今日は私。
凛音は大学のデスクの上に顔を乗せながら右手にもったスマホを眺める。
ぼやけた感情でSNSを眺める。
SNSは承認欲求でいっぱいの若い女性がまるで関係のないことをつぶやきながら自撮り画像をアップしている。
「なんの得があんの、それ。」
虚空に言葉をつぶやく。
自分にはわからない。どうしてそうまでして誰かに存在を確認して欲しいのか。
できることなら消えてしまいたいと自分は思っているのに、できることなら誰も気にかけず、誰にも気にかけられず植物のように生きていたいとまで思っているのに、世界には自分を見つけて欲しいと願う人ばかりだ。
ふとスマホに通知が来る。
"今日は キミが アリス。"
今日は私はアリス。
自分に与えられた役目だ。好きでやっているわけじゃあない。
なんなら嫌々やっているのだと思う。
この役目は、なんのことはない誰にでもできる、つまり替えの効く仕事だ。
だけど、今日は私を指名した。
今日は私がアリスになる。
大学での講義を終えると、校門近くに止まる駅行きのバスに乗る。
ほかの生徒達も講義を終えてぞろぞろと構内から出てくるが、凛音が講義を受けていた建物はバス停に近く、多少混雑する時間でも座席を取ることができる。今日は窓際の席を取った。
大学に友達がいないわけではないが、「アリス」に指名されているのでできれば一人で帰りたい。
「あれ?凛音さんじゃん。」
男子学生がとなりの席に座り、バスの中の通路への道がふさがれる。
「今日の金融の授業マジでムズかったね。もっと軽ければ楽しめるのにな~。」
半開きになっていたバッグのファスナーを閉じながら男子学生はつぶやく。
「もっとダルいのあるからいい。」
「え?」
男子学生は凛音が言葉を返してくれたのが意外だったようだ。
凛音が外を頬杖をつきながら外を眺めている。男子学生は驚いた表情でその顔を見つめる。
「そっか。まぁ今日は終わったわけだしさ、A駅でしょ?凛音さん、一緒にメシでもどう?」
「ゴメン。そのダルい奴が今からだから。」
「へぇ~。バイト?どんなことしてんの?」
「うーん。なんかまぁ座ったり。」
座ったり?と男子学生は聞く。しかし凛音は特に答えることはしなかった。
凛音の白シャツのボタンが一つとれていたが、本人は気にしていないようだ。
「機会があれば見てみたいな!凛音さんが働いてるとこ。」
「うん、まぁ・・・。」
別に見られたくないんだけど、と不愛想に言うのもカワイソウかと思い、口を紡ぐ。
バスが駅に着く。
ぞろぞろと生徒と、一部講師に来ていた人が駅に降りていく。
それじゃあまたと男子学生もいいながら出ていく。
凛音は別にまた会う約束とかしなくても、同じ大学にいるんだから会うこともあるだろうと思う。
地下鉄に乗り、何駅か進んだところに自宅があるが、今日は真逆の方角の路線に乗る。
駅を出て、徒歩10分くらいしたところに、シゴト場がある。
ドアを叩く。すると部屋の主が出てくる。
「おかえりぃ、アリス。」
黒いモヤのようなその姿をした部屋の主は、こもった声で歓迎する。
その声の主は腕のようにモヤを伸ばして部屋へ連れ込む。
今日は、私がアリス。




