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19、出陣

「……これが、私の覚えている全てです」

ミルディアが重い空気を吐き出した。

「トリーのお願いを承諾したことを、後悔しなかった日はありません。もしも、絶対にダメだと私が言っていたら……」

ミルディアは言葉を詰まらせた。

もしも、行かせない選択をしたなら。

もしも、一緒に行っていたなら。

もしも、案内してくれる人の顔を見ていたら。

何が1つでも選択肢が違っていたなら、未来は変わっていたかもしれない。

しかし、失われた命は戻ることはなく、選択肢をやり直すこともできない。

なぜ、ヴィクトリアが死ななければならなかったのか。

ミルディアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

ラグナードはどうしていいのかわからず、見ているしかできなかった。


「……約束した通り、貴女を責めるつもりはない」

フレデリックが言った。

「それに、行くと決めたのも待ち合わせをしたのも娘のしたことだ……貴女に罪はない。自分を責める必要は無い」

フレデリックは力なく笑った。

「……その、待ち合わせていた人物の詳細は聞いたかね?」

しばらく考えてから、フレデリックが尋ねた。

「わかりません。トリーは使用人としか。残念ながら、私は会っていません」

ミルディアはかぶりを振った。


「ラグナ、何か思い出したことはないか? お前はトリーと一緒だったはずだが」

そう言われたが、ラグナードには当時の記憶が全くない。今聞いた話も、我が身に起きたこととは思えなかった。

「いいえ、何も」

ラグナードは正直に答えた。

「まだ4歳だったのですから、仕方ありません。頭を強く打つと、記憶障害が起きることもありますし」

ミルディアはジョシュアに教わったことを思い出しながら発言した。


「頭を打ったせいなのか、あの日からラグナはずいぶん変わってしまった……瞳の色もそうだが、それ以前のことをほとんど覚えていないと言うし、泣いたり笑ったりと言った感情をほとんど見せなくなってしまった。母と姉が亡くなったショックだと思うのだが……」

フレデリックが呟く。


「自分を守るために、強いストレスを感じる記憶に蓋をしてしまうことがあると父に聞きました。でも、瞳の色が変わるのは全く理由がわからないそうです」

そうミルディアに言われたが、ラグナードはまるで他人事のように全くピンと来ない。

「タイラー、当日不振な動きをした者はいたか?」

フレデリックが執事に尋ねる。

「なにぶん15年前のことですし、お祭りの最終日で皆慌ただしかったので、何とも。調べてみますが、どこまでわかるか」

タイラーの答えも何とも心もとない。


しばし沈黙が訪れた。日が傾き始め、お茶はすっかり冷めていた。

「お代わりをお持ちしましょうか?」

タイラーが尋ねる。

「いや、いい。そろそろ夜の準備をしなければ。申し訳ないが、これで失礼します。続きはまた今度」

ラグナードは立ち上がった。

「ご無事をお祈りしておりますよ、ラグナード坊っちゃま、ミルディア様。夜食とお風呂の準備をさせておきましょう」

タイラーが一礼した。

「気をつけて行くように」

フレデリックが2人を見つめる。

ヴィクトリアとミルディアは似ていないが、少なからず娘の成長した姿と重ねているのだろう。

「行って参ります、父上。ミルディア嬢、行きましょう」

ラグナードに促され、ミルディアも立ち上がり、涙を拭ってフレデリックにお辞儀した。

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