結婚式前⑳~それは、開けてはいけない扉~
読んでいただいてありがとうございます。開けちゃだめ、開けちゃだめ。
外の騒がしさがだんだん近付いて来ていたので、そろそろかな、と思っていたら、牢の前にある扉がドゴッという音と共に吹き飛んだ。
そこに立っていたのは、剣を片手に持ち、黒い軍服を着た凛とした女性。こんな場所だというのに、口元にうっすらと笑みが浮かんでいる。
「アリアさん!!」
鉄格子に両手をかけて、エデルが嬉しそうに妻の名を呼んだ。
名を呼ばれたアリアは、牢に囚われている夫の無事な姿を確認し、さらに笑みを深めた。
「エデル、私の知らない場所に勝手に行くとは、ずいぶんといけない夫だな」
「すみません、アリアさん。俺だって好きでこんな場所に来たわけじゃないんです」
「ふふ。……ふむ、何というか……こうして牢の中にいるお前を見ると、何やら新しい扉を開きそうだな」
「え!?そ、それは、止めてー、開けちゃだめです!」
そういう趣味はないが、牢の中でぷるぷるしているエデルは可愛らしい。アリアを見た瞬間に、ものすごく嬉しそうな顔をして名前を呼んでくれたところもポイントが高い。
鉄格子のはまった美しく整えられた部屋の中に閉じ込められた可憐な蝶(※夫です)を愛でる、というのも案外いいかもしれない。
禁欲的な感じで襟元まできっちりした服を着せるか、それとも儚げなイメージでふわりとした服を着せた方がいいのか、より囚われ感が出るのはどちらだろう。透け透け衣装はさすがにない。
エデルを自分だけしか訪れない部屋に閉じ込めて、二人っきりの空間で思う存分、堪能する。
そうすればこうして行方不明になることも、誰かにエデルが(色々な意味で)狙われることもない。
考えれば考えるほど、有り、な気がしてきた。
一方エデルは、妻が開けてはいけない扉を開こうとしているのを何としても阻止したかった。
このままでは、エデルが決意した以上のことが行われてしまう。さすがにそこまでの心の準備は、出来ていない。
アリアがその気になれば、城のどこかに鉄格子の部屋を作ってエデルを閉じ込めて……やばい、うっかり想像してしまったが、アリアが似合いすぎる。
閉じ込められて震える夫(※自分です)と、優雅な手つきで当り前のように触れてくる妻(※夫婦です)
お前が私だけを見ないのが悪い、とか言って微笑んで……これだけで一曲作れそう。
一般向けには男女の役割は逆の方がいいのかな。でも辺境だとこのままでもいい気がする。
いっそ次の創作会議(アリアとエデルの物語を作って広める会)に提案して劇の題材にしてもらおうか。アリアが愛する夫を閉じ込める魔王役になるのか、それとも夫を救い出す勇者役になるのかは、白熱するであろう議論次第ということで。
クロノスは……あれ?助けてくれるよね?
両親のそんな姿を微笑ましいなぁ、という感じで見ている姿しか思い浮かばない。クロノスって性格はアリアさん似だっけ?それともこれから似てくるの?
息子はこれから何とか出来るが、まずは母を止めなくては。
「アリアさん、だめです!さすがにその扉は開けないでください!!」
「まあ、さすがに実行するつもりはないが、もしお前が身分を隠して出かける度にこうして行方不明になるのなら、城から出るのを禁止にするぞ」
「それについては申し訳ないです」
いけない想像をしていたエデルであったが、その点については謝るしかなかった。最初から辺境伯の夫として乗り込んでいれば巻き添えは食らわなかっただろう。だが、そのおかげでエクルト子爵やジェシカとも仲良くなれたので、全部が全部悪くなかったと思いたい。
「さて、そこにいるのがエクルト子爵だな?それと王都の学生か」
牢の中で平然としている男性とエデルよりぷるぷるしている若い男……男??
「エデル、そこの学生は男性か?」
見た目は男性っぽいのだが、アリアの勘が違うと告げていた。表情もどこか女性っぽい。
「あ、一応、女性です。ただ、王都では男子学生として通っているらしくて」
「ほう。男装の麗人、というやつか」
性別を隠していない、すばらしく軍服の似合う男装の麗人がそう言ったので、エデルは、アリアさんがそれ言っちゃう?、と思って「そうですね」としか言えなかった。
「まぁ、いい。落ち着いたら理由を話してもらおうか。エクルト子爵、無事で何よりだ」
「お手数をおかけしました、ロードナイト辺境伯。今回のことは、私の失態です」
エクルト子爵は、アリアに深々を頭を下げた。今回の演奏会の主催者として、客を守らなくてはならなかったのに、こうして助け出される側になってしまったのはエクルト子爵の失態だ。まして誘拐された場所がエクルト子爵の屋敷とあっては、言い訳のしようもない。
ここは素直に認めて頭を下げるのが最良の一手だ。
「今回のことは、私の夫も身分を隠して来ていたことだから、表だってどうこうということはしない。ただ、子爵夫人とも話したが、あの屋敷については取り壊させてもらうぞ」
「もちろんです」
「これから先のことは戻ってから話そう。まずはお前たちをそこから出す」
アリアたちが話をしている間に、一緒に付いて来ていたテオドールが鍵を見つけて扉を開けた。
「テオドール、無事でよかった」
「エデル様もです。本当によかった」
テオドールは強いからきっと大丈夫だと思ってはいたけれど、牢の中は情報が入ってこなかったので、こうして無事な姿を見られてよかった。そのままテオドールは震えていたジェシカを連れ出した。その後をエクルト子爵が出て、最後にエデルが牢から出た。
「エデル」
牢から出ると、アリアがエデルの頬に剣を持っていない方の手で触れた。
「アリアさん、本当にごめんなさい」
「いい。こうしてお前が無事ならばな。だが、心配をかけさせた罪は重いぞ。クロノスも心配していた。しばらくは一人での外出は禁止だ。もしどうしてもどこかへ行きたいというのならば、私と一緒でなくては許可は出せない」
お出かけ禁止は当然のことだ。それでもアリアは、こうして抜け道を用意してくれている。
お出かけは、アリアと一緒。
そんなのご褒美でしかない。
「困ったな。でもアリアさんはお忙しいから、当分は城に籠もっています」
「そうしてくれ。せめて式までは、ずっと籠もっていてくれ」
きっとわがままを言えば、アリアは叶えようと無茶をしてくれる。でもそれだとアリアの負担が大きい。エデルはぎゅっとアリアに抱きついた。
「はい。俺は大人しくしています」
「ああ」
頬に触れていた手をエデルの腰に回して、アリアも彼を抱きしめた。
安心しきったようにアリアに抱きつくエデルと、彼を抱きしめて優しく微笑むアリアの姿を、見てはいけないものを見たような感じになり全員が目をそらした。さすがにこの場でそれ以上は困るので、誰か止めろよ、と目配せで押しつけ合った結果、テオドールがしぶしぶ、ごほん、と咳をした。
はっとしたエデルがアリアから急いで離れてわたわたした。アリアは……なぜかエデルを抱きしめた方の手を見ていた。
「えー、大変申し上げにくいのですが、一応、敵陣ですのでそれ以上は城に帰ってからでお願いします」
「え、あ、ち、違!違わないけど違うから!!」
なに必死に否定してんだか。顔を赤らめたエデルを放置して、テオドールはアリアへと向き直った。
「アリア様。どうしますか?」
「何名かはエデルたちを護衛して外に出ろ。残った者は出来る限り、犯人を捕まえろ。それとなるべく証拠となるような書類を探せ」
さすがに切り替えたアリアの指示に従って、辺境軍は屋敷内をしらみつぶしに探し回ることになった。
「いや、何というか噂とは全然違う方だね。エデル殿に対する、あれは溺愛でいいのかな?は凄まじいね」
エクルト子爵は入ってくる噂の女帝とは全く違う姿に、やはり噂とは当てにならないものだとづくづく思った。
「普段からあんな感じの言動をなさる方ですけれど、あそこまで凄いのはエデル様限定です。他の人には、もう少しおとなしめな対応です」
護衛に残されたテオドールの言葉にエデルの方が驚いた。
「え?そうなの?アリアさんって誰に対してもあんな感じじゃないの?」
エデルの今更な言葉に、その場にいた辺境軍の者たちがとても残念な子を見る目をしていた。