1、始まり
現在。
ソリスディエス王国。
外海との交流が少ない、長らく平和を維持してきた島国である。
豊かな海産物と、四季に彩られた農産物、勤勉で器用な国民性がそれを可能にしていた。
海流の関係で大きな船と燃料が必要な為、交易もゼロではないが盛んではない。
それは悪いことではなく、他国に攻めこまれることはなかった。
自然と海産物と農産物は豊かだが、金銀や宝石、燃料などの少量で価値が高い物はあまり取れないため、他国が攻めこんで奪いたいと思うような魅力は無いからかもしれない。
他国の影響が薄く、独自の文化に育まれた職人が作る伝統工芸品は他国で人気が高い。
しかし船の行き来が少ないため、それほど多く輸出できず、他国では高値で取引されるらしい。
又、豊かに湧き出る温泉や他国にはない独特の食文化があるため、旅行先として人気だが、一部の富裕層でないと来るのは難しい。
そして、この世界には3種類の魔法が存在する、
自然界から力を借りる攻撃魔法。
神に近い存在から力を借り、癒しや浄化を行う聖魔法。
そして、悪しき者から力を借りる黒魔法。
魔法を使える人間は少なく、聖魔法を使える人間はさらに少ない。
黒魔法に至っては、その全容は未だ解明されていない。魔物と強い関わりがあるとされている。
どの魔法もだいたい生まれつき使えるかどうか決まっていることが多い。突然魔法に目覚めるような例外もあるが。
攻撃魔法が使える者は騎士団に入って出世が見込める。
聖魔法を使える者は希少なため、巫女として神殿に勤めることが義務付けられている。
攻撃魔法は男女ともに使えるが、男女比率は男性が7割を越える。
聖魔法はなぜか女性にしか使えない。
黒魔法はよくわかっていない。
他国との争いが無いのに騎士団があるのは不思議かもしれないが、この世界には魔物が存在する。騎士団は、この国では魔物と戦うために作られた存在だ。
騎士団の中でも近衛騎士団は王族の守護をするエリート部隊である。
ラグナード・フォン・リーフェンシュタールは、その近衛騎士団に所属していた。
この日、ラグナードは若き国王に呼ばれ、勅命を受けていた。
「君のリーフェンシュタール侯爵領で魔物の被害が出ている。君に全権を委ねるので、魔物退治をお願いするよ」
ラグナードの生家は侯爵家で、豊かな領地を所有している。
「私が、ですか?」
ラグナードは別に自分でなくても良いと思ったのだが、
「ついでに久しぶりに里帰りしておいで。君が自分の家に泊まれば経費も多少なりとも浮くわけだし、家族も喜ぶし、良いことしかないだろう?」
国王は人好きのする笑みを浮かべる。
ウィルフレッド陛下は、年は30になったばかりだ。
落ち着いたモカブラウンの髪に明るい緑色の瞳。爽やかな好青年風の見た目だが、中身は煮ても焼いても食えない古だぬき、と言うのがラグナードの評価だ。
この見た目に騙されて煮え湯を飲まされた人間を、ラグナードは何人も知っている。
だが、そうでなければ一国の王など務まらないのだろう。
「里帰り……」
ラグナードは小さく呟いた。
父と異母弟には会いたいが、異母弟は上流階級の子が通う王立学院の寮住まいだ。休暇の時期ではないので家にはいない。
継母とは仲が悪いとは言わないが、親子のように打ち解けてるとも言えない。
悪い人ではないが、お互い気を遣うのであまり会わないようにしていた。
騎士団員たちと一緒に夜営してもかまわないのだが、と考えていると、
「もう君の父上には話を通してるよ。しばらく帰ってないだろう? 積もる話でもしておいで」
と、あっさりその考えを打ち砕かれた。相変わらず抜け目の無い人だ。
「それから、今回は巫女のミルディアが同行してくれる。よろしく頼むよ」
「聖女様が、わざわざ足を運んでくださるのですか?」
ラグナードは少し驚いた。
「怪我人が出る可能性があるなら同行すると申し出てくれた。有り難いことだよ。失礼の無いように、侯爵家でもてなしてくれ」
陛下の言葉は決定事項だ。
「御意」
ラグナードは承諾するしかなかった。