奇妙な隣人①
少し赤みのかかった深い茶色に漂っているかのような白いクリームの線。やはりスミさんのビーフシチューは最高に美味しい。
「いやぁいつ食べてもおいしいよぉスミさんのシチュー。いやほんとに。」
「あらあら嬉しいですわね。料理のしがいがありますわね。」
テンプレなやりとりに聞こえるが。僕は本気でおいしいと思っている。
「先生、私の人生ってどう見えるかしら?」
突然彼女が俯きながら口を開いた。これでは本当に心理カウンセリングのようだ。
「突然どうしたんだい。君らしくない。」
君らしいというのがこの時点で定義できているかなんてわからないが、僕はきっと彼女に毅然とした態度でいて欲しかったのだろう。がしかし、これはエゴだ。実際彼女の表情は暗い。
「さっきの価値の話を自分でしていて不安になってしまったわ。自分の価値なんてあるのかしら。実際私は自分の過去の記憶がないわ。これから価値や生きる意味というものは見いだせるのかしら?」
そう、彼女にはこれまでの記憶がない。当然のことだ。しかし彼女にとって大切なことはこれからのこと。不必要なのだ。必要がないのだ。要らないのだ。余計なのだ。
「それはこれから話す御話がピッタリかもしれないね。」
これは、客観性や主体性をテーマにした話だ。タイトルをつけるなら「奇妙な隣人」だろう。
ある男Aは、自分が住む町で最も奇妙な人は誰なのだろうという疑問に解答をもとめるべく、自分が思う最も奇妙な人物に話を聞いてみようと思い立った。男は歩いてその老人B宅へ向かった。家のインターフォンを鳴らすと、その奇妙な老人Bが真っ白な髭を右手でいじりながら出てきた。その老人は毎朝5時に起きては空に向かって「4!!!!4!!!!」と叫ぶのだった。それが原因で周辺住人と揉めることもあったというが、それでも老人Bは毎朝ルーティンのように「4!!!」と叫ぶのだった。
そんな奇妙な老人に、男Aは自分の疑問をぶつけてみた。
「Bさん、僕はこの町で最も奇妙な人物を探してる。誰か知らないかい?」
「それならあの角を曲がってしばらくしたところにある工場の横のC宅だな。あそこは一度仕事であがりこんだことがあるが、あれは奇妙を通り越して恐怖だ。」
老人Bが言ったとおり、工場の横にナシの木が立つC宅があった。インターフォンを鳴らすと丸眼鏡が似合う小説家が出てきた。小説家Cはおおこんにちは、どうされましたかと男Aの来訪を不思議に思いつつ歓迎し家に招き入れた。
老人Bが恐怖だというので恐る恐る入ったが、玄関は普通だった。しかし、書斎に入るとその違和感にすぐに気づいた。小説家ということもありこのCという男も本を読むのが好きなのだろうが、ありとあらゆる本が膨らんで並んでいる。どうやらすべての本のページの右上を内側に折り込んでいるようだ。しかも、普通本というのは棚に入れる際にどの本かわかりやすいように背表紙を表向きにして入れるはずだが、なんとこの家の本はすべて内側、つまり開く側の面がこちらに向いていてページの白さが牙を向くように並んでいる。
「なぜ本を内側にしているのですか?」
「あぁ、これは僕の好奇心を刺激するんだよ。この本はなんの本だったかともう一度手に取ってしまう。そしてその本を手に取って数ページめくると、またその本を新鮮な気持ちで見れるんだ。」
「では、右上を折るのにはまた理由が?」
「それは僕の性格でね、重要だと思ったらまたすぐ見返せるようにそのページの右の角を折るんだけど、結局全ページを折ってしまうんだ。よくないと思っていてもついやってしまうよ。」
男Aは全く共感できなかったが、確かにかなり奇妙な男だと感じた。小説家Cに今日はどうして僕の家へ?と聞かれたので、前の奇妙な隣人に投げかけた質問と同じ質問をした。
このあたりで最も奇妙な人物を探しています。どなたか知りませんか?と
意外と人って普通じゃないんです。