結婚式前⑨~話を聞きたい~
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その日、酒場に現れたエデルはいつもより機嫌が良さそうだった。
いつも通りテオドールと一緒にアルコール抜きの飲み物を片手に冒険者たちの話を聞いているのだが、何か笑顔が違う。基本的に人当りの良いエデルだが、何となく嬉しそうな顔をしていた。
「どうしたよ?エデル。何か嬉しそうなんだけど」
「あ、分かる?明日、奥さんが帰って来るって連絡がきたんだ」
「おう、噂の奥さんか」
先日の衝撃の告白以来、エデルを良く知る冒険者たちの間で噂になっている奥さん。彼女のことを知っているであろうテオドールに聞いても「秘密」とか言われたので、ますます謎な奥さん。
テオドールは聞かれても色んな意味で答えられなかったので仕方なく「秘密」と言ったのだが、おかげで彼らの想像の中の奥さん像が噂として流れていた。
「息子もそわそわしちゃっててさ。あの子も彼女のことが大好きだからさ」
「……息子もいるんだ」
イヤ、確かに驚かないとは言ったけれど、本当にエデルが産んだわけじゃないよな。……産んでそうだな。まぁ、いっか。もうエデルが産んだことにしようぜ。
そんな冒険者たちの心情が手に取るように理解出来たが、テオドールはもう訂正するのを諦めた。そもそもどこをどう訂正すれば良いのかが分からない。息子をエデルの奥さん(=アリア)が産んだのかと問われれば違うとしか言えないし、わざわざ養子とかそういう複雑な内情を言う必要もないし。冒険者たちがエデルが産んだと思ってくれるのなら、それはそれで良いんじゃないだろうか。
「あ、俺、しばらくはここに来れなくなるから」
「だろうな」
エデルは結婚式の準備やら何やらがあるので忙しくて来れない、という意味で言っただけなのだが、冒険者たちは勝手に深読みした。きっと奥さんが離してくれないんだろーなー、と。
「すまんが、エデルというのはお前のことか」
酒場の隅で静かに飲んでいた一団の1人が急にエデルに話しかけて来た。テオドールは警戒だけはしていたが、エデルに対して悪意などは持っていなさそうだったので、手は出さなかった。
「うん。そうだけど、何か用?」
「ああ、ミレーヌ、という女に心当たりはないか?」
すごく心当たりがある名前が出てきた。ミレーヌという名はそんなに珍しい名前ではないけれど、エデルの身近でその名を持つ者は失踪した元妻しかいない。
「あるけど、彼女が何かやったの?」
話しかけて来た男は、身なりは良いのだが、雰囲気というか匂いというか、そういうモノが裏社会特有の雰囲気を醸し出していた。エデルが調べた限りだと、別れる前のミレーヌは裏社会からはまだお金など借りてはいなかったはずだ。その時のミレーヌの借金は、全てアリアが精算してくれたのでエデルにはもう関係のない話だ。失踪してからははっきり言って分からない。居場所だって知らないし、向こうだってエデルがアリアと結婚したなんて思ってもいないだろう。
「うちの金を持ってとんずらしてくれたんだよ」
予想通りの答えが返ってきた。どうやらミレーヌは手を出してはいけないところまで手を出したようだ。その上、お金だけ持って行方不明とはさすがにかばえない。というかかばう気も起きない。
「それは、ご愁傷様、としか言いようがないんだけど。悪いけど、俺たちはもう関係ないよ?もし、彼女が俺の名前を出していたとしても赤の他人の借金なんて背負う気はない」
「だろうな。こっちで調べた限りでも、あんたとあの女の繋がりなんて一切なかった」
「でしょう?」
アリアが自分たちとミレーヌとの繋がりは全部消したと言っていたので、クロノスとそのことはしっかり話し合った。
エデルはまだ良いのだが、さすがにクロノスにとっては実の母親だ。目の前に現れたらどう思うか正直分からないが、こうして捨てられて姿も見えない今は、繋がりがなくても何も思わないし、僕の両親はちゃんといる。そう言ってどこか吹っ切れた顔をしていた。
だからミレーヌがエデルの名前を出したところで関係ない。そう思ってにっこり笑ったエデルに男はため息を付いた。
そう、調べた限り、エデルという名の男とミレーヌは全く関係がなかった。不自然なくらい綺麗にその繋がりは消えていた。裏社会に生きる自分たちも驚いて引いたくらいだ。よほどの権力者が絡んでいると踏んで慎重に慎重を重ねて調べたら、ミレーヌの方からうっすらと辺境伯家との繋がりが出てきた。それで念の為、ここに来てみたらたまたまエデルという名前が聞こえてきたのだ。エデルに会えたこと自体が偶然でしかない。
「あんたがミレーヌのことを知っているって否定しないことの方が驚いてるよ」
「まぁ、いつかはミレーヌ絡みの厄介ごとが来るかな、とは思ってたし。否定したところで面倒くさくなりそうだから。それに俺に何かしようと思ったら、相当の覚悟がいると思うよ?」
「みたいだなぁ。あんたの護衛の男、相当強いだろ」
「うん。でも本人曰く、上には上がもっといるから日々鍛えないとダメなんだって」
「何だよ、ソレ。あいつ、修羅の国の人間か何かか?」
「似たようなものかな?」
辺境軍の中では、テオドールはまだまだ中堅だ。テオドールを笑っていなせるもっと上の人間がたくさん存在している。日々盗賊やら魔獣やらとやり合っている辺境軍はある意味、修羅の国の住人とも言える。
「俺たちだって、手を出してはいけないトコロはちゃんとわきまえてるさ。あの女はわきまえていないようだったがな。まあ、悪かったな」
そう言って離れようとした男の服をエデルががっちり掴んだ。
「おわ!何だ!?」
「お兄さん、見たところ色んな経験してそうだよねぇ。話せる範囲でいいから話してくれない?エールは奢るよ?」
きらきらした目で見つめられて、男の頬がひくっとなった。
「お、おい!どうなってんだよ!?」
男がテオドールの方を見ると、テオドールは仕方ないとばかりに肩をすくめていた。
「エデル様は吟遊詩人で、作詞作曲の為に常にネタを探してるんですよ。話せる範囲でいいから話した方が早く解放されると思いますよ」
「闇を背負った主人公とか格好良くない?物語の中の登場人物にそんな人がいたら、心惹かれる人も多いと思うんだよね。だからさ、ちょっとお話していってよ」
周囲の人間の哀れむような目を受けながら、男は仕方なくエデルの正面に座った。
「ほう、ではエデルはその男と仲良くなったのか?」
「はい。最終的にエデル様を気に入ったらしくて、もし手を貸して欲しいことが出来たら連絡しろと言っていました」
やっと帰って来られたので、アリアは自分がいない間のエデルの行動の報告を聞いていた。基本的には屋敷と酒場の往復だけしていたようだが、不特定多数が出入りする酒場では想定外の出会いもある。
常連となっている冒険者たちは、エデルの奥さんの噂が出回っているので手を出すような者はいなくなったが、他から流れてきた者の中にはエデルに手を出そうとする愚か者が出現する畏れがある。
だが今回は、別口が出現した。
ミレーヌ絡みの人間が来るだろうとは思っていたが、それが思いもかけず面白い人間だったようだ。
「一応、こちらに手出しはしないと言っていましたし、あの人に関しては見つけ次第、あちらで引取るとのことでした」
「そうか」
ミレーヌと辺境伯家の繋がりをうっすらと残したのは、知らずに放置しておくと面倒なことになりそうだったからだ。繋がりを辿れる人間ならば、それなりの力ある人間として交渉の余地があるが、辿れないようならばミレーヌがどうなろうとこちらに被害が及ぶことはない。
正直、ミレーヌがどうなろうと知ったことではないが、辺境伯家、そして今ならばエデルとクロノスに被害が及ぶことだけは避けたい。
「しかし、エデル様は度胸ありますよね。後でお名前を伺ったんですが、割と有名な方でしたよ。そんな方に話を聞かせて、なんて言えるのエデル様くらいじゃないですかね」
冒険者に混じって裏社会の有名な方がエデルに話を聞かせている姿は、珍しいを通り超してシュールな光景だった。隅の方にいた彼の部下たちがどうして良いのか分からずに戸惑っていたので、ちょっとだけ挨拶を交わして後は皆でずっと眺めていた。
「ふふ、エデルの良いところだな。初めて会った時も私としっかり会話が出来ていた。権力者だろうが何だろうが、エデルは常に一個人として向き合っている」
緊張はしていても変に畏れてはいない。肩書きではなく、その人個人と向き合うという姿勢は絶対に揺るがない。
「アリア様はそこら辺に惹かれたんですか?」
「さあな」
テオドールの主は教えてくれなかった。
主の夫は、言葉足らずで天然色満載の方だが、主の方は、照れているのか何なのか肝心な部分は言わないという面倒くさい夫婦だった。