5、馬車の中(ミルディアの家族の話)
移動は馬車で丸1日以上かかる。ずっと黙って向かい合っているのは苦痛だ。
先に口を開いたのはミルディアだった。
「こうして2人でお話するのは初めてですね」
柔らかな声音で切り出す。
自然と、自己紹介からお互いの身の上話となった。
ラグナードは口下手な方だと自覚していたが、思いがけず会話が弾んだ。
人と接することが多い巫女の教養によるものなのだろうか。
「お爺様のフォレスティア卿にはお世話になっております。よく体術の指導に来ていただいていますから」
だんだんと家族の話に移行していた。
騎士団は当然ながら剣術が主流だが、武器を失ったときの対処法を学んでいるのだ。
「私もよく教わりました」
「1度、貴女が練習に参加されているところを見たことがあります。騎士団員が練習用の木刀をあっという間に取り上げられてねじ伏せられたのには驚きました」
これはお世辞でもなんでもなく、事実だった。
魔物に素手では立ち向かえないが、野生の熊程度なら投げ飛ばすこともできる、と聞いたことがある。
「まあ……恐れ入ります」
ミルディアは少し恥ずかしそうだった。
「馬術はどなたから?」
「兄からです。子どもの頃からとても上手で」
ミルディアの顔が明るくなった。兄のことを好いているのだろう、と推測される。
兄のクリストファーのことはラグナードも聞いたことがある。
かなりの切れ者と噂されている。伯爵家は安泰であろうと。
父親も元医師なので、頭の良い家系らしい。
ラグナードがそれを口にすると、
「フォレスティア家は、女性は普通なのですが、なぜか男性は頭の良い人が多いのです」
と、ミルディアが答えた。
「そう言えば、失礼ですがお父上が元医師と言うのは珍しいですよね」
ある程度会話が進んだところで、ラグナードは少し踏み込んだ質問をしてみた。
「話せば長くなりますが……」
と前置きをした上で、ミルディアは特に不快になった様子もなく語り始めた。
父方の祖母は伯爵令嬢だったが、街で護衛とはぐれ素行の悪い連中に絡まれた時に祖父に助けられ、恋に落ちた。
祖母の両親、ミルディアの曾祖父母は庶民との結婚に反対の立場だったが、年の離れた弟が家を継ぐことが決まっていたことと、祖父は庶民とは言え当時の国王陛下に請われ騎士団に体術を教えたりなどと気に入られていたことが決め手となり、最終的には折れた。
ミルディアの祖父は騎士団への貢献もあるので、男爵程度の爵位なら与えてもいいと当時の陛下に言われたらしいが、断ったそうだ。
祖母は結婚後、庶民として城下町の祖父の道場で暮らしていた。
家事全般はそれから覚えたので、苦労はあったと思う。
やがて生まれた父は優秀で、庶民ながら王立学院に通うことができた。半分は伯爵家の血を引いていることも大きかっただろう。
やがて医師となり働き始め、ミルディアの母と出会い結婚した。
巫女は怪我の治療や解毒などの浄化はできるが、病気を治すことはできない。蘇生の術も無い。
病人には医師に処方された薬を使いながら、失われた体力の回復を聖魔法で行うのが一般的だ。医師と巫女は仕事上の関わりが深い。
ミルディアの母は子爵令嬢であったが、兄弟が多かったため、特に結婚に反対はなかったらしい。
そして兄のクリストファーが生まれて間もなくの頃だった。
祖母の弟夫婦が事故で亡くなったのだ。子どもはいなかった。
フォレスティア伯爵家の血を引く者として、ミルディアの父が爵位を継ぐことになった。
医師の立場から突然伯爵家を継ぐことになり、人間関係や領地の管理等、大変な苦労があっただろう。
「私は恵まれています。何の不自由も無い伯爵家に生まれて、聖魔法が使えて、体術も馬術も薬や毒の知識も、巫女としての教育も、家事全般も、全て家族に先生がいたのですから」
ミルディアは微笑み、そう締めくくった。