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退役兵士と砂糖人形  作者: 凪雨タクヤ
9/22

絶対に正しいと信じた運命


「面白い御話だね。」

「先生はこういうのがお好きでしょ?生きる意味だとか使命だとか。」


よくご存じだ。僕は自分の人生において何度も自分の価値だとか使命だとかに憑りつかれてきた。特に、まだ軍人だったときはそうだ。僕は前戦争時には救護兵・衛生兵として前線に出ていた。そこで見たのはまさしく地獄。しかしその地獄よりも僕は、自らの無力さや存在の小ささに絶望したのだ。


戦場では人は道具と同じだった。普通治療が優先されるのは、症状の重い患者だ。病が重くなったもの、もう意識が残っていないものから治療を始める。戦場では逆だ。すぐに戦線に復帰して、すぐさま鬼神のように敵をなぎ倒しにいける兵士から手を加えるのだ。すぐそばで故障している機関銃と同じだ。使えるものは使う。使えなければ取り換える。そんな中、僕が治療していた兵士Aは奇跡的に回復した。しかしその翌月だったか、なんとある病で死亡したと知らせが入ったのだ。


時計と同じだ。僕の治療はなんだったのか。彼が生きながらえたその1か月に意味があったに違いないと自分を騙すこともできるし、それ以上に自分の治療で救えた命だって少なからずいる。しかしその知らせを聞いた時、僕の心には負の感情しか生まれなかった。自分が処置を施さず、銃弾で一瞬で死んでいれば、病に苦しまなかったのではないか。だが当時の僕は目の前の命を救うのに必死で、そんな未来が来るなどとは一片たりとも考えなかったわけで・・・。そんな風に自分の行いと過去になってしまった悲惨な結果とを交互に頭に巡らせるのは何も生まれなければ負担になるだけだったので、僕は考えるのをやめた。


人はおおよそ自分の行いが正しいと信じて前に進むことが多いと思う。もちろんタバコや酒など、よくないとわかっていても手を出してしまうものもあるが、そうではなくて『絶対に正しい』と信じて行動した結果悲惨な未来にたどり着いてしまうこともあるということだ。そこに意味を後から見出すのは難しい。


そして今僕は、正しいか正しくないかではなく、僕のエゴで動いている。そして作り続けているのかもしれない。希望と過ちを。

こんなときもあるさ。

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