぜ儂が辺境で裁かれねばならないんだ」
「お前が誘拐したエデル様は辺境伯の夫君だ」
「……はぁ!?あの男が?」
「そうだ。辺境伯は大変お怒りだ」
怒りを通り越して変な扉をこじ開けようとしていたのは、その場にいた者たちだけの秘密だ。
もしうっかりアリアがその扉を開けていたとしても、被害を被るのはエデルだけなので辺境全体としては問題ない。
愛しい夫と好きなだけ籠もってろ、とは間違っても言えない。仕事にはきちんと出てきてもらいたいので、無言でそっと目をそらして、見て見ぬふりをするだけだ。
「お前の裁きは辺境伯がなさる。何と言っても辺境伯の夫を誘拐した第一級の犯罪者だからな。中央の貴族だと言うのならば、辺境伯がどういう存在か分かっているだろう?」
あの男がそうだと知っていたら、絶対誘拐なんてしなかったのに。ホロー男爵がそう思ったところですでに遅かった。
「捕まえたのか」
「はッ!ここにいる者で全員だそうです」
ホロー男爵や部下たちは縄で縛られて転がされていた。傷を負った者も多少はいるが、死ぬほどの傷を負った者はいない。
「良くやった」
軍人を従えて現れた男装の麗人を、ホロー男爵は呆然と見上げた。
こんな女性が世の中にいたのか、と。
エスカラにいるドレスを身に纏いごてごてと着飾った女性たちと違い、黒の軍服がその美しさを存分に引き立てている。
「ロードナイト辺境伯……」
一目で誰だか理解した。ホロー男爵は直接見たことはなかったが、噂だけは聞いていた。
彼女こそが辺境の女帝。
皇帝と唯一、同等の存在。
「お前がホロー男爵とやらか。ふ、小物の顔をしているな。今回の事件の主犯はお前だそうだが、黒幕はどこにいる?子爵家の当主を誘拐したんだ。お前だけで出来ることではないだろう?」
ホロー男爵は、ごくり、と喉を鳴らした。思うように息が出来ない。自然と身体が震え始めた。
「い、言え、ない」
「ふぅん、まあいい。お前は二度とエスカラに戻れると思うなよ。私の夫を誘拐したんだ。それなりの罰を受けてもらう」
すぐに興味を無くしたのか、アリアは部下に目だけで合図をしてその場を去って行った。その姿が完全に見えなくなってから、ホロー男爵は息を吐いた。
本能が彼女を恐怖した。
一目見て、この女性に逆らってはいけない、逃げろ、そんな警告が身体中を駆け抜けた。
「な、何だったんだ……」
姿が見えなくなったというのに、まだ身体の震えが止まらない。
美しい女性なのに、恐怖しか感じない。
「怖かったのか?当然だな。アリア様は、敵には容赦しない」
普段は寛容で公平な為政者だが、ひとたび敵対すれば全く違う。自分や辺境に敵対する者に容赦するような性格はしていない。
まして今回は、自らの夫が誘拐されたのだ。アリアにとって、そして辺境にとっても、わりとエデルは重要な人物になっている。エデル本人にあまり自覚はないが、端から見ればそうなのだ。
アリアが今現在、最も気にかけている人物。
本人たちは、契約結婚で白い結婚だ、と言っているが、いつそれが崩れても誰も驚かない。
「ま、お前たちにはもう関係のない話だな。さっさと洗いざらいしゃべることをおすすめしておく」
エデルが傷一つ負ってなかったことだけが救いだ。万が一という事態になっていたら、犯人たちの命はもう無かっただろう。
「エデル!無事で良かった!!」
「ラファエロ、久しぶりー」
エデルたちが外に出ると、そこに待機していたのは友人であるラファエロ・ファーバティ伯爵だった。
屋敷から出てきたエデルに急いで近付いて来て、そのまま抱きしめた。
「痛いよ、ラファエロ。もう少し力を加減してよ」
「本当に無事で良かった」
エデルはラファエロより背も低く、体型も細身なので端から見ると友人同士の抱擁には見えない。
先ほどアリアに抱きしめられた時は、彼女が身につけていた華やかな匂いの香水に包まれて安心した。ラファエロは男らしく清涼感のある匂いだ。どちらもエデルは好きな匂いなのだが、こうなるとしばらく牢にいた自分の匂いが気になってきた。
「えっとラファエロ、俺、臭いから離れた方がいいよ。お風呂も入ってないし」
「そうか?確かに多少は臭うが、どちらかというと香水の匂いがする」
「ああ、さっきアリアさんに抱きしめられた時に匂いが移ったのかな?多分、アリアさんの香水の匂いだよ」
当り前のようにアリアに抱きしめられたと言うエデルに、ラファエロは抱きしめていた腕をほどいて、エデルの両肩に置いた。
「それ!エデル、いつの間にあの女帝に捕まったんだ?どうせお前のことだから、変なことに巻き込まれて捕まったんだろうが、なぜその時点で私に連絡をしてこなかったんだ?連絡をくれればすぐに解放してやれたのに!!」
「いや、捕まったは捕まったんだけど、別に……」
ラファエロに追求されて、だんだんと声が小さくなり、もごもごとなっていく。
確かに有無を言わさず捕まったが、別にそれが嫌というわけではないし、何なら今はそれで良かったとも思ってる。
アリアの傍は、ものすごく居心地が良い。
「エデル、女帝に変な借りがあるのなら私が話を付けてやる」
「借りなんてないよ。俺がアリアさんの傍に居たくて居るんだよ」
「……脅されてないよな?」
「そんな人じゃないって、ラファエロなら知ってるだろう?アリアさんは優しい人だよ」
「……知ってるから言ってるんだ……」
どうもエデルと話がかみ合わない。
ラファエロが知っている辺境伯は、あの美貌で微笑みながら他者を圧倒する人物だ。直接的だろうが、遠回しだろうが、時には脅すことだってためらわないし、武力行使はお手のものだ。
間違っても優しい人なんて評価される人物じゃない。
崇拝され、君臨する女帝。
あれほど妻という言葉が似合わない人物は、他にいないんじゃないかと思う。
「確かに圧倒される時もあるけど、慣れれば全然平気だよ。あ、そうそう、俺、今度の結婚式でウェディングドレス着ることになったから」
「あぁ、聞いた」
嬉しそうにウェディングドレスを着ると報告してくるのもどうかと思うが、どう考えてもエデルの方が似合うから仕方がない。この友人は、女装ばかりしている気がする。
初めて会った時も女装していた。
とある貴族の屋敷の宴で女装して歌と踊りを披露した後、一夜の相手をしろと迫られて逃げてきたところを、たまたま庭に出て休憩していた自分が匿った。初めは本物の女性だと思ったのだが、男だと知って驚いた。
一目惚れの初恋が、一瞬にして砕け散った瞬間だった。
必死に逃げてきた若い時のエデルは、それはもう可憐な感じで可愛かったのだ。
劇団の女性陣が面白がって、よってたかって化粧をしたせいで嫌な思いをした、と嘆いていたが、まだ幼さを残したエデルの女装は、十分に庇護欲をそそった。
それから定期的に手紙のやり取りをして、エデルが帝国に来た時は、必ず一回は会うようにして、いざとなればラファエロ・ファーバティ伯爵の名を出すように伝えていた。
少し前の手紙で、平民の女性と子供と一緒に暮らしていると書いてきたので、だまされていないか心配していたのだ。それが、辺境伯の夫になっているってどういうことだ。
「エデル、そういえば、どうして辺境伯と結婚したんだ?」
「ん?成り行き、かな?あ、でもまだ白い結婚なんだよね。ラファエロ、そっち方面詳しいよね。俺に指導して。本とか持ってない?一応、特殊形もあると嬉しいかも」
「……エデル……」
他者と比較したことがないので、詳しいかどうかは分からないが、何を指導しろというのだ。それに本って……。無い事はないが、それを渡したらこっちがものすごく怒られるんじゃないだろうか、お前の奥さんに。何が悲しくて初恋の相手に、そんなことを頼まれなくてはいけないのだろう。それに特殊形って何だ?お前はどこに向かっているんだ??何か、頭が痛くなって来た。
「ラファエロ、どうしたの?大丈夫?」
「誰のせいだと思ってるんだ。唐突に変なことを言うな」
目をつぶってこめかみを揉み始めたラファエロのことをエデルは心配そうな目をして見てきたのだが、原因はお前だ、と言いたい。
エデルは、エスカラで嬉々として政敵たちとやりあっているラファエロに、頭痛を起こさせるという快挙を達成したのだった。