紅茶の時間。
「『価値』というのであれば、人それぞれだよね。」
すっかり湯気が立たなくなった紅茶を少し飲んで、独り言のように話始める。
「私の人生こそそこまで価値はないかもしれないわね。何せ記憶がないんですから。」
”当然だ。彼女に前の記憶があるはずがない。”
「自分の過去さえわかればもう少し有意義な話ができたかもしれないのに。」
声色だけでも物悲しい感情が伝わりそうだが、彼女の顔を見る限りあきらめている様子が伺える。
しかし彼女には前の記憶なんていらない。そう、要らないのだ。不必要なのだ。だからこそこうして僕は彼女のいるこの屋敷に足を運んでこうして話をしている。そこで彼女がどんな反応でどんな思考をするのか。それだけが最も重要なのである。
「そうかもしれないけど、これからどんな風に物事を考えるか、つまり未来があるということに価値を見出せばいいんじゃないかな。」
彼女に希望を持たせるためにも、一石二鳥な言葉を投げかける。
そうだといいのだけれどと彼女はもうその話はしたくないといわんばかりな表情だ。
「夕食ができあがる頃だから、そろそろ食堂に行こうか。スミさんお手製のシチューは格別だからね。」
あらあらそれは嬉しいですわねという言葉とともににこやかな笑顔でスミさんが廊下から顔を覗かせた。
どうやら僕たちの話を聞いていたが、邪魔をしては悪いと思って話が途切れるまで待っていたようだ。チラチラと僕とクロエの顔を交互に見ながら会場を食堂へ移そうとする。
そこで僕は『主観と客観についての話』をする。
この話は、”価値”についての話の続きだ。