46.妨害行為の真意
続·修羅場です。(^^;
「お願いだから……。私を救う為にあなたのお気に入りの王子様を私に譲って?」
あまりにもあからさまな言い方をされた姉の要望が、すぐには理解出来なかったアズリエールは、茫然としたまま姉を見つめ返した。
「アズ、お願い……」
更に懇願し続けてきた姉の声で、やっと我に返ったアズリエールは、まるで信じられないものを見つめるようにゆっくりと首を振り始める。
「ダ、メ……。今回だけは……今回だけは絶対に譲れないっ!!」
叫ぶようにその要望を突っぱねると、姉の顔が酷く歪んだ。
「どうして!? だってアズはオルクティス殿下に恋愛感情を抱いている訳ではないのでしょう? アズにとってオルクティス殿下は、とても気の合う友人と言う感覚ではないの!?」
すると、何故かアズリエールが動きを止めた。
その姉の言葉でアズリエールは、今まで自分の中にあったオルクティスに対しての違和感の正体が、徐々に見えてくる。
『気の合う友人』
確かについ最近までオルクティスに抱いていた感覚は、これが一番しっくりくる表現だ。
しかし、今現在では?
友人……というには、オルクティスによって満たされる事が、アズリエールには多過ぎる。
かと言って想い人と言うには、アズリエールがオルクティスに抱く思いの熱量は少ない。
ならば、自分にとってのオルクティスとは、どういう存在なのか。
自分自身が分からない状態で、姉を諦めさせる為の説得など出来ない……。
そう考えたアズリエールは、必死になって自分がオルクティスに抱いている感情何なのかを探り始めた。
しかし、その答えは姉によって、あっさりとアズリエールの中に落ちてくる。
「友人という存在なのに……どうしてアズは、そこまでオルクティス殿下との婚約に執着するの!?」
自分がオルクティスに執着している……?
姉のその言葉で、アズリエールの目の前が一気に開ける。
どうしてすぐに気付けなかったのだろうか……。
隣を誰にも譲りたくないと思ってしまった時点で、それはもう周りが見えない程の独占欲がむき出しになっている状態だ。その事に気付いた瞬間、アズリエールは無意識で口を開いていた。
「友人じゃない……」
「え……?」
「オルクは、私にとって友人じゃない……。友人なんて枠じゃ収まりきれない!!」
「ア……ズ……?」
急に何かを悟ったようなアズリエールの様子にユリアエールが息を呑む。
だが自分の気持ちを自覚したアズリエールは、逆に動揺した姉を問い詰め出した。
「ユリーこそ、どうしてオルクと婚約する事にそこまで執着するの? オルクを好きになったと言っていたのに……ユリーの方が全くオルクに恋愛感情なんて抱いていないでしょ!!」
「そんな事ないわ! 少なくともアズよりは――」
「嘘付かないで!! さっきオルクが今までの私の縁談相手の中で一番私を大切にしているように見えたから、自分も大切にして貰えるはずだって言ってた……。そこにはオルクに対するユリーの気持ちなんて、少しもないじゃない!!」
「アズだってそうじゃない!! オルクティス殿下の婚約者でありたいのは、一緒にいると居心地がいいからでしょ? 一番楽な自分でいられる相手というだけで、婚約者という立場に執着してるだけじゃない!!」
「私は違う!! ユリーみたいに大切にしてくれそうな人なら、誰でもいい訳じゃないもの!! 私は……私の場合は、隣にいてくれる人がオルクじゃないと絶対にダメなんだから!!」
そのアズリエールの叫ぶ様な訴えにユリアエールの表情が、一気に歪む。
「どう、して……? だってさっきアズはオルクティス殿下に恋愛感情なんて抱いていないって言ってたじゃない!!」
「これが恋愛感情なのか、そんなの自分でもよく分からないよ!! でも……私にとってオルクは一番近くにいて欲しい人なの……。だから、いくらユリーに頼まれても今回だけは譲れない……。絶対に譲りたくないの!!」
7年前の事件の罪悪感から、ずっと自分の事を優先で動いてくれていた妹が、今回に関しては頑なに譲ろうとしない様子にユリアエールが驚きの表情を浮かべた。
だが、それはすぐに悲しみに満ちた表情へと変わる。
「アズは……7年前の事で、私に対して何も責任は感じていないの……?」
その一言で、アズリエールは急に勢いを無くし、一気に顔色を青ざめさせる。
「自分だけ一緒にいたいと思える男性と結ばれて、幸せになってしまうの?」
「それは……」
「そんな事、私が許せると思う? 私が男性不審になったのは、あの事件が原因なのに? そしてその切っ掛けを作ったアズなのに?」
「…………」
「アズだけ幸せな結婚をするだなんて……そんなの絶対にさせない。アズはずっと私と一緒に過ごすの。私がちゃんと安心して身を任せられる男性と出会えるまで、ずっと……ずっと一緒に過ごすべきではないの?」
そう言って、ふわりと微笑む姉の様子に再びアズリエールの瞳に涙が溜まり出す。
「ユリーは……そんなに私の事が許せないの……?」
「もし……アズが私の立場なら許せた?」
「私の事が許せないから……私とリックとの婚約を解消させたの? ノリスにもあの事件の詳細を話したの? 破談になった縁談相手の人達にもユリーは、故意で気がある様な素振りを見せたの……?」
アズリエールのその問いにユリアエールが、優雅に微笑む。
「テイシア様にマリンパールに招待して貰える様にお手紙のやり取りをしたのも……風巫女の仕事を手伝って海兵騎士団の人達と仲良くなっていたのも……」
震えながら段々と声が小さくなるアズリエールとは対照的にユリアエールの笑みが、どんどん深まる。
「オルクとの婚約を妨害しようとしたのも……自分がオルクの婚約者になりたかったんじゃなくて、ただ私の婚約を壊したかっただけ……?」
唇を震わせながら青い顔でアズリエールが問うと、ユリアエールが目を細めて笑みを深める。
「ええ、そうよ。全部その事だけを目的にして、今までアズの婚約や縁談を妨害していたの。今回もアズとオルクティス殿下の婚約が決まってから、すぐにこの計画を立てたわ」
「どう、して? どうして、そこまでして――っ!!」
するとユリアエールが、ニッコリと微笑む。
「だってアズだけが幸せな結婚をするだなんて……絶対に許せないもの」
そう言って天使の様な笑みをふわりと浮かべた姉の表情にアズリエールが愕然とする。
その一言から姉がこの7年間抱えていた闇が、どれだけ深かったのか……改めて痛感してしまったアズリエールは、小さく震えだす。同時に自分の顔がクシャリと歪むのを感じながら、アズリエールはボタボタと涙をこぼし始めた。
「ごめ、ん、ユリー……。本当に、本当に……ごめんなさい……」
柔らかい笑みを浮かべながら、静かに怒りを伝えてくる姉にアズリエールは何度も謝罪する。
謝っても許される事ではない……。
それが分かっていても、謝らずにはいられなかったアズリエールは、大粒の涙を零しながら、ずっと両手を掴んだままの姉の手に額をこすりつける。
すると、姉が優しくその手をほどき、アズリエールの両頬を挟む様にして顔を上げさせた。
「私の方こそ、ごめんね……。頭ではアズは悪くないって、ちゃんと理解はしているのよ? でもね、それでも私の中の怒りと後悔は、いつまで経っても消えないの……。だからね、もしアズが、あの事件に関して本当に責任を感じてくれているのならば……」
そう言ってジッとアズリエールの顔を覗き込む。
「オルクティス殿下に婚約を解消して貰った後、ずっと私の側にいて貰いたいの」
姉のその要望にアズリエールが、怯えるように目を見開く。
「私は別にオルクティス殿下との婚約を望んでいる訳ではないわ。私が望んでいる事は……アズが誰とも結ばれず、ずっと私の傍に居てくれる事なの」
ゆっくりと、優しく言い聞かせるように告げられたアズリエールの瞳から、再び涙が零れ始める。
「そんなに……私が誰かと幸せになる事が許せない……?」
「幸せと言うか……私はアズが誰かと結婚する事が許せないの」
最後の言葉を強調してきた姉の意志の強さを感じてしまい、再びアズリエールが拒む様にゆっくりと首を振る。それに合わせるようにユリアエールの唇がゆっくりと弧を描き出す。
「大丈夫、凄く簡単に婚約は解消出来るはずだから。だって殿下のお気に入りのアズが直接、婚約解消をお願いすればすぐに受け入れてくれるでしょ? それに風巫女の件は、隣国の王族にこちらから婚約解消をお願いしたお詫びとして、私達二人を一人分の派遣費用で力を貸す事を提案すれば、マリンパールにとってはかなりのメリットになるから、王家の方でもすぐに受け入れてくれるはずよ?」
まるで美しい悪魔が囁くように姉が甘い笑みを浮かべながら、アズリエールの耳元に唇を寄せる。
それを拒むようにアズリエールが体を離そうとしたが、両手を姉に掴まれ阻まれてしまう。
そんな姉を怯えるように見つめ返したアズリエールは、ゆっくりと首をふる。
「い、や……」
「どうして? 派遣巫女としてこちらに滞在すれば、いつでもオルクティス殿下には会えるのだし、私ともずっと一緒にいられるのよ?」
「嫌っ!! 私は……私はオルクの婚約者でいたい!!」
アズリエールが姉の手を振り払おうとしながら、その提案を拒否する。
そんな妹をユリアエールは、射貫くように真っ直ぐ見つめた。
「アズは7年前の事で、ずっと罪滅ぼしが出来る機会を探していたのではないの?」
「――――っ!!」
「アズだって、もうあの事件の罪悪感から解放されたいでしょ?」
「わ、私……」
「もしこの提案をアズが受け入れてくれるのなら、私もあの忌まわしい事件の事は一切蒸し返さない。だってアズが、ずっと一緒にいてくれるのなら不安なんて抱かないもの」
「ユリー……」
「ね? だからこの後、オルクティス殿下に婚約解消のお話を少しずつ進めてくれないかしら?」
まるで真綿で首を絞めるように穏やかな微笑みを浮かべながら、アズリエールを追いつめてくる姉。
その異常なまでの自分への執着心にアズリエールは、恐怖から言葉が出て来ない……。
青ざめたまま、ゆっくりと姉を見つめ返すと、更に優しく微笑まれる。
「アズ、お願い」
今日だけで何度言われたか分からない姉からの『お願い』に対して、アズリエールは唇を震わせながら、ゆっくりと口を開きかける。
だがそれは、急に割り込んできた声に阻まれた。
「申し訳ありませんが、そのような重要なお話は、まずこちらに話を通されてから、進めて戴きたいのですが?」
すると、ここにはいないはずの低い声の主が、二人の後ろで赤い薔薇を咲き誇らせている生垣の影から、何故か姿を現す。
その声はユリアエールの体を強張らせ、アズリエールには救いのような安堵感をもたらした。
「オルクティス殿下……」
ユリアエールが小さく呟くと、オルクティスが上品な笑みを浮かべる。
だが、その瞳は鋭い光を宿しており、穏やかさ等は一切感じられなかった。




