結婚式前⑰~うちに来ないか~
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エデルの衝撃の告白にエクルト子爵とジェシカが固まっている頃、アリアのもとには隠し通路の詳細な情報とそこから先に行ったであろう場所の情報がもたらされていた。
「ふむ。どうやらエデルたちは、あちらの森にある古い屋敷にいるようだ、とのことだ」
連れてきた精鋭たちの中には、こういった人捜しや追尾に長けた者たちもおり、今回はそういった者たちが役に立った。
「子爵夫人、その屋敷について何か知っているか?」
「屋敷、ですか?おそらく、以前この地を治めていた者たちの持ち物だった屋敷でしょう。我が家では管理をしていませんので。廃墟のようになっている可能性もあります」
エクルト子爵夫人は、きりっとした感じの女性だった。何事もテキパキとやる女性で、夫が行方不明になっても泣き言の一つも言わずに客や屋敷内のことを取り仕切っている。さすがに突然アリアが来た時には驚いていたが、屋敷内を辺境軍の者たちが探し回る許可を出してくれた。
「そういえばここは、エクルト子爵家で治める前に同じ子爵家でも潰れた家が治めていたのだったな」
穀倉地帯であることに変わりはないが、以前は違う子爵家の領地だった。ただ、その子爵家が何かやらかしたらしく潰れて、その後をエクルト子爵家が治めるようになった。
「はい。ですから正確にはこの屋敷も、その当時治めていた子爵家が造った物です。引き継いだ時にある程度は調べましたが、隠し通路が多すぎて全部は把握していませんでした」
田舎の屋敷なので、それほど大事になることもないだろうと放っておいたら、今回のこの騒動になってしまった。全部調べるか、建て直すかすればよかった。
「見たところ古い作りの屋敷だからな。戦争時代の建物だからこそ、いざという時の隠し通路がいくつもあるのだろう。どうだろう、子爵夫人。今回の騒動で我が家の者たちが、それなりにこの屋敷を傷つけてしまったからな。辺境伯家で支援するゆえ、新しく建て直さないか?」
アリアの申し出に子爵夫人が驚いた顔をした。今まで特に交流がなかった辺境伯からそんな申し入れをされたら、さすがに驚く。
「何故?と、お伺いしても?」
「かまわん。むしろ疑問に思って当然だな。正直に言えば、隣の領地にこんな屋敷があっては困る。今はエクルト子爵家が管理してくれているが、そうでなくなった場合、ここをならず者たちの根城にされても困るしな」
率直なアリアの言葉に、確かに、という思いとともに、もし昔のように国が二つに分かれた時、この屋敷は邪魔になるだろうとも思った。アリアからすれば、ロードナイト側だった場合は、いつ隠し通路から侵入されるか分からず、トワイライト側なら、攻めてもどこかから逃げられる可能性が高い厄介な屋敷。平和な今の時代の内に、潰しておきたいのだろう。
だが、そうは思っても、今回のように何者かにこちらが知らない隠し通路を使われると命が危ない。
ここは大人しく、建て替えた方がいいだろう。幸い、辺境伯も支援してくれるということだし、中央の貴族であるファーバティ伯爵も巻き込まれているので、あちらの貴族たちもそううるさくは言わないだろう。
言ってきたら、寝ている間に殺されたいのか、と言うだけだ。
「分かりました。この屋敷は新しく建て直します」
「そうしてくれると助かるな。材料やら何やらはうちから持ってこさせるので、夫人はどんな屋敷がいいのか考えをまとめておいてくれ」
「あら、旦那様ではなくて、私がまとめるのですか?」
普通、そういうのは子爵本人の役目ではないだろうか。
「屋敷内のことは夫人が仕切るのだから、夫人が使いやすいようにしてもいいのではないかな。実際、働いている者たちの意見も聞いた方がいいだろう。それこそ洗濯をしたはいいが、干すのが屋敷の反対側にあったら面倒くさいだろう」
「まぁ、確かにそうですわね」
ほほほほほ、と夫人は笑った。辺境伯ともあろう方が、何とも庶民らしい考え方をなさること。見栄え重視ではなくて、実用性を重視した考え方は嫌いじゃない。ここは王都のど真ん中にあって、毎日のように夜会が開かれている屋敷じゃない。華美に飾り立てる必要もないし、見た目重視にこだわる必要もない。
「ロードナイト辺境伯、エクルト子爵家をそちら側に引き込むのは止めてくれないか」
ここまでは大人しく話を聞いていたラファエロが、はぁ、とため息を吐いた。
「何のことだ?私は辺境伯として将来の脅威を取り除き、隣人としてエクルト子爵家に手を貸すだけだ」
「分かっていて言っているのが忌々しい。エクルト子爵家はトワイライト側の人間だ」
「ふふ、かつてあった二つの国はすでに統合されて一つの帝国となっている。今更、ロードナイトだのトワイライトだのもあるまい。我らはあくまでイールシャハル帝国の民だ」
「……本当にそうなら、苦労はしない」
「まあ、どうしても二つに分けたいというのなら、お前もこちら側に来てもいいのだぞ?」
その美貌に楽しそうな笑みを浮かべながら、辺境伯はそう言った。対して帝都エスカラの貴族、つまりトワイライト側であるファーバティ伯爵は、嫌そうな顔をした。
「下らんクズ共はあらかた片付けてあるから、こちら側の風通しの良さは中々なものだぞ。それに、私の夫はお前の親友なのだろう?親友の妻を助けてくれてもいいのではないか?」
辺境伯の笑顔が最上級になっている気がする。あれは、エスカラがただ今、権力闘争の真っ最中であることを分かって言っているのだ。
「親友の妻は色んな意味で強いので、私ごときの助けなんて必要ないだろう」
「おや、振られたか。すまないな、エデル」
ラファエロに振られたアリアは、ここにはいない夫に謝った。
「お前の友人だから助けてやりたいと思ったが、己の意志であの争いの中に身を置くと決めている以上、私たちではどうすることも出来ないな」
「好きで身を置いているわけじゃない」
「ほう、そうか。お前がどちら側の人間かは知らんが、お前に何かあればエデルが悲しむ。だからせいぜい頑張って生き延びてくれ」
「……何かヤダなぁ、その言い方。分かってはいたけど、辺境伯にとって私の価値は『夫の友人』という部分だけか」
ケッという感じで、ラファエロがやさぐれ感を出した。
「たとえ第一王子と第二王子が後継者争いをしていようが、そこに王妃が乗っかって側妃を追い落とそうとしようが、そもそも皇帝が疑惑の出自持ちだろうがどうでもいい。エスカラで好きなようにやっていればいいのだ。だが調子に乗って辺境に手を出すのなら話は別だ。それ相応の覚悟を持つがいい」
「あーもーホント、ヤダ。ちゃんと把握されてるよ……」
ラファエロは、天を向いて目を瞑った。
近年、後継者争いが激しくなってきているのは事実だ。そのせいで王宮は今、二つの勢力に分かれている。
第一王子も第二王子も王妃が生んだ子供だ。通常なら争うこともなく次の皇帝は第一王子なのだが、王妃が横やりを入れはじめた。次代の皇帝として早くに王妃の手を離れた第一王子よりも、己の手元で育てた第二王子可愛さに、皇帝に余計なことを言い始めたのだ。それには王妃が気に入らない側妃のことも関係していた。側妃は元々、第一王子の侍女だった。皇帝が見初めて側妃にしたのだが、彼女は幼い頃から知っている第一王子を支持している。王妃は第一王子もろとも側妃を始末したくて仕方ないのだ。
「どろどろの王宮愛憎劇に興味はない。ああ、でもエデルは興味を持つかもしれんな。そういった劇も多いことだし、よければ詳細をエデルに教えてやってくれ。新しい曲が出来るかもしれん」
「そんな曲はエデルには似合わない。あいつが好む曲は、綺麗で幻想的な感じのするものだ。おどろおどろしい重厚感に溢れた曲は苦手だと言っていた」
「ふむ、確かに。エデルには似合わんな。だがエデルなら、その中から真実の愛とかを見つけ出して曲にしそうではあるが」
「悲劇にしかならんだろう。……辺境伯、どこまでご存じだ?」
「いくらエスカラに滅多に行かないとはいえ、さすがに情報収集はしているさ。あそこが乱れたら、それなりに被害がくるからな」
「先ほど、皇帝が疑惑の出自持ちだと言っていたが」
後継者争いなどは歴史上よくあることではあるので、それほど珍しくはない。問題は、アリアが言ったもう一つの方。つまり、現皇帝の怪しい出自の方だ。その話が出てきたのもつい最近のことのはずなのだが。
「誰が言い始めたのかは知らんが、面白い話ではあるな。私にはどうでもいいことだが、お前たちにはそうではあるまい。皇帝がトワイライト王家の血を引いていないのなら、今やっている権力争いも全て無駄だからな」
皇帝が先帝の実の息子ではないのではないか。
先帝が若い頃に煩った熱病のせいで、子を為せない身体になっていたのではないか、と言った者がいたのだ。それがどこの誰かは分かっていないが、一度出てきた疑惑は、どこかしこりになってずっと残る。もしそれが本当で、皇帝が先帝の息子ではないのなら、後継者争いはもっと泥沼の様相を見せるだろう。
「考えるだけでうんざりする」
「ふふ、エスカラの者たちは常に権力争いばかりしているな」
帝国のもう一人の皇帝は、それは楽しそうに笑っていた。