愛憎人形②
その時点で異常事態だからと手を打っておけばよかったのに、富士千夜ちゃんの趣味に介入すべきでないとか考えてしまったのね。もうお出かけにならなかったから、そのまま富士千夜ちゃんの屋敷に連れて帰ったわ。
家の前までいくと、あの叔父が出てきて迎えてくれた。
「あぁ、君がクロエさんだね。すまないねぇご迷惑をおかけした。」
「大丈夫です。それよりも彼女を・・・。」
「叔父様、気にしないで。一人で歩けるから・・・。」
そういうと彼女はそそくさと階段を危なっかしい足取りで上がっていってしまった。
「彼女、大丈夫なんですか?」
「それが、困ったことに食事も取らないで自分の部屋に引きこもっているんだ。大切な時間だからと、医者に連れていこうとしたんだが、大切な作業中だからとかなりの剣幕で怒るものだからどうしようもなくてね。」
打つ手なし、という表情だったけどこのままではマズイことになるというのはわかりきっていたわね。
「彼女、あの人形2つも持っていたかしら。」
「どうやら彼女が作ったらしいんだ。この子にも家族が必要だからとか言っていたんだがどうも病的でね。明日無理やりにでも医者に連れて行こうかと思うよ。」
そのときから嫌な予感はしていたけど、とりあえずは彼女を医者に見せるという言葉に安心して家を後にしたわ。それでも念のため、医者に見せる際は私も同行することにしたの。そのほうが彼女に説得できそうだと叔父は言っていたけど・・・。
そして翌日、一抹の不安を心の隅に抱きつつ彼女の屋敷へ向かったわ。
屋敷は静まり返っていたの。鍵が開いていたからそのまま屋敷に入ったけど、叔父が出てこないの。妙に暗く、陰湿なにおいがする気がした。彼女の部屋は2階の廊下を曲がった奥にあったわ。
「富士千夜ちゃん・・・?」
「ああああ、クロエちゃん?少し待って?もう少し。もう少しで終わるから。」
彼女の声、相変わらず疲れた様子だったけど、何かしているようだった。
彼女の言う通りしばらく待っていたんだけど、なかなか出てこないものだからしびれを切らして中に入ったわ。そこで私は、恐ろしいものを見てしまった。
「あああんもう。待っててって言ったのにぃ。これで87人目だったのにぃいいいいい。」
そう言う彼女の膝元に、叔父がいたわ。
いいえ、叔父だったモノが。
叔父は胸をナイフで刺されて息絶えていた。そして内臓をすべて掻き出されて、かわりに綿のようなものを詰められていたの。そして彼女、富士千夜ちゃんはその叔父のまぶたと口を紐で縫っていたわ。そしてその部屋には禍々しいあの人形が、彼女が作ったであろう数十体の人形が部屋を取り囲むようにいたるところに腰を据えて、彼女を見つめていたわ。
「もおおおおおお~。クロエちゃんせっかちぃぃぃ・・・。ねえ見て?この子たちも家族や友達が必要でしょおお?だから私が作ってあげないとねぇえええ。」
彼女、孫を見る祖母のような目で人形たちに話かけていたわ。
「クロエちゃんもこの子たちが好きでしょ??私はこの子たちを”愛して”いるの。一緒にこの子たちを愛しましょう?????クロエちゃぁぁぁぁあああああああああん!!!!」
「富士千夜ちゃん。私、その人形は好きになれないわ。友達を傷つけているんですもの。」
「どうして?私はこぉおおおおおおおおおおおおおおおおおんなにも幸せよ????愛に囲まれて、そおして私もみんなを愛しているわぁ???」
そのとき部屋にいた数十体の人形がザザッと音を立てて一斉にこちらを向いてきた。
病的を通り越して”狂気”そのものな彼女の笑みは忘れられないわ。
「ゴメンナサイ。言い直すけど、私はその人形がキライよ。」
「どうして・・・?どおしてよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
彼女、どこから取り出したのか、叔父に突き刺したナイフと同じものをこちらに向けてきたわ。
「お前もこの子たちの苗床になれよぉおおお!!この××××があああああああああああ!!!!!」
鬼のような形相で迫ってきたわ。身が凍り付くようだったけど、とっさに彼女の部屋にあったシュガーポットを投げつけたわ。空中で回転して中身の砂糖をぶちまけながら彼女の顔にあたった。なぜかわからないけど、その砂糖があたったとき、彼女は苦しみ悶えていた。片手でよろよろしながら掴まる場所を探す彼女の手が蠟燭大に触れて倒れた。炎が忽ち部屋と人形に燃え移って大きな炎になった。
「あが、が、が。」
少しうつろな目で虚空を見つめながら殺人マシーンが停止している間に、全力で逃げたわ。
彼女、家の中まで苦しそうに追いかけてきたけど、家を出たとたん追ってこなくなったわ。
消防が駆けつけて、家はほぼ全焼。
彼女も火傷を負ったけど、なんとか一命とりとめたの。けど、後日彼女に会ったら、人形を受け取って数日後から記憶がないらしいの。私の手を取って、叔父様が・・・、叔父様が・・・と悲しんでいたわ。叔父を殺したことも、あの人形に没頭していたことも全部忘れているみたいだった。
今思えば、あの人形は人の愛に寄生して、その人物に自分の分身を作らせて、いわば繁殖していく、そんな呪われた存在だったのではないかしら。そしてそれが人形のせいでなかったとしても、人の何かに対する愛というものは、憎悪や狂気と紙一重なものだと感じたの。
先生の私への愛は、狂気にまみれているのかしら?