40、疲弊する人たち
マーガレットの変わりように1番ショックを受けたのはウィルフレッドだった。
愛していた女性が自分のことを覚えていないどころか、まるで子どものようになってしまっていたのだから。
見た目は変わらないのに表情や仕草が完全に子どものようで、その違和感は筆舌に尽くし難いものだった。
すっかり憔悴してしまい、しばらくは公務もままならない状態が続いた。
あんな状態のウィルフレッドを見るのは、ラグナードも初めてだった。
内政が滞ると問題があるので、しばらくは宰相とキャロラインが頑張っていた。
優秀な成績で王立学院を卒業し、しばらく前から公務に携わっていたミルディアの兄のクリストファーもずいぶん貢献したらしい。
1月ほど経ち、キャロラインとフローレンスの支えもあってか、ようやくウィルフレッドの状態も良くなりつつある。
ラグナードは最近、ウィルフレッドの護衛として付くことが多かった。
ウィルフレッドは横になっていることが多いとは言え、話し相手をしろだの、あれが欲しいこれが欲しいだのチェスの相手をしろだのと言い出すし、目を離した隙に何かあったら一大事なので神経をすり減らして見守っていた。
まるでウィルフレッドまで子どもに戻ってしまったようにわがままを言っていた。
夜はキャロラインかフローレンスが付き添っていた。
「これで一段落、で良いのだろうな」
ラグナードは独りごちた。
「良いのではないのか? お前も少し休め」
いつも間にか側にいた神龍がラグナードを労う。
気づいたら居たり居なかったりの神龍の存在にも慣れてきた。
丁度ウィルフレッドの護衛の交代の時間になったので、騎士団の休憩所のベッドで横になった。
呼吸2つ程度で眠りに落ちた。
そこへすっと手が伸びてきた。
ラグナードの体が優しい光に包まれる。
「気配の消し方はさすがだな」
神龍が感心する。
「幼い頃から祖父に体術を教わってますので」
ミルディアがベッドの横に居た。ラグナードはぐっすり眠っている。
「なぜここに?」
「先ほどすれ違ったのですが、気づかれなかったようでしたし、顔色が良くなかったのでつけてきました」
「お前も顔色がいいとは言えないな」
「私は大丈夫です」
「強がっても良いことはないぞ」
神龍が尾を一振りするとキラキラした光が現れ、ミルディアの体に入って行った。
「お前からもらった気で作ったエネルギーみたいなものだ。少しは楽になるだろう」
少しどころか、ずいぶん楽になるのをミルディアは感じていた。
「ありがとうございます」
「力の使いすぎも良くない。命を縮めるぞ」
「それが仕事です」
ミルディアはためらいもなく答えた。
「ほどほどにな。我はお前にも長生きしてほしいのだ」
「ありがとうございます。今日はこれで失礼致します」
ミルディアは頭を下げ、部屋を出ていった。
やれやれ、と言った風情で神龍はそれを見つめていた。
しばらくして目覚めたラグナードは、久しぶりにすっきりした気分だった。
「ミルディアが来ておったぞ」
神龍に言われ、ラグナードは目覚めが良かった理由を知った。
「お前を心配しておったが、あの娘も心配だな。我が身を顧みないと言うのか、大人しそうに装っておるが意外と激しいところがある。少し気にかけてやってくれ」
「わかりました」
と言いつつ、ラグナードは具体的に何をするべきかよくわからなかった。