結婚式前⑯~奥様の到着を知る~
読んでいただいてありがとうございます。残暑が厳しい……。
エクルト子爵がこの騒動にどうけじめを付けようか考えていると、バタバタという足音がして、ホロー男爵の手の者が走って来た。
「エクルト子爵の屋敷に、王都からファーバティ伯爵が到着したそうです!」
「チッ!もう来たのか。人数はどれくらいいる?」
「それほど多くはありません。十数人といったところです」
ラファエロ・ファーバティ伯爵は音楽を聴きに来たのであって、争い事をしに来たわけではないので、その程度の人数で来たのだろう。だが、こちらとしては好機だ。十数人といっても伯爵の護衛や世話で動けない者もいるので、実際に動ける人数は十人程度だろう。それくらいならそう簡単にここに辿り着けるとは思えないし、時間もたっぷり稼げる。その間にこいつらを依頼主に引き渡して、おまけは売り払えばいい。
「ふはは、残念だったな。頼みの綱のファーバティ伯爵も、ここを見つけるには人数が足りないようだ。伯爵が自分の手の者をここに呼び寄せるにも日数がかかる。それまでにお前たちをここから連れ出すだけだ」
エデルはここで落ち合うことになっていた友人の方が先に到着したという知らせに、出来れば彼の手で事件を解決して欲しいと切に願った。そうじゃないと、俺の奥さんが出てくる。絶対、出てくる。さすがに出てきたら、まずいよね。
もしご本人が登場したら、エクルト子爵とジェシカ嬢に変な罪がいかないように、アリアのご機嫌を取るしかない。新曲の1曲か2曲くらいで許してくれるだろうか。それと……貞操の危機が訪れようとも、黙って受け入れようではないか。ただその前に、復習というか心構えというか何というかはしたいので、ちょっとだけ時間をください。ラファエロに頼んだら、そっち系の指南書とか用意してくれないだろうか。
エデルはいかに奥さんを宥めるかという方法を考えていたが、ホロー男爵の方はこれから先のことを自分に都合の良い展開で考えていた。
エクルト子爵家のことは、王都で色々と手を回すしかなさそうだ。皇帝陛下にまで話がいっているとなると少し厄介だが、こちらにだってそれなりに高位の貴族の知り合いがいる。そういった者たちに話しを通してどうにかするしかない。
多少、想定外の出来事はあったが修正できない範囲ではない。そうホロー男爵が思った時、さらに慌ただしい足音が聞こえてきた。
「た、大変です!!」
息を切らして入ってきたのは、ホロー男爵がエクルト子爵の屋敷に残してきた者だった。
「どうした?そんなに急いで」
「ロ、ロードナイト辺境伯が!」
「ロードナイト辺境伯?なんでそんな関係ない名前が出てくるんだ?」
「や、屋敷に!エクルト子爵の屋敷にロードナイト辺境伯が来ました!!」
「…………はぁ!?」
ホロー男爵は無言になった後にすぐに変な声を出したが、エデルは、あ、という言葉を小さく出した。
もう来ちゃったか……。これ、どうなるのかなぁ。穏便に済ませてくれるかなぁ。等とエデルはのんきに考えていたが、何故こんな場所にロードナイト辺境伯が来たのか分からないホロー男爵と、ついでにエクルト子爵がものすごく驚いた顔をしていた。
「どういうことだ!なんであの女帝がここに来てるんだ!!!」
「わ、わ、分かりません。軍も率いていて、そいつらが屋敷の中の捜索を始めてます。片っ端から隠し通路の存在が暴かれていっています!!」
その報告にホロー男爵の顔色が、徐々に青くなっていった。
辺境軍まで来ているのなら、見つかるのも時間の問題だ。それに依頼主が来ない可能性も出てきた。辺境軍がすぐ近くまで来ている場所に、わざわざ危険を冒してまで来るだろうか。もし、それほどの危険を承知の上で来るのなら、逆にここにいる人間の価値が自分が思っているより高いということになる。
つまり、依頼された時の値段よりさらにふっかけられるということだ。
「急いで出発の準備をしろ。こっちに繋がる物は全て破棄しろ!決して辺境伯の手に渡らないようにするんだぞ!!」
ホロー男爵はすぐに頭の中で、ここからどのルートを行けば辺境軍に見つからないかを考えてた。
大きな街道はだめだ。すでに手が回っているだろう。そうなると少し危険だが山道を行くしかない。この辺りは農村地帯が多いので治安が悪いわけではないが、山賊などに狙われる可能性はある。それでも街道を行くよりはマシだろう。
「全く!なんで女帝が出てくるんだ!!」
忌々しそうに吐き出された言葉に、エクルト子爵もそこだけは同感だな、と思ってしまった。
隣の領地ではあるが、向こうは広大な辺境を治める辺境伯。こっちは王国の食料庫と言われながらも、ただの子爵家でしかない。時候のあいさつくらいは交わすがその程度の交流しかないのに、なぜわざわざ女帝本人が来たのか意味が分からない。
分からないが、チラッと横を見ると、仕方ないなぁ、みたいな顔をしている辺境の地から来た青年がいた。
「クソ!お前たち、もう少ししたらここからおさらばだからな!!今の内に名残でも惜しんどけ!」
ホロー男爵がそう言い捨てて、手の者と一緒に出て行き誰もいなくなると、エクルト子爵は、ぽん、とエデルの肩を叩いた。
「エデル君、君、何か知ってそうだね。さぁ、この地の領主である私にキリキリ吐いてくれたまえ」
「エー、ナニモシラナイデスヨ」
「吟遊詩人のくせに、何で棒読みになるのだね?完全に関わっています、と白状しているようなものだよ」
「おかしいなぁ。舞台だとちゃんと出来るんですよ。俺の演技、割と評判よかったのに」
台詞を言うのに、こんな棒読みになったことなんて今まで無かった。ぶつぶつ呟いていたら、エクルト子爵が呆れていた。
「君は本当にいい度胸をしているね。まぁ、話を聞いた限りでは、君は舞台上だと女性役ばかりだったんだろう?素のままで台詞を言うことに慣れていないのではないのかな」
「おお!そうかも」
言われてみればその通りだ。女性役ばかりだったので自分じゃない感がすごくて、その役にのめり込めていた気がする。言葉も自分の台詞じゃないから、感情を込めてすらすら言えたのだ。素の自分で演技するとか慣れていない。
「それは置いておいて。で、君と辺境伯の関係は?」
エクルト子爵の問いにどうしようかな、と思いつつも、もう来ちまったもんは隠しようもないしどうしようもねぇ、とエデルは覚悟を決めた。
「俺の奥様です」
「………………はい?」
「だーかーらー、俺の妻ですよ。俺、一応、辺境伯の伴侶って立場にいるんです」
「……マジ?」
「マジです。信じてもらえないかもしれないですけど、マジです」
エデルの告白に、エクルト子爵と邪魔にならないように隅っこの方で話を聞いていたジェシカが、見事に固まって動かなくなったのだった。