26、神龍は語る・4
「それで……あの日の、詳しいことは……?」
ラグナードは自分の声が震えているように感じた。
「若者はそのしばらく前に仕事を辞め、田舎に帰って子どもを預けて戻ってきたらしい。そのことをお前たち姉弟は知らなかったようだがな」
使用人はたくさんいるし、誰が辞めたの何だのと言う話が幼い子どもたちの耳に入る可能性はかなり低いだろう。
だが、その者が家で働いていたことは知っていたので、ヴィクトリアは疑わなかったのだ。
「そして2人を唆して連れ出した。綺麗な湖と花畑を見せると。外に出られない子どもたちにとって、それはたまらない誘惑だったに違いない。ここで、奴は自身を邪龍に食わせ、代わりに子どもを殺してくれと頼んだ。自分で殺すことはできなかったのか、自身も早く死にたかったのか、わからんがな」
邪龍の言葉に、ラグナードの呼吸が乱れる。
「止めようとしたが、1歩遅かった。お前の姉は、お前だけでも逃がそうとしてお前を突き飛ばした。運悪く、お前は転んで頭を強く打ってしまったがな」
ラグナードは強く自身の胸元を掴んだ。
急激に記憶が甦ってくる。
ラグナードの脳裏にあの日の光景が浮かぶ。
あの日、あの時。
襲い来る邪龍。
こちらに手を伸ばす姉。
「逃げてー!!」
叫んで、自分の胸を強く突き飛ばした姉。
後ろ向きに倒れたラグナードが意識を失う寸前に見たものは、姉の体の半分が邪龍に食いちぎられるところと、差し込む夕日に照らされた姉のラピスラズリ色の瞳が紫色に輝く瞬間だった。
そうだ、だから。
目覚めたとき、最初に目にしたのがミルディアの紫色の瞳で、姉だと思ってしまったのだ。
それで最初に「姉上?」とかすれた声で発したことは思い出した。
その後の記憶は曖昧だ。
大騒ぎになり、再び意識を失い、気づいたときにはそれ以前のことをほとんど思い出せなくなっていた。
「邪龍は我が殺した。折角少しずつ邪気を抜いたのに、生け贄を食ったことで一気に元に戻ってしまった……。邪龍がさらに子どもを殺したのを見て、もう救えぬと思った。もう元には戻せぬと」
神龍が首を横に振った。
「お前の姉のほうは体の大半が失われていたので救うことができなかったが、お前はまだ息があった。なんとか助けようとして、我は自分の力の1部をお前の体内に送り込み、中から治そうとしたのだが……そのとき、思いがけないことが起こった」
「思いがけないこと?」
ミルディアが問う。
「お前の姉は本人も自覚はないが、巫女の素質があったようだ。死して尚お前を守ろうとして、我の力を押さえ込もうとした。お前の体が乗っ取られるのではと危惧したらしい」
「と言うことは……つまり……」
ラグナードが自身の胸を指す。
「そう、お前の姉の魂は、未だお前の中に留まっておる。お前たちを呼んだ理由はそれだ」