30.無自覚な侵略
そんな初対面でのお茶席で何故か姉と自分の婚約者が、穏やかな空気の中で腹の探り合いをし出している様子をただただ傍観していたアズリエール。
しかしそのお茶席は、オルクティスへの来客を告げるラウルの声で急遽お開きとなる。
「申し訳ございません……。こちらから誘っておきながら、このような事になってしまって……」
「お気になさず。その代わりこの後、妹の仕事場を見せて貰うので」
「え?」
姉のその言葉にアズリエールが、一瞬固まる。
そんなアズリエールにお得意の懇願するような表情を浮かべながら、姉が小首を傾げてきた。
「いつも港で船の誘導をしているのでしょう? そこでお世話になっている方々にも姉として、ご挨拶したいの。ダメ……かしら?」
姉の甘える仕草の中に何故か脅迫されているような感覚を受けてしまったアズリエールが、ひっそりと息を呑む。その様子に気づいたオルクティスが口を開きかけたが、それを遮るように更に姉が言葉を発した。
「お願い。アズの邪魔は絶対にしないから」
更なる姉の懇願にアズリエールは覚悟を決める。
これ以上、オルクティスに心配をかける訳にもいかない。
「いいよ。それじゃ、お昼は港にある海兵騎士団の寄宿舎の方で食べよう?」
「本当!? アズ、ありがとう!」
ふわりと微笑むユリアエールにニッコリと笑みで返すアズリエール。
そんな双子姉妹のやり取りを見ながら、オルクティスが小さく息を吐く。
「ユリアエール嬢、本当に申し訳ないですが、私はそろそろ失礼させて頂きますね。アズリル、また後でね」
「うん。オルク、今日は忙しいのに時間作ってくれて、本当にありがとう」
そう笑顔を浮かべるアズリエールに対して、やや困った笑みをオルクティスが返す。その瞳が、アズリエールに「大丈夫?」と問いかけてきた。
まるで心の中を見透かしているような婚約者の気遣いに思わずアズリエールが苦笑する。
そんな婚約者に心配されながらもアズリエールは、姉と共に港の方へと向かう事になった。すると何故かラウルがそのまま二人の護衛として付き添って来た。
「ラウル、オルクの傍に付いていなくていいの?」
「そのオルクティス殿下より、お二人の護衛を任されました」
「でもラウルも忙しいのでしょう?」
「執務室のお手伝いよりもお二人の護衛をしている方が楽しいので!」
「ラウル……。そういうのを職務怠慢と言うのでは?」
「いいえ。お二人の護衛に力を注いでいるので、むしろ仕事熱心と言って頂きたいです」
そんな二人のやり取りを聞いていたユリアエールが、クスクスと笑い出す。
「アズは、すっかりマリンパールの方々と打ち解けているのね。ラウル様もアズと仲良くしてくださって、本当にありがとうございます」
「いえいえ。むしろこちらの方がアズリエール様に仲良くして頂いているので、大変感謝しております」
「妹は少々口がたつので失礼な物言いも多いかと思いますが、引き続き仲良くしてくださいね?」
「ええ。もちろん!」
なんだかんだ言ってユリアエールは、アズリエールでさえも心を開いて貰うのに少し時間が掛かったラウルと、もうすっかり打ち解けている。
以前は妹であるアズリエールの後ろに隠れ、酷い人見知りだった姉。
だが7年前の例の事件後、三ヵ月だけアズリエールと離れていた期間中に姉の性格は、かなり変わった。
今ではその内向的な部分など初めからなかったように初対面の人間ともすぐに関係醸成が出来るようになっている。
しかし、その姉の交流の仕方は、どこか演技掛かっていると毎回アズリエールは感じてしまう。声のトーンや話す速度、何よりもふわりとほほ笑む仕草が、どこか嘘っぽく感じてしまうのだ。
だが周りはそんな姉の様子にあまり違和感は抱かない様子だ。
もしかしたら双子の自分だけ、微妙に感じ取りやすいのかもしれない。
そんな事を考えていたら、突然ユリアエールが何かを思い出すように声を上げた。
「アズ、申し訳ないのだけれど、少しここでラウル様と待っていてくれる?」
「どうしたの?」
「港に行くのならヴァイオリンを持っていきたいの」
その姉の言葉にアズリエールが、サッと顔色を変える。
姉のユリアエールは、二人の母親と同じようにヴァイオリンを演奏する事で風巫女の力を発動させるのだ。だからと言って、何故それが必要なのか……。
その理由を考えると聞きたくないような思いが増して、アズリエールの胃はキリキリと痛み出す。だが気持ちとは逆にアズリエールは、その理由を姉に尋ねずにはいられなかった。
「何で……ヴァイオリンを?」
「もしかしたら私も船の誘導をお手伝い出来るかもしれないでしょう? 滞在中は私もこのマリンパールの為に何かしたいの」
「でも勝手にそんな事をしたら……」
「今から向かう海兵騎士団の宿舎には責任者の方がいらっしゃるのでしょう? その方に伺えば大丈夫だと思うの。そもそもアズ一人でたくさんの船を誘導するのは大変でしょ? だから私にも手伝わせて?」
そう言って姉は、自分の滞在している部屋にヴァイオリンを取りに行ってしまう。
「ま、待って! ユリー! 勝手にそんなことしたら……」
「恐らく問題はないかと思いますよ?」
「ラウル?」
「本日は週末なので港の出入りも激しくはありませんし、団長のカーティス様もすぐに許可してくださるかと思うので」
恐らくアズリエールを安心させる為のラウルの言葉だが、それは逆にアズリエールの不安を増長させた。姉が今から行おうとしている事の目的は、アズリエールの風巫女としての役割までも奪おうとしているのではないかと……。
そんな嫌な事を考えてしまったアズリエールは、不安げな表情が浮かべる。
その様子に気が付いたラウルが、少し驚くような表情をした。
「アズリエール様?」
「そ、そうだよね。団長さんならユリーが力を使う許可をすぐしてくれるよね」
「は、い。恐らくは……」
いつもと違い、何故か今日はオドオドしているアズリエールの様子にラウルが怪訝そうな表情を向けてきた。だがラウルが口を開こうとした瞬間、タイミングよく姉が戻ってくる。
「二人ともお待たせしました」
そういって両手で抱えているヴァイオリンケースを見せてきた。
「ユリアエール様は、ヴァイオリンを使われて風を起こされるのですね」
「ええ。アズ程の威力はないのですが、通常よりかは円滑に船の誘導を促す事にはお手伝い出来るかと思います」
「それは頼もしいですね!」
すっかり打ち解けている姉とラウルの会話を聞きながら、アズリエールはこの後の展開を容易に予想してしまう。恐らく姉は、海兵騎士団内で風巫女の力を披露する事で、その場にいる全員の心をすぐに掴んでしまうだろう。
それが無意識での振る舞いならアズリエールも不安は感じない。
しかし姉のその行動理由は、明らかにアズリエールの存在を喰ってしまう事を目的としているはずだ。流石、双子だけあって姉も外堀を埋める事には長けている。
今までアズリエールが築いた交流関係を利用し、いつの間に姉の方がアズリエールよりも更に親しい関係を築いてしまうのだ。
そんな事を考えながら、半ば諦め気味で港にある海兵騎士団が待機している食堂へと向かう。当然だが三人が食堂に姿を現すと、その場にいた団員達が一斉に驚いた表情を向けてきた。
「妖精巫女様がお二人!?」
「まさか分裂した!?」
「いや、でも雰囲気が少し違うような……」
団員達の反応にラウルが呆れる。
アズリエールも思わず姉と顔を見合わして苦笑してしまった。
「初めまして。わたくし、アズリエールの双子の姉ユリアエールと申します。いつも妹がお世話になっていると伺い、ご挨拶させて頂きたく参りました。どうぞ今後とも妹の事をよろしくお願い致します」
「こ、こちらこそ!」
「妖精巫女様には、いつもお世話になっております!」
アズリエールと同じ顔だが、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた姉に挨拶をされた団員達の顔が、うっすらと赤く色づく。この流れにはもう慣れているはずなのだが、それでも全く同じ顔をしている姉と自分がまとっている雰囲気が、かなり違うという事を毎回アズリエールは痛感させられる。
男女共に受け入れやすい雰囲気をまとう事に長けたアズリエールとは違い、姉ユリアエールは対男性に特化した魅了とも言える雰囲気を醸し出すのだ。
それを姉自身が故意で出しているのか、無意識でなのかは分からない。
だが7年前に男性恐怖症気味になった姉の場合、それは狙っての振る舞いだとアズリエールは思っている。相手を魅了してしまえば、自分の思い通りに相手を動かしやすいからだ。
円満な人間関係を築く事で処世術として活用しているアズリエールからすると、姉の場合は異性を虜にする事で、それを処世術として活用している感じだ。
匙加減を間違えれば悪女と成り下がる姉のその処世術だが、不思議な事に姉の可憐で清楚な見た目が絶大な隠れ蓑になり、その小悪魔的な部分を覆い隠している。
そんな姉の無自覚魅了行為を受けた団員達は、早々に姉と打ち解けた雰囲気になり始めた。すると、そこへフィルクスがやって来る。
「アズリエール様? 本日はお休みの日では……」
そう言いかけたフィルクスだが、アズリエールの隣にいるユリアエールを見てギョっとする。
「アズリエール様がお二人……」
「フィルまでその反応!? これは私の双子の姉のユリアエール。実は今日から、しばらくマリンパールに滞在する事になったんだ」
「さようでございましたか。申し訳ございません。あまりにもお顔が瓜二つだったもので驚いてしまいまして……」
「風巫女の仕事中の妹に付き添ってくださっているフィルクス様ですね? 妹からの手紙で伺っておりましたが、いつも妹がお世話になっております」
「いえいえ。お世話になっているのは我々の方です。それにしても……本当によく似ていらっしゃいますね。そして何もこんなむさ苦しい場所に姉君をご案内なさらなくても……。アズリエール様、どうせなら城下町の方をご案内された方が、よろしかったのでは?」
「そのつもりだったのだけれど、姉がどうしても私の仕事場に行きたいって……」
「あともし可能なら、わたくしにも風巫女としてお手伝いをさせて頂きたいと思いまして」
アズリエールの後に間髪入れずにそう申し出た姉にフィルクスだけでなく、アズリエールも驚きで目を見開く。姉は何故か今日、自身の風巫女の力をここで披露したいようだ。
その裏には、巫女力の発動方法が違うアズリエールと比較して欲しいと言う思惑もあるのだろう。
姉の風巫女の力の威力はアズリエールの半分くらいなのだが、その発動方法がヴァイオリンの美しい音色を奏でながら力を使う為、アズリエール以上のパフォーマンス性がある。
恐らくその姿を見た人々は、一瞬で姉に心を奪われてしまうだろう。
それだけ風巫女の力を発動している時の姉は、美しいだけでなく慈愛に満ちた姿に見えるのだ。
「私の一存では決めかねますので、上の者に確認して参りますね」
そういってフィルクスは、一度食堂を出ていく。
その後ろ姿を思わずアズリエールは不安な表情で見送ってしまった。
その事に気が付いた姉が、ゆっくりとアズリエールに笑みを浮かべる。
「心配しないで。私でも船を動かせるかどうか、ちょっと試すだけだから。もし問題や危険を感じたら、すぐにやめるわ」
だが、そんな問題など恐らく発生しないだろう。
それどころか、アズリエールの時と同様に姉にも風巫女として協力して貰いたいと言う声が上がる可能性の方が高い。
その事を先読みしてのこの姉の行動にアズリエールは、薄っすら気付いていた。
気付いていたが……それでもその行動を抑え込む事は出来ない。
もうずっとそうやって姉は、アズリエールが丁寧に築いていった居場所を無意識でなのか、ジワジワと奪ってきたのだから。
そんな諦め気味な気持ちでいると、フィルクスがすぐに戻って来た。
「上官に確認したところ、是非にという事でした。準備が整い次第、私の船にご案内致しますので、先にお食事の方を済まされてはいかがですか?」
「ええ。ぜひそうさせて頂きます。実はこちらの食堂のお食事は大変美味しいと妹から伺っていたので、とても楽しみにしていたのです」
それをカウンター越しで聞いていた調理担当の女性達が、急に声を掛けてきた。
「あらあら! 妖精巫女様のお姉様も庶民的なお味が好みですかね? ならば今回は歓迎も込めて腕を振るわせて貰いますね!」
「是非、お願い致します」
食堂で働く女性達の心もすっかり射止めた姉は、コロコロと愛らしい笑い声を上げながら談笑し始める。
そのやり取りにフィルクスが、ニッコリしながらアズリエールに視線を向ける。
しかしアズリエールの方は、そうやってアズリエールが築いた人間関係の中にズケズケと入ってくる姉の行動に不安を募らせていたので、思わずフィルクスに困惑気味の笑みを返してしまった。
その反応にフィルクスが、心配そうにアズリエールへ小声で声を掛けてきた。
「アズリエール様……もしや私は余計な事をしてしまいましたか?」
「そんな事ないよ? 姉の風巫女の力の発動する姿は本当に素敵だから、私も是非皆には見て貰いたいと思っていたし。むしろ許可してくださって団長さんには感謝しないと!」
何とか取り繕いながら明るい声でそう返したつもちのアズリエールだが……。
その時の自分が上手く笑みを作れているかの自信は全くなかった。




