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結婚式前⑲~笑顔は怖い~

 ドカッという音とともに、ホロー男爵が蹴り飛ばされた。


「僕が欲しかったのは、あの楽器と演奏者だけだ。お前が余計なお荷物も誘拐してきたおかげで、予定が狂ったじゃないか」


 青年は、再度ホロー男爵に蹴りを入れた。


「汚い。僕の靴が汚れた」


 青年には、貴族とはいえ、たかが男爵程度の人間に触れてしまったことが、すでに汚いこととして認識されていた。青年の中では、明確な貴族といえば伯爵以上であり、子爵家の場合は、その歴史の長さと領地持ちかどうか、持っていなくても中央でそれなりに出来る人間でなければ貴族として認めていなかった。

 男爵?平民でも金で買える爵位だ。男爵はいくらでも替えが効く、真の貴族の使いっ走りだという認識しかなかった。なので、男爵如きが余計な仕事を増やしてくれたことに、腹が立って仕方なかった。


「も、申し訳ございません」


 ホロー男爵は必死に謝ったが、再度、蹴りが繰り出された。


「よりにもよってエクルト子爵を誘拐するなんて、馬鹿の極みだよ。誰に頼まれたのか知らないけど、僕の依頼と併用するなんて、許せないんだけど?」


 本当に余計なことをしてくれた。

 エクルト子爵家は、歴史も長く、中央できっちり仕事もこなしてきた一族だ。青年の中では、貴族として認めてやってもいい家の一つだった。その現当主を誘拐するなんて、馬鹿でしかない。

 だが、やってしまったものは仕方がない。


「チッ!僕は先に戻っているから、さっさと全員を連れてエスカラに来い。後はなんとかしてやる」


 面倒くさいが、こうなったら仕方がないだろう。エスカラに戻れば味方は大勢いる。場合によっては、エクルト子爵をもっと高く売りつけることだって出来る。


「あの、誘拐したやつの中に、ファーバティ伯爵の友人がいるんですが」

「へぇ、あのファーバティ伯爵の友人ねぇ。面白そうだな。そいつもちゃんと連れてこい」

「分かりました」


 青年とファーバティ伯爵がしばしば口論していることを知っていたホロー男爵は、別の趣味を持つお得意様にエデルを高く売りつけるのを諦めて、生贄として青年に差し出すことに決めた。

 金は欲しいが、青年を怒らすのも得策じゃない。ただでさえエクルト子爵の件で機嫌を悪くしているのだ。これ以上の怒りは買うべきではない。


「準備が整い次第、すぐに連れていきます」

「ふん」


 冷たい目で一瞥すると、青年はその場から離れていった。


「ふう。全く、あの人はいつもあんなだな」


 青年がいなくなってから、ホロー男爵はケッと悪態をついた。

 内心で嫌いあっているのはお互い様だ。

 あっちはこっちを下僕程度しか思っていなくて、こっちはこっちで色々ともみ消してくれる権力者としての付き合いしかない。


「まあいい、準備を急ぐか」


 もう少ししたら移動の為の馬車が来るはずだ。そうしたらこんな場所ともおさらばだ、ホロー男爵は都合良くそう思っていた。





「……何だか騒がしいね」


 エクルト子爵とエデルで、どう時間稼ぎしようか、という話をしていたら、外が騒がしくなってきた。


「どっちのお迎えですかねぇ」


 エスカラ行きか、助けが来たのか。

 出来れば、後者を希望したい。王都に行って、エデルがアリアの夫だと知られたら、もっと面倒くさい事態になりそうな予感しかないので行きたくない。それにそろそろおうちに帰りたい。


「穏やかじゃなさそうだから、お迎えかな?」

「荒っぽいことが得意そうな人を知ってますよ」


 職業が軍人さんって人が多いけど。日々、辺境の地で鍛えている彼らにかかれば、このちょっと痛みがひどそうな感じの牢屋なんてすぐに吹っ飛ばしてくれそうだ。


「じゃあ、君の奥様の方かな。ご挨拶しないと」


 旦那さんの誘拐を未然に防げなかった身だけど、許してもらえるかな。それとそちらに所属していいかどうかの許可をもらいたい。旦那さんとは牢屋で友情を深めた仲なので、奥様にはお手柔らかに願いたいところだ。


「か、帰れるんですか~」


 一番よく分からないままに誘拐されたジェシカが、ほっとした声を出した。


「うちの奥様なら確実に大丈夫なんだけど、万が一違っていたら、覚悟しようね」

「イヤです。帰りたいです。でも、王都に戻りたくない……」


 ホロー男爵曰く、今回の誘拐を企んだ相手はエスカラの人間だ。ここで助かっても帰る場所がエスカラなら、自ら囚われに行く感じにならないだろうか。


「そうだねー。でも音楽学校はまだ卒業してないんでしょう?せっかく通っているのに、ここで辞めるのはもったいないよね」

「……そうなんですけど、常に誘拐に怯えるのはちょっと」

「まぁ、たしかに」


 心が落ち着けない場所で常にビクビクしながら過ごすのは苦痛でしかないだろう。かといって、ここまで通っているのに学校を辞めてしまうのは、もったいない。せっかくならきちんと学んで卒業した方がいい。


「それなら、辺境伯に後ろ盾になってもらえばいいよ。君に手を出すということは、辺境伯に手を出すのと同等になるからね。子爵家の私だけでは弱いかも知れないが、辺境伯家と、それからファーバティ伯爵にもお願いして後ろ盾になってもらえば、君を簡単にどうこうすることは出来なくなる」

「出来なくはなるでしょうけど、ちょっと後ろ盾の個性が強過ぎる気がする……」


 エクルト子爵の言葉にエデルが苦笑した。子爵はともかく、アリアとラファエロが後ろ盾って何か怖い。周りから尊敬の目で見られるか、ドン引きされるかのどちらかだろう。どちらにしても、ジェシカにはもうただ明るいだけの未来はない。きっと明る過ぎて意味が分からなくなる。本人は言われるがままに演奏をしているだけかもしれないが、ただ一回の演奏会に色々な意味を持たせるであろう政治家たちは怖いのだ。


「うちの奥様の手駒になる?心配ないよ、すごく優しいから。特に楽器を奏でられる人間には、めっちゃ優しいから。アリアさんが壊滅状態の音楽要素を持っている人間は、それだけで割と優遇されるから。俺なんか優遇されすぎて、アリアさんの夫だしね!」


 キラーンという音が付きそうな大変良い笑顔で、辺境伯の夫はそう言った。

 元は、定住を持たない旅の吟遊詩人だと言っていたので、そこから考えたらものすごい出世だ。

 そして当然のように手駒って言っているが、守ってもらえるのなら何でも良い。


「なる!なりますぅ!よろしくお願いします」


 ジェシカは、迷うことなくアリアの手駒になる道を選んだ。手駒と言ってもジェシカに出来ることは音楽を奏でることだけなので、そんな優秀な手駒にはなれないだろうと思っていた。


「アリアさんもきっと喜ぶよ。どんな分野の人間であれ、優秀な人がロードナイトに来てくれるなら喜ばしいことだからね」


 政治とか軍事とかそっちの方面のことは分からないが、芸術方面なら何とかアリアの役に立てそうだ。才能を発掘するのも楽しそうだし、そのうち辺境に芸術を学べるような場所を創ってみたい。


「ふむ、芸術から攻めるのも面白そうだな。エデルくん、もし必要ならエスカラにいる私の知人にも声をかけよう。趣味道楽仲間は大勢いてね。絵や音楽だけではなく、それこそ古代文字や各国の文化や歴史といったものを研究している方々もいるんだ。色々と役に立つと思うよ」


 そういった知人の方たちが、引退した前の大臣や将軍だったり、有力貴族のご隠居だったりするのは偶然だ。エスカラの者たちが前の時代の人たちとして切り捨てた方々だが、培った経験と知識は本物だ。

 彼らも暇してるし、ちょっと辺境に旅行に来て講義したり、様々な意見の交換を行うのは彼らに良い影響を与えてくれるだろう。

 なお、講義や議論の内容は各自の自由とする。時々、肉体言語の使用有り。


「何だろう。ものすごく気軽に言ってるんだけど、このままいいよーって言ったら、アリアさんに怒られる気がする」


 笑顔なのに何だか怖いアリアの姿が思い浮かぶ。


「気のせいだよ」


 何の思惑もないデスヨー、という笑顔のエクルト子爵とどっちがマシなのか、エデルには判断がつかなかった。

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