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2、旅立ちの前に

昨夜はほぼ徹夜だった。

人員の確保、馬や食料の調達、テントや松明等の夜営の準備……やることは山のようにあったが、自分の領地で被害が出ている以上、急ぐ必要があった。

準備が整い少しだけ時間が余ったので仮眠を取ることにした。

すぐに深い眠りに落ちたが、眠りが浅くなったときに昔の夢を見た。

子どもの頃の自分がいた。


「父上、なぜ俺は人と違うのでしょうか」

父親に尋ねていた。

ラグナードには人と違うところがたくさんあった。

1つは、この国の人間には存在しない真っ赤な瞳。

侯爵家の人間でなければ迫害されていたかもしれない。

遠巻きにひそひそされることは数えきれないほどあった。

だが、それに腹が立ったり傷つくことはなかった。

感情の揺れが人より少ないのだ。それも不思議だった。

普通ならもっと悲しんだり辛かったりするのだろうな……と、他人事のように思っていた。

遠巻きにする人を見ても何も感じなかった。くだらない、とさえも。

泣くことも笑うこともほとんどない、子どもらしくない子どもだった。

でもそれは、もしかしたら母と姉を早くに亡くしたことに起因しているのかもしれない。

そして、異常に剣術の才能があった。教える人がいなくなるほどに。


「お前がどんなに人と違っていても、私はお前を愛しているよ」

父親はそう言って抱き締めてくれた。

それは嬉しいと感じたのだが、態度に表れることはなかった。

父親は気づいていただろうか。

赤い瞳と剣術の才能だけではなく、本人の感情のことも含まれていたと。

ただ、子どものラグナードにはそれをうまく説明することはできなかったし、父親の言葉だけで十分だと思った。


「ラグナード様」

声をかけられ、はっと飛び起きた。

「ミルディア様が到着されました」

侍女が告げる。

「ありがとう」

立ち上がりそう伝えたその瞬間、ほんの一瞬びくりと侍女が体を震わせた。

(やはり恐ろしいのか)

ラグナードは思う。


この国では、赤い瞳を持っているのは魔物だけなのだ。

こちらはそんな反応には慣れているし何とも思わないのだが、侍女たちはなかなか慣れないらしい。

騎士団員たちも慣れるのは早かったし、何より陛下は珍しい物が好きなのか懐が深いのか、気に入って側に置いてくれた。

最初から気にせず接してくれる者も少数だが存在する。

そんな人たちには感謝していた。


王宮の外に出て巫女を出迎える。

何度か騎士団絡みで顔を会わせたことはあるが、直接言葉を交わしたことはあっただろうか?

「この度は同行を申し出ていただき感謝致します、聖女様」

ラグナードは騎士らしく跪いてミルディアに頭を下げる。

「名前でお呼びください、ラグナード様。聖女、などと呼ばれるほどの者ではありません」

穏やかな口調でミルディアが答える。


騎士団内で彼女を知らぬ者はいない。

ミルディアはこの国史上初の戦場を駆ける巫女なのだ。

馬術と体術に優れ、巧みに馬を操り魔物の中を掻い潜り、怪我人の元へ駆けつける。

神殿に運ばれるまでに命を落とす者もいたが、彼女が戦場に出るようになってからのここ数年は死者が出ていない。

ミルディアに命を救われた者の中には彼女を女神のごとく崇拝する者もいる。


「便宜上、聖女と呼ばれているだけですから……ただの巫女と何も変わりません」

ミルディアは恥ずかしげに目を伏せた。

この国では、新しい年の始まりとされる春に、国を挙げて盛大な祭りが行われる。

そのとき、国王と国民の前で祝詞を挙げる神殿の代表者が聖女と呼ばれる。

未婚の巫女の中から選ばれ、もう五年以上、毎年ミルディアが務めている。

前年に素晴らしい働きをした者などが推薦されるのだ。


陛下や王妃に媚を売っているからだ、などと陰口を叩く者もいた。

しかし、さきに書いた通りミルディアの活躍はよく知られているし、彼女の働きかけで孤児や貧しい子どもたちのための無償の学校が王都以外でもかなり増えた。

学問を学ぶ王立学院とは違い、読み書きや計算などの生きるために必要なことと、あとは職業訓練に近い。

自立を促すためだ。もちろん、学問を学びたければ進学もできる。優秀な者に限られてはいるが。


ラグナードは彼女が聖女と呼ばれることに納得していたが、本人が嫌なら呼ばないほうがいいだろう。

「では……ミルディア嬢」

驚くほどすんなりと口から言葉が出た。

嬢は未婚女性への敬称だが、様よりくだけた印象を受ける。

(様、のほうが相応しかっただろうか。気を悪くされないか?)

ラグナードは一瞬思ったのだが、

「はい」

と、ミルディアは嬉しそうに微笑んだ。

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