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妖精巫女と海の国  作者: もも野はち助


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42/50

42.母と息子の攻防

今回も7000文字近くあります……。

本当、すみません!

 ハルミリアに肩を抱えられながらアズリエールが退室した後、室内に一人残ったテイシアは、眉間に皺を深く刻んだまま側使いの侍女に声を掛ける。


「悪いのだけれど、今すぐオルクをここへ呼んで頂戴。その際、わたくしに()()()()渡し忘れているアズリルの資料を持ってくるよう伝えてね」

「かしこまりました」


 指示を受けた侍女が早々に部屋を退室して行いくと同時にテイシアは、大きく息を吐く。


「全くあの子は……。何てタイミングが悪いのかしら……」


 オルクティスが資料をテイシアに渡さなかったという事は、そこにはアズリエールにとってマイナスになる事が書かれていたのだろう。そしてそれを敢えて提示してこなかったのは、オルクティスがアズリエールとの婚約を強く望んでいるからだ。

 それはテイシアからすれば、普段のアズリエールに対するオルクティスの接し方を見れば、一目瞭然なのだが……肝心のアズリエールの方が、珍しくその事に気付いていない。

 そもそもオルクティス自身が、敢えて恋愛的な好意と友愛的な好意の判断が付きにくい絶妙な匙加減でアズリエールに接しているので、それも原因の一つなのだろう。


 もしアズリエールが、オルクティスの好意が恋愛的な意味合いを持っているものだと気付いてしまった場合、一気に距離をとる選択をする事は明らかだ。

 真面目なアズリエールは、婚約前に出された『巫女力を維持ずる関係』を必死で守り通そうとするはずだ。

 それは彼女自身が利便性の高い巫女力を失いたくないという理由よりも、マリンパール国の利益の為にという考えで、その選択をする可能性が高い。


 そんな自身の利益よりも周りの利益を優先してしまうアズリエールの性格を考慮してのオルクティスの接し方は、ある意味タチが悪い外堀の埋め方だ。

 ジワジワと甘い接し方で無自覚にアズリエールを少しずつ溺れさせ、気付かれないように彼女の中で自分の存在を大きくしていく。

 一番安全な存在だと思わせながら、ゆっくりと攻め入るその懐柔の仕方は、まるで時間をかけて確実に獲物を仕留めようとしているハンターの様だ……。


 世間的には紳士的な評価が高い息子だが、母の目は誤魔化せない。

 常に相手を気遣う事に定評のある息子は、実は自分の欲しいものに関しては一切妥協する事なく、確実に手中に収める動きを水面下で静かに行う狡猾な部分を持っている。

 それをあの温厚そうな振る舞いと、落ち着いた雰囲気が見事に隠しているのだ。

 だがその自分の性質をオルクティスが、自覚しているかは不明だ。どうも無自覚でそのように振舞っている節がある。


 そもそもオルクティスが公務の案件以外で、そのような執着を見せた事がないので、恋愛感情が絡んだ際の動きは予測出来ないのだ。

 だからなのか、二人は対人スキルが高い者同士にも関わらず、相手を無駄に気遣いし過ぎるせいで恋愛的な進展がしづらいようだ。


「あの二人の場合、周りの空気を読む事に特化し過ぎなのよね……」


 周りの空気を読む事に集中し過ぎて、自分の中に生まれた感情になかなか気付けない二人……。

 だがアズリエールと違い、オルクティスの場合は気付きさえすれば、即座に行動に踏み切るタイプでもある。

 ここ最近の息子が婚約者に対して過保護気味な事と、やたらとスキンシップが目立つ事に関してテイシアは、すでに気づいていた。

 それ故に今からやって来るオルクティスからは、かなり責められる事を覚悟しなければならない。


「わたくしだって、早くアズリルをデレデレに甘やかしたかったわよ……」


 そうポツリと呟いたと同時に扉がノックされ、テイシアは盛大に息を吐いた後、扉に向って入室の許可を出した。

 すると、仮面を張り付けたような無表情のオルクティスが部屋へと入ってくる。

 その様子に呆れながら、テイシアから声を掛けた。


「随分、来るのが遅かったわね?」

「ええ。こちらに伺う前にアズリルの部屋に寄ったので」


 無表情ながらも凍てつくような視線を向けてくる息子にテイシアの呆れ顔が、更に深まる。

 恐らくオルクティスは、テイシアからの呼び出しからアズリエールに何かあったと先読みし、まずは彼女の様子を確認したのだろう。すると、自室でハルミリアに宥めながら泣きじゃくるアズリエールがいた為、この様な態度になっていると思われる。

 そんな抗議する気満々のオルクティスだが、それはテイシアの方も同じだ。


「母上、先程までアズリルとお茶をされていたと思いますが、一体彼女に何をされたのですか?」

「その前にあなたは、わたくしに隠していた物があるかと思うのだけれど?」

「質問に答えては頂けないのですね?」

「あなたが隠蔽した資料を見せてくれるのであれば、答えてあげるわ?」


 敢えて好戦的な対応をしてくる母にオルクティスが、無表情のまま手に持っていた数枚の書類をテイシアに手渡す。

 そしてそのまま向かいの席へと、ドサリと座った。

 あまり苛立つ素振りを見せない息子にしては珍しい振る舞いだが、テイシアは気にせず、手渡された資料へと順々に目を這わせていく。

 だがその行動はすぐにピタリと止まり、そのままテイシアは瞳を大きく見開いた。


「なっ……! ちょ、ちょっと! オルク、あなたなんて重要な情報を隠蔽していたの!!」

「重要ですか? 確かに母上が今回アズリルになさった事を考えると『知らなかったの。ごめんなさい』では済まないレベルになってしまったので、これは重要な情報だったかもしれませんね?」

「わ、わたくしだってこの事を知っていたら、今回のような方法であの子を試す事はしなかったわ!」

「私もまさか母上が、わざわざ姉であるユリアエール嬢をこちらに呼び出してまで、徹底的にアズリルの吟味に利用する事を企ていただなんて夢にも思っておりませんでした」


 無表情で淡々と嫌みを繰り出す息子の様子から、かなり腹を立てている事が分かり、一瞬だけテイシアが怯む。

 だがその反応は、当然だろう。

 何故ならオルクティスから受け取ったアズリエールの身辺調査資料には、過去に姉のユリアエールが原因で婚約解消が1回、縁談が8回も流れた事が記されていたのだ……。

 その事を今知ってしまったテイシアは、唇を噛み締めた。


「本来なら、この情報は必要のない物です。婚約と縁談が破談となった事に関して、アズリルには一切非はなく、尚且つ姉君のいないマリンパールでは警戒する必要もなかったのですから。ですが、母上は()()()()()()()()()()()()()その脅威をこちらに呼び出してくださいましたよね?」


 明らかに一部分を責めるように強調した言い方をしてきた息子にテイシアが、グッと息を詰まらせる。


「し、仕方がないでしょ!? 知らなかったのだから……」

「ですから、何故勝手に相談もせずにユリアエール嬢を招いたのかと、お聞きしているのです」

「だ、だからそれは……相談したら止められるかと……」

「止めるに決まっているでしょう!!」


 久しぶりに感情的になった息子の返しにテイシアが一瞬、ビクリと体を強張らせた。

 だが、このような結果を招いた事に関しては、調査資料を一部渡さなかったオルクティスにも責任はある。


「そもそも! あなたがアズリルの身辺調査の資料を全てわたくしに開示していれば、こんな事にはならなかったわ! 必要がないにしても報告として挙がってきたのなら、わたくしにも見せるべきでしょう!」

「母上にお渡しすると悪用される可能性があった為、敢えて控えさせて頂きました」

「その結果、状況を知らないわたくしがアズリルを予想以上に追い込んでしまったじゃないの!」

「まず、その『追い込む』という行為をなさろうとした部分が問題なのです」

「仕方ないでしょ!? だってあの子、あなたと同じタイプだから、少し追い込むような状態に持って行かないと、他人に対して自分自身を上手く出せない子じゃない!」

「母上がそれを確認される事自体が、間違っているのでは? それは婚約者である私が引き出す部分です」

「わたくしだって、早くアズリルと打ち解けたかったのよ!!」

「むしろ、今回の事で嫌われたのではないですか?」

「あの子は、そんな心の狭い子じゃないわ! 嫌な事を言わないで頂戴!!」

「一応、嫌われてしまうような事をなさったご自覚はあるのですね」

「…………」


 普段は従順で物分かりの良い息子なのだが、口論となった場合は憎たらしい程、口が立つのは一体誰に似たのだろうか……。

 そんな事を思いながら、テイシアがオルクティスを睨みつける。

 すると、オルクティスが呆れたように小さく息を吐いた。


「それで母上は、先程どのような手を使って、アズリルをあそこまで泣かせたのですか?」

「結局、その話に戻るのね……」

「資料をお渡ししたら、話して頂けるお約束です」

「もう大体は、何があったか予想は付いているのでしょう?」

「ええ、まぁ」

「それを分かってて確認するだなんて、本当に嫌な子ね!」

「息子の婚約者に『あなたのお姉様の方が気に入ったから、婚約者を変更するように息子に頼んで欲しい』と、未来の嫁をいびるような事を平気で口にされた母上の方が、人間性を疑いたくなりますが?」

「ああ!! もう!! あなたは本当に子供の頃から怒ると扱いが面倒になるわね!?」

「でしたら、あまり私を怒らせないでください」

「分かってるわよ……。今回は全面的にわたくしの落ち度だわ。心より謝罪します」

「私にではなく、アズリルになさってください」

「当たり前でしょ!? 先程、心の底から懺悔する気持ちで謝罪したわよ!!」

「母上、アズリルは優しいので許してくれたと思いますが……。でも、嫌われていないとは限りませんよ?」

「本っ当、嫌な子ね!!」


 感情的になりながら抗議の声を上げるテイシアとは違い、淡々とした口調で、いちいち揚げ足をとるように反論してくるオルクティス。

 久しぶりに反抗的な態度をあからさまにする息子の様子から、今回はかなり腹を立てている事が窺える。

 流石に自分が失態を犯してしまった事もあり、テイシアが観念するように冷ややかな視線を向けてくる息子が、一番知りたがっている事をやっと口にした。


「あの子、わたくしにハッキリと断言したわ。あなたに直接断られない限り、あなたの婚約者でありたい――と」


 すると、刺すような視線を向けていたオルクティスの瞳がゆっくりと見開かれ、いつもの穏やかな光が返ってくる。それを確認したテイシアが、意地の悪い笑みを浮かべてきた。


「良かったわね。アズリルの前婚約者のようにあなたは、簡単に切り捨てられなくて」

「母上。一言、余計です」

「あら、ごめんあそばせ」


 一切、悪びれずに謝罪する母にオルクティスが、やや冷ややかな視線を向ける。

 そんな息子を揶揄うように不敵な笑みを浮かべていたテイシアだが、すぐにその表情は曇り出す。


「後はアズリルがお姉様にも、そのように断言出来ればいいのだけれど……」


 ポツリと溢すように呟かれたテイシアの言葉にオルクティスの表情も渋くなる。


「母上は……何故ユリアエール嬢が、あそこまで徹底してアズリルの婚約を妨害するのか、何か気付かれた点はございませんか?」

「今までこの情報をわたくしに隠蔽していたあなたが、それを聞くの? そんな事、分かる訳ないでしょ?」

「そう……ですよね」


 明らかに落胆した息子の様子に呆れるようにテイシアが息を吐く。


「ただ……彼女のアズリルに対する接し方から見ると、7年前の事件で受けたトラウマの恨みという訳では無さそうよ?」

「え……?」

「だって、もし恨んでいるのなら、あんな風にアズリルにはベッタリにはならないでしょう?」

「ですが……」

「だからと言ってアズリルに異常な独占欲を抱いているようにも見えないのよね……」

「そうでしょうか……。私には、かなりアズリルに執着しているように見えるのですが……」

「『執着』……ね。確かにそう見える時もあるけれど……わたくしからすると、ユリアエール嬢は何かから必死でアズリルを守っている様にも見えるのよ」

「何かから守る? 一体何から……」

「それが分からないから、彼女が急にあなたに興味を持ち出すような素振りを始めたのか謎なのでしょ!? あなたこそ、ここ最近のユリアエール嬢に猛烈にアプローチをされているのだから、何か気付かないの!?」

「簡単に言わないでください……。長く過ごしていた双子のアズリルでさえ分からない事を私が、気付ける訳ないではありませんか。そもユリアエール嬢は、アズリル以上に自身を隠す術をお持ちのようなので、そう簡単には心の内は悟らせてはくださらないと思いますよ?」

「そうなのよね……。わたくしもこちらに招く前のお手紙のやり取りをしていた頃から、彼女が何故妹であるアズリルの婚約に強い興味を持っていたのか分からず終いだったわ……」


 母と息子が思わず同時に考え込んでしまい、部屋が一瞬だけ重苦しい雰囲気で静まり返る。

 すると、テイシアが思い付いたように口を開いた。


「ねぇ、オルク。もしユリアエール嬢から直接、あなたの婚約者になりたいと告げられたら、あなたはどうするの?」

「丁重にお断りしますね」

「では、アズリルにお姉様と婚約して欲しいと言われたら?」

「そのような事はまず無いかと思いますが、その場合はアズリルを説き伏せ、考えを改めて貰います」

「あなた、相当アズリルの事を気に入っているのね……」

「それは母上も同じでは?」

「当たり前でしょ! あのような容姿にも恵まれ、尚且つ献身的で社交性の高い貴重な嫁を逃す訳にはいかないじゃない! オルク、もし取り逃がしたら絶対に許さないわよ!?」

「今まで妨害紛いの事をされた母上が、それをおっしゃるのですか? まぁ、逃がすつもりはありませんが、無理強いもしませんよ?」

「何を弱気な! 奪うくらいの勢いで行きなさい!!」

「奪うって……誰から奪うと言うのです?」

「ユリアエール嬢からに決まっているでしょ!!」


 すると、そのテイシアの言葉に何故かオルクティスが大きく目を見開いた。

 急に考え込むように口を閉ざしたオルクティスにテイシアが、怪訝そうな表情を浮かべる。


「オルク? どうしたの?」

「今の母上の言葉で、何となくユリアエール嬢の目的が少し分かってきたような……」

「まぁ! 本当なの!? 是非、聞かせて頂戴!!」

「いえ、その……まだ推測の域なので……」

「もう! はっきりしない子ね!!」

「とりあえず、もうしばらく彼女の出方を観察してみようかと思います」

「そんな悠長な心構えで大丈夫なのかしら?」

「もちろん、アズリルの事はしっかりと見守ります」

「過保護ねぇ……」


 呆れ気味にそう呟く母に今度はオルクティスが、白い目を向ける。


「ですので、母上はしばらくあの二人に干渉を控えるようにお願い致します。もちろん、週末のアズリルとのお茶もです」

「ちょっ、ちょっと! それは関係ないのではなくて!? もうアズリルへの吟味は終了したのだし、ユリアエール嬢を誘わなければ問題ないのだから!」

「お茶のお相手に関しては義姉上にのみお願いしようと思います。母上の場合、いくらアズリルと和解したとは言え、また試すような対応をされる可能性がありますので」

「もうしないわよ!! むしろ今まで出来なかった分、全力で愛でるわよ!!」

「非常に残念ですが、信用なりません」

「まぁ!! 母親を疑うの!?」

「ちなみに母上には、今後私の承諾無しにアズリルのドレス選びは一切ご遠慮戴きたいので、そのつもりで」

「なっ……!」

「あのような彼女らしさを相殺するような艶めかしいドレスを選ばれては、婚約者の私としては迷惑極まりないので」

「あ、あれは……あの子の反応を試す為に試着させただけで、実際に夜会で着せる気はなかったわ!!」

「ですが、一度は公の場に着させましたよね?」

「だって……あの子が断らない上に想像以上に似合っていたから……。だ、大体! あなただって、あの貴重な艶っぽいアズリルのドレス姿を見れたのだから、眼福な思いを堪能したはずでしょ!?」

「ドレス選びに関しては、今後は全面的に義姉上に相談致しますので、母上は一切口出しなさらないでください。それでは私は公務に戻りますので」

「ま、待ちなさい!! せめて……せめて試着時の見学だけでも――」

「お断り致します」


 間髪を容れずにテイシアの要望を容赦なく切り捨てたオルクティスは、そのまま早々に退室してしまった。

 後に残されたテイシアは自業自得とは言え、アズリエールとの交流する楽しみを奪われた衝撃から、思わずテーブルの上に突っ伏す事となった……。

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