何度目かの再会
カタン。カタン。
路面電車から降りると、塩辛い風が吹いてくる。
暑い日だから溶けてしまいそうだ。
「はい、お代は30銭ね。どうも。」
この路面電車はなかなかに乗り心地が悪い。
天気は快晴。いつもは見えない富士の山がハッキリと顔を出していた。
革靴の歩く音に合わせて着こなしている洋服が揺れる。
松の木が立ち並ぶ石造りの坂を登れば目的地だ。
「あら、お帰りなさいませ。」
住み込みで働くお手伝いのスミさんだ。
「いやぁ骨が折れる。もう体力に自信があるとは言えないな。」
「このお屋敷を守らねばならないお方なんですからもう少し頑張っていただかないと。」
誰よりも帰りを待ち望んでましたと言わんばかりの顔をしている。
僕ももう軍を退役してからかなり経つというのに、この人は何故こうも笑顔で元気そうなのか。
ツクツクボウシの鳴き声と共に中に入る。
では私ははずしますとスミさんが言うと足を小刻みに素早く動かして別室に移動する。
視線を前に戻すと洋風な屋敷にピタリと合うように作られたかのような少女が座っている。
「ただいま。今帰ったよ。気分はどうだい。」
「最低です。今日は夏の終わりだというのにこんなにも熱いのだもの。」
僕は彼女の主治医のような存在だ。
実際軍役についていたときは多くの命を救い、多くの命が散るところを見てきた。
あの光景を見るのは何回目だろうか。
紅茶でもお飲みになったら?と彼女が言うと、冷たい紅茶を差し出してきた。
「これは暖かい歓迎だ。」
ぷいと顔をそむける姿は美しいのだが、どこか物悲し気だ。
「今日もたくさんの話を持ってきたよ。なんと本まで用意してきた。」
「余計なお世話といいたいけれど、楽しみはそれだけなの。ありがとう。」
そうだよ。この感情だよ。
僕は彼女がこうして会話をしてくれるのがこの上なく嬉しい。
「あとね、これも君に渡したいのだよ。」
「綺麗。」
「かつて僕の大切な人がつけていたものだ。今度は君に持っていて欲しい。」
銀色に包まれた指輪は彼女の指にピタリとはまり、多くの光を放っていた。
「クロエ」と名付けられた彼女の顔が少しだけ明るくなった気がした。