49.帰国する姉
送迎会となってしまった夜会の翌日。
アズリエールは帰国する姉を見送る為、来客用の馬車が停留する広場にいた。
そこでは使用人達が、姉の荷物やアズリエールやマリンパール王家が用意したお土産等をせっせと馬車に詰め込んでいる。
どうやら王妃テイシアが用意した大量のドレスと、王太子妃ハルミリアが用意したお菓子の詰め合わせが多すぎで、荷造りに手間取っているようだ……。
その様子を苦笑しながら眺めている姉にアズリエールが声を掛ける。
「ユリー……何もそんなに急いで帰らなくても……」
この間、アズリエールと言い争いの末、和解した姉は何故か早々に帰国する事を決意した。だが、折角和解したのだから、もう少し滞在すればいいのでは……とアズリエールは思ってしまったのだ。
しかし、姉の方は何やら気まずそうな表情を浮かべた。
「実はね……こちらへの訪問は、本当にお父様とアレク様に猛反対されていたのをかなり強引に押し切って来てしまったの……。だから、ずっとお二人から帰国するようにお手紙で催促が来ていて……」
やや情けない表情で姉が苦笑する。
すると、アズリエールもつられて苦笑した。
お互い同じような表情を浮かべると、まるでで鏡に映った自分を見ているような不思議な感覚になるのは、もう幼少期からお馴染みな事だ。
「そういえば……ずっとアレク兄様から近況報告して欲しいって、私の方にも手紙が来てた」
「ちゃんとお返事は書いたの?」
「それが……ここ二カ月は色々な事で頭がいっぱいで、すっかり忘れてた……」
「まぁ……。きっとアレク様は、とてもご心配なさっているわよ?」
「ユリーが、それ言っちゃうの……?」
「ふふ! そうね。その心配の元凶は、私だものね!」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、姉がコロコロと笑う。
以前は、どこか演技ががったその笑い方は、今ではすっかり本来の姉らしいものに戻っている。
すると姉が微笑しながら、急に真面目な表情を浮かべた。
「私ね、サンライズに戻ったら、エリックに会おうと思うの」
その姉の言葉にアズリエールが、驚きの表情を向ける。
エリックはアズリエール達の幼馴染の中で一番年上で、一番姉の事を気に掛けてくれていた少年だ。
アズリエールがリックスと婚約を解消した際には、誰よりも早く姉の行動の意図に気付いていたようで、「ユリーを許してあげて……」と、姉を擁護するような事を言っていた人物でもある。
「エリックとは……あまり会っていなかったの?」
「ええ。だって彼は……私に対する愛情が他の男性とは違っていたから……」
そう呟くと、何故かユリアエールは俯いてしまった。
「違うって……どんな風に?」
「だってエリックだけは、私がどんなにアズに酷い振る舞いを行っていても、絶対に私の事を責めなかったから……。逆にそれが、自分の全てを見透かされている様で怖くて……。だから私の方からワザと距離をとっていたの」
「一番ユリーの事を分かってくれていたのは、妹の私よりもエリックだったからね……」
「そうかしら? 私にとっては一番私を分かってくれるのは、やはり双子の妹でもあるアズだと感じるのだけれど?」
「あのね、ユリー。確かにユリーの事を何でも知っているのは、この世で一番ユリーに近い私だと思うよ? でもね、それはあくまでもユリーの個人的情報部分だけなんだよ。だから、私はユリーの気持ちまで、全てを把握は出来ないの。だけど世の中には、口にしなくても何故か自然にその気持ちを察してくれる相手が誰でも存在していると思う。自分が辛い時や悲しい時、助けて欲しいけれど助けを求められない時にそれに気付いてくれて、さり気なく手を差し伸べてくれる……そういう人。エリックはユリーにとってそういう人なんだと思うよ? それは、多分エリックが、ずっとユリーの事を見守ってくれていたから、すぐにユリーの気持ちの変化に気付く事が出来るんだと思う」
「でも、私はそれが怖かったの……」
「それは……自分の心の中にある不安を知られてしまう事が?」
「いいえ。私にうっかり気持ちを受け入れさせようとする彼の存在が怖かったの……」
その姉の考えにアズリエールが、困った表情を浮かべた。
「受け入れたいと思ったのなら、受け入れてしまえばいいと思うのだけれど……」
「彼の気持ちを受け入れたとしたら、その後はどうなると思う? 彼が私に抱く思いは、愛しいという気持ちのみではないでしょう? エリックの中にも必ずあの恐ろしい獣が存在しているもの……。私は、彼の中にその存在を確認したくなかったの……。でも気持ち部分で繋がってしまったら、絶対に彼の中の獣は目を覚ます……。そうなる彼を私は見たくなかった。だから、彼との交流を断ったの」
「ユリー……」
どうやら7年前のあの出来事は、姉に男性に対する異常な嫌悪感を植え付けただけでなく、姉から男性と恋に落ちる権利までも奪ったようだ……。
どんなに思いが通い合っていても姉がその相手に体を委ねる事は、今の状態では不可能に近い。
だが、相手にそれを求められたら姉の中でのエリックは、一瞬で汚らわしい存在へと成り下がる。
頭の中では、どんなに姉がエリックの誠実性を理解していても……だ。
信じたくても信じられなくなる未来しかない姉は、エリックから逃げる事が最善策だと結論を出したのだろう。
その選択しか出来なかった姉の状況にアズリエールの心がズキリと痛む。
「でもね、オルクティス殿下とお会いしてからは、少し考えが変わったの」
「オルクと?」
「だって殿下は、常にあなたを待つ姿勢でいらっしゃるから……」
「私を待つって……私、オルクに何を待たせているの?」
「気持ちよ」
そう言われてもアズリエールには、姉の言っている事がピンと来ない。
そんな妹の反応に姉が苦笑する。
「今は分からないと思うけれど、これからここで過ごす三年間で、きっとアズは殿下が何を待たれていたかを思い知らされると思うから……。でも出来れば私が迎えに行く三年後までは、今のアズのままでいてね?」
「お、思い知らされるって、穏やかじゃないんだけど……。私、大丈夫なの!?」
「大丈夫よ。だってアズの方でも殿下のその考えが甘かった事を後悔させる必殺技を持っているのだもの。それでこの三年間、完膚なきまでに殿下を苦悩させてね?」
「待って! よく分からないのだけれど……。オルクに何かを思い知らされたくなかったら、私もオルクに対抗して必殺技を使えって事!? そもそもその私の必殺技って何!?」
「私と一緒の『あざとさ』よ」
「いや~……オルクは、あまり私のあざとさは効かないと思うよ? そもそも私も使いどころが、よく分からないし……」
「確かに使おうとしてしまうと効果がないわね……。ならばアズは自然体でいればいいわ。そうすれば勝手に殿下が、アズの必殺技を受けられて苦悩してくださるから」
「ええ!? オルクが自発的に!?」
アズリエールが素っ頓狂な声を上げると、近くから靴音が響いてきた。
その方向に目を向けると、姉の見送りに顔を出しに来てくれたオルクティスが姿を現す。
「ユリアエール嬢、申し訳ないのですが、別れ際に妹君に不穏な入れ知恵をなさるのは、ご遠慮頂きたいのですが……」
「これは失礼致しました。ですが、これからわたくしは三年間も傍観する事に徹しなくてはなりませんので、これぐらいの策をこうじる権利はあるかと……」
「あなたと同じくらいあざとい妹君にその必殺技を繰り出されては、私の忍耐力が持ちません。ユリアエール嬢は、私にあなたとのお約束を反故させたいのですか?」
「その場合、サンライズ国に支払う賠償額は、大変になってしまいますわね……」
「そうなると、責任問題の関係で必然的に妹君が私の手に即落ちる事になりますが、よろしいのですか?」
「それは困りますわね」
初対面時にも感じさせた穏やかな雰囲気を醸し出しながらのピリピリした会話を始めた二人を目の前にして、今更ながらアズリエールがある事を思う。
この二人は絶対に相性が悪い……と。
そんな呆れ気味な視線を二人に向けていたら、いきなり姉が抱き付いてきた。
予想していなかった姉の行動にアズリエールが驚くが、その事を気に留めない姉は、そのままアズリエールの首筋辺りに顔を埋めてきた。
「アズ、元気でね……。嫌な事があったら、すぐにアレク様にお手紙を出して帰って来ていいからね?」
「ユ、ユリー……」
「そうならぬように私が全力で妹君をお守り致しますので、ご心配なく」
「わたくしとしては、殿下が妹の傍にいらっしゃる事が一番の心配なのですが……」
「そう言って頂ける事は、ある意味とても光栄ですね」
首に巻き付きながら、再びオルクティスと嫌味の応酬を初めてしまった姉にアズリエールが盛大にため息をつく。
「もう! 二人共、お別れの時ぐらい仲良くしてよ!!」
「そうね」
「ごめん、つい……」
反省した様子のオルクティスと違い、姉はどこか悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべていた。
その反応にアズリエールがむくれると、再度姉がぎゅっとアズリエールの首にしがみ付く。
そして耳元で一言、そっと囁いた。
「アズ……。今まで本当にごめんなさい……」
その小さな囁きにアズリエールの瞳に涙が溜まり出す。
そんな妹の首筋に姉が懺悔するかのように顔を深く埋めた。
「私の方こそ、ごめん……。ずっと、ずっとユリーの苦しみに気付いてあげられなくて……」
そう言ってアズリエールが姉の背中に手を回す。
恐らく第三者から見た場合、妹の婚約者や縁談相手を奪うような行動をした姉の方を責めるだろう。しかしアズリエールは、姉が心に受けた傷の深さに気付けなかった自分の方が罪深い気がしてならない。
アズリエールには、あの事件の後、多くの人に支えて貰える機会が得れていたが、姉は誰にも打ち明けられずに一人で抱え込む事しか出来なかったのだから……。
その事を考えると、姉を責める事などアズリエールには出来なかった。
すると姉がそっとアズリエールから体を離し、アズリエールの顔を覗き込む。
そしていつの間にか零れてしまったアズリエールの涙を指で優しく拭った。
「アズはこちらに来てからは、すっかり泣き虫になってしまったわね……」
「そうみたい……。逆にユリーは強くなったよね……」
「ふふ! そうね」
すると、荷造りをしていた従者から声が掛かる。
「ユリアエール様、出発の準備が整いました!」
「ありがとうございます」
荷造りをしてくれた使用人達にお礼を言ったユリアエールは、再びアズリエールに向き合い、その両手を手に取った。
「アズ、風巫女のお仕事、頑張ってね」
「ユリーも……。早くエリックと和解出来るといいね」
アズリエールのその言葉に一瞬驚くも姉は、ふわりと優しい笑みを浮かべた。
そしてそっと手を放し、馬車へと乗り込む。
「それでは出発いたします」
御者の声と同時に馬車が動き出した。
その動きに合わせるようにアズリエールが、ゆっくりと小走りし出す。
「今度は私からも手紙たくさん書くからー!! 楽し事も、嬉しい事も、悲しい事も……。全部、書くからー!!」
小さくなって行く馬車に手を振りながら叫ぶと、それに応えるように姉が馬車から手を振り返しす。
それが見えなくなるまで、アズリエールはずっと手を振り続けていた。
次が本編最終話になります。




