7、馬車の中(ラグナードの家族の話・2)
「念のために申し上げておきますが、今家にいるのは実母ではなく継母です。実母は幼いときに亡くなりまして」
会ったときに似てないと思われるかもしれない、とラグナードは思って話した。
「姉もいたらしいのですが、亡くなりました。その後、父が今の母と再婚しまして。異母弟がおりますが、おそらく学院の寮にいる時期でしょう」
「らしい、と言うと?」
ミルディアが不思議そうに尋ねる。
「残念ながら記憶に無いのです。4歳頃に母と姉が相次いで亡くなったらしいのですが」
ラグナードが正直に答える。
「あの、失礼ですが……」
ミルディアが言葉を選んでいると、
「理由については、父もあまり話してくれなくて。何か言いにくい理由があるようです。俺も覚えていないし」
陛下の前では「私」だが、つい普通に「俺」になってしまっていた。
もう15年も前のことだが、未だに父親に聞けずにいた。
よく覚えていないのだが、母と姉の死でラグナードがずいぶん不安定になったらしく、父親はラグナードの心のケアを最優先にした。
数年経って落ち着いた頃には王立学園の寮に入る年になり、父親と年に数度しか合わなくなった。
どんどん聞き辛くなり、そのうち父親は再婚してしまった。家から家族がいなくなり、寂しかったのだろう。
そうなると新しい家族が優先になり、ますます聞けなくなってしまい、現在に至る。
王立学院を卒業した後は騎士団の宿舎で生活するようになってしまい、ほとんど帰っていない。
ミルディアが考え込むように黙ってしまった。
「あの、どうされました?」
ラグナードが尋ねると、
「あ、いえ別に、何でもありません」
とミルディアは答えたが、ラグナードには何か言いたげと言うか、ごまかすような雰囲気に見えた。
(何か知っているのか? 聞いてもいいのだろうか)
ラグナードが迷ってる間に、
「弟君がいらっしゃるのでしたよね?」
ミルディアが別の話題を振った。
「はい」
弟のアルベルトは利発な子だ。ラグナードにもなついてくれていて、兄弟仲は良い方だと思う。
「爵位を弟君に譲られたと聞きましたが……」
「ああ、はい。恥ずかしながら弟の方が優秀で。俺は剣を振るう方が好きでしたし、騎士団に入れば生活には困りませんし」
ラグナードも成績は良い方だったが、アルベルトはその上を行く成績優秀者だった。
アルベルトのほうが領主に向いているだろう……と思い、父親にそう話した。
ラグナードは自分が領主に向いているとは思えなかった。剣の鍛練に没頭し、全てを忘れて己を鍛え上げる時間が一番好きだった。
やはり家を継ぐのは長男のほうが……と、最初は父親も渋っていたが、最後はラグナードの意見を飲んだ。
継母は良識ある人だったし、関係は良くも悪くもなかったが、やはりどこかほっとしたように見えた。
「その代わり、俺が病気などで騎士団で働けなくなったときは、領地内のどこかに住まわせて、衣食住に困らない程度に援助してほしい」
それだけ条件をつけた。
侯爵家ならば痛くも痒くもないような額だ。
父親も快諾した。
目的地まではまだ時間がありそうだった。
「俺も一つ、貴女に伺いたいことがありました」
ラグナードが切り出した。
「なんでしょうか」
「2ヶ月前の、王妃暗殺未遂事件について教えてほしいのです」
ラグナード言葉に、ミルディアは小さく息を飲んだ。




