18.王太子妃
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「昨日披露して下さった風巫女の力……本当に素晴らしかったわ!」
そう言ってキラキラした瞳で頬を紅潮させているのは、この国の王太子妃ハルミリアだ。
絹のような光輝くサラサラのプラチナブロンドに淡い黄緑色の瞳を持つハルミリアは、マリンパール国では珍しいおっとりとしたマイペースなタイプのように見える。
事前にオルクティスから、この王太子妃が自分に好意的な印象を抱いている事を聞かされていたアズリエールは、今朝一番にハルミリア付きの侍女からお茶の誘いを告げられても驚かなかった。
いくら人に好印象を持たれやすい自分の長所を把握しているとはいえ、やはりたった一人で異国の地にやってきたという不安やプレッシャーがアズリエールにはあった為、そういう申し出は、むしろありがたかったからだ。
そしてそんな状況下で、ここまで自身を気に入ってくれている事を前面に出して来てくれるハルミリアは、アズリエールにとっては、非常に心強い存在でもある。
その為、このありがたい存在との関係醸成は、絶対に必要不可欠であると判断し、アズリエールはその誘いを快く受け入れた。
そして現在、そのハルミリアと一緒に王族専用の庭で、珍しい茶葉のお茶と初めて食べる甘いお菓子でもてなしをされている。
「お褒めの言葉を頂き、誠にありがとうございます」
「もう! そのような堅苦しい言葉遣いなどなさらないで? わたくしとあなたは、義理の姉妹となるのだから!」
「ですが……」
「堅苦しい言葉遣いは、お義母様がいらっしゃる時だけ気を付ければいいのよ」
片目を閉じて茶目っ気のある様子を見せるハルミリアに思わずアズリエールが吹き出しそうになる。
そんなハルミリアは、二年程前にオルクティスの兄である第一王子と挙式し、昨年その夫が立太子の礼を行ったので、ハルミリアはまだ王太子妃としては一年目になる。
年齢はアズリエールよりも7つ年上で現在は21歳だ。
夫である王太子ノクティスの年齢は、その一つ上らしい。
昨日、王妃テイシアの急な要望で風巫女の力を披露したアズリエールだが、謁見の間に戻るとその場にいた全員から拍手で迎えられた。
中でもハルミリアの興奮ぶりは一番で、戻って来たアズリエールに感極まって抱き付いてしまい、王妃テイシアに窘められていた程だ。
だが、そのテイシアの対応は呆れた表情を浮かべつつもハルミリアに対して、どこか優し気な眼差しを含んでいた。
すなわちハルミリアは、あの評価の厳しい王妃テイシアの品定めに見事合格した人物という事である。
そうなると気になるのが、あの一癖もありそうな美しい義母でもある王妃テイシアとの関係だ。
「ハルミリア様とテイシア様は、とても仲がよろしいのですね」
「ふふ! そのように見える? でもノクティス様とのご婚約が決まったばかりの頃は、わたくしは深過ぎる程の愛情あるご指導をお義母様から、たくさんして頂いたのよ?」
「深過ぎる程の愛情……」
ハルミリアの言葉をやや引きつった笑顔で繰り返したアズリエール。
その様子にハルミリアが笑いを堪える為、扇子で口元を隠した。
「そのように心配しなくても大丈夫! すでにお義母様はアズリエール嬢の事を大変気に入っているご様子だったから!」
「そう……でしょうか……」
「ええ! 間違いないわ! だってこんなに愛らしいお姿のご令嬢なんですもの! そういえば明日のあなたの歓迎会も兼ねた夜会での衣裳は、もうご用意されているの?」
「はい。そちらはオルクティス殿下がご用意してくださっていると……」
「まぁ! あの子ったら、何故わたくしに一言も相談しないのかしら! アズリエール嬢! 着替えの際は是非わたくしの部屋で、ご一緒に身支度を致しましょうね!」
「は、はい!」
そのハルミリアの提案にアズリエールは「また着せ替え人形コースだ……」と諦める。
同時に感じたのが、ハルミリアから見たオルクティスは、完全に弟という存在の扱いという事だ。
まぁ、義弟なので実際に弟的な立場なのだが……距離感が本当の姉弟のような雰囲気なのだ。
すると庭園入り口の方から、人の気配がしてくる。
振り返ると、オルクティスがラウルともう一人見た事もない側近を連れてこちらにやってきた。
「アズリル、こんな所にいたんだね? それと義姉上……アズリルを独占されるのなら、一言こちらにご報告くださいね?」
「まぁ、失礼な! わたくしはアズリエール嬢の緊張を少しでも軽減させようと、親睦を深めていただけだわ!」
「ですから、その際は僕の方にも一言お声がけください」
「オルク、束縛ばかりする男性は嫌われてしまうわよ?」
「こちらにも色々予定というものがあるのですが……」
二人のその遠慮のないやりとりを見たアズリエールは、思わず吹き出しそうになって口元を隠した。
恐らく幼少期からの付き合いで、本当の姉弟のような関係なのだろう。
「そうだ、アズリル。その予定なのだけれど……。今日の午後に入れていた城下町見学は、ちょっと明後日に延期して貰ってもいいかな?」
「何かあったの?」
先程の二人のやり取りを見た所為か、思わず今まで通りの素の状態でオルクティスに返答してしまったアズリエールは、慌てて両手で口元を抑える。
その様子にハルミリアが、目を細めて微笑む。
「構わないわ。いつもどおりの口調でオルクとお話しなさって?」
「も、申し訳ございません……。お心遣い、感謝致します」
「もう! またそのような硬い言葉遣いを! そうだわ! 折角なのだからわたくしにもオルクと同じ様な口調で接して頂こうかしら?」
「お、王太子妃殿下にそのような不敬は……」
「もぉ……。ならばせめてわたくしの事は『お義姉様』と呼んでくださる? わたくしもあなたの事は『アズリル』と呼ばせて頂くから!」
「はい。ハルミリアお義姉様」
するとハルミリアの表情が、パァーと華やいだ。
「オルク! 今の聞いた!? アズリルがわたくしの事を『ハルミリアお義姉様』と!」
「はいはい。聞いておりましたよ……。それよりもこちらの話が進まないので、義姉上は少し口を挟まないでいただけますか?」
「まぁ! 何て空気の読めない子なの!?」
「自慢ではありませんが、僕は現マリンパール王家の中では一番空気の読める人間だと自負しておりますが?」
「そういうのを驕りというのよ?」
「義姉上、これからアズリルに母上からの伝言を伝えなければならないのですが?」
途中までオルクティスをからかっていたハルミリアだが、テイシアの伝言と聞いた途端、ピタリと口を閉ざす。
やはり親しい関係であっても、テイシアの威厳はしっかりと刷り込まれているようだ。
「伝言って……。もしかして午後の城下町見学が中止になったのと関係ある?」
「うん。実は母上が、今日の午後アズリルとお茶をされたいと急に言い出して……」
「何ですって!? オルク! もちろんあなたも同席するのでしょうね!?」
「それが……『折角、可愛らしい嫁候補とお茶を楽しみたいのにむさくるしい息子が同席したら台無しだ』とおっしゃっられて同席する事を却下されてしまいました……」
「もう! 本当に使えない子ね! いいわ! わたくしがそのお茶席に同席致します!!」
「お断わりされると思いますよ?」
「そこを無理矢理参加するのが、未来の義理の姉の務めです!」
「はぁ……。まぁ好きになさってください……。それよりアズリル、その母上なのだけれど、どうやら君が明日の夜会で着るドレスをもう一度検討し直したいんだって」
「「えっ!?」」
するとアズリエールだけでなく何故かハルミリアまでもが、驚きの声をあげた。
「一応、君へのドレスは予め何着か用意していて、もう僕が決めていたのだけれど。何故か母上が、もう一度吟味されたいと言い出して。午後のお茶が終わったら君は、そのまま衣裳部屋に連行されると思う……」
「連行……」
そのオルクティスの言葉で、この後の自分には更に難易度の高い着せ替えコースが待ち受けている事をアズリエールが察する。
するとそれを聞いていたハルミリアが、バンっとテーブルに両手を突いて立ち上がった。
「お義母様、ズルいわっ!!」
王族専用の中庭で響き割った王太子妃の抗議の叫びにアズリエールとオルクティスは、お互い顔を見合わせたあと苦笑した。
その後、アズリエールはオルクティスに連れられて城の中を案内して貰う。
こちらに到着した日は、挨拶や荷捌きでバタバタしてしまい、城内の説明等が疎かになってしまったからだ。
昼食までの一時間にその案内をしたいと言い出したオルクティスに義姉であるハルミリアは、かなり不満を訴えたが、必要な事ではあるので渋々お茶席をお開きにしてくれた。
その際に何故ここまでハルミリアは、自分に好意を抱いてくれているのか、アズリエールはオルクティスに聞いてみた。
「義姉上は三人姉妹の末っ子で、昔から妹が欲しかったみたいなんだ。それで僕がアズリルと婚約すると義理の妹が出来ると大はしゃぎで、僕がサンライズに視察に行く度にアズリルの事をしつこく聞いてきてね……。それで話してたら、ますます期待が上がってしまって実際に君と会わせたら、こうなってしまった……」
やや申し訳無さそうにはにかむオルクティスにアズリエールが苦笑する。
「でも同性であんなに好意を抱いてくれている人がいると、私としては凄く心強いから、ありがたいよ。ましてやその人物が将来義理の姉になるかもしれない王太子妃だし」
「義姉上は完全に君の味方だよ。だから母上が何か企んでいても、すぐに阻止してくれるから安心して?」
「それって……テイシア様が私に何か企む事があるって言ってないかな?」
「残念ながらそうだね。と言っても、母が企む内容は君の人間性を査定する感じの企みだから、危害を加えるような内容ではないと思うよ?」
「それ、十分に心的負担になる内容なのだけど……」
「そうかな? アズリルはそういうの躱すの得意だよね?」
ニコニコしながら、そう告げてきたオルクティスにアズリエールが抗議するような視線で返す。最近よくアズリエールは感じているのだが、どうもオルクティスは、ふとした瞬間に腹黒アレクシス化を垣間見せる時がある。
まぁ、他国との外交担当を任されているのだから、ある程度の腹黒さは必要ではあると思うが。
しかしオルクティスの場合、見た目や雰囲気から『誠実』という印象を強く感じさせる。その矛盾した印象が、ますますオルクティスの内面をミステリアスにさせている。
それが不快かと言えばそうではなく、むしろその矛盾した印象がギャップとなって、オルクティスの人間性を更に魅力的なものにしているから不思議だ。
そんな事を考えていたら、急にオルクティスが顔を覗き込んで来た。
「大丈夫だよ。母がそういう探りを入れてくる会話展開をしても義姉上が、しっかりフォローしてくれるから。なんせ義姉上も兄との婚約が決まった際、これからアズリルが母から受ける査定を同じように受けた人だし」
「そうなの? でも今はお二人共、凄く親しい関係のように感じたのだけれど……」
「アズリルも今日話して感じたと思うけれど、義姉上はああいう風に自分の気持ちに正直な人だから。恐らく、そこが母の心を掴んだんじゃないかな?」
「あー、確かに。ハルミリアお義姉様って、あまり裏表を感じさせないお人柄だよね。私も今日お話しさせて頂いた時にその部分に凄く魅力を感じた。でも貴族社会だと、そういう素直に感情を出してくれる人って、滅多にお目に掛かれない気がする……」
「計算で相手をタラし込むアズリルとは逆で、義姉上の場合は天然の人タラシなんだよね」
「うわ! それ、私に物凄く失礼!」
「だってアズリル、いつも人に好かれやすい振る舞いする時は、相手のタイプを見て計算した動きで振る舞っているだろう?」
「そうだけど……。なんか言い方がなー」
そう言って拗ねたような表情を浮かべるアズリエールの様子にオルクティスが笑みをこぼす。
「でもまぁ、それで計算高いとは全く感じさせないから、不思議なんだよね……」
「それ、どういう事?」
「どういう事なんだろうね? その仕掛けは僕にもさっぱり分からないから」
何故か謎めいた言い方をしてきたオルクティスに怪訝そうな表情を浮かべたアズリエールが、自分よりも背が高いオルクティスを下から見上げながら首を傾げる。
その小動物を彷彿させる仕草が、あまりにも愛らし過ぎたので、オルクティスはつい頭を撫でてしまった。
「何で頭、撫でるの?」
怪訝そうな表情を更に深めながら不満を訴えてきたアズリエールの様子が、ますますオルクティスを和ませる。
「何となく?」
「オルクは、もう少し私を婚約者として扱った方がいいと思う!」
「え~? してるつもりなんだけれど……」
「してないよ! 絶対ペットか可愛い妹か弟的な扱いしてるでしょ!?」
「そこはせめて『可愛い妹』って表現の仕方をしないの? というか自分で『可愛い』って言ってしまうの?」
「だって可愛いって思っているでしょ? だから頭、撫でたんでしょ?」
「確かにそうなんだけれど……。その可愛いではないんだけどなぁー」
「全く! 皆して私の事を癒し系アイテムみたいな扱いをするんだから!」
そうプリプリ怒り出したアズリエールにオルクティスが苦笑する。
「そんなに着せ替え人形にされるのが嫌かな? アズリルはフリルやレースの可愛い恰好は好きだったよね?」
「好きだけれど……何度も着せ替えされるのは、ちょっと嫌……。しかも着せ替えするのが、油断のならない王妃テイシア様だよ!? 感想を聞かれた時の反応とか、ハルミリアお義姉様と意見が分かれた時とか物凄く困るよ!!」
「どちらの意見も立てて、その場を穏便にやり過ごすのはアズリルの得意技じゃないか」
「例え得意技でも、かなり神経を使うのぉー!!」
そのアズリエールの反応にオルクティスが声をあげて笑い出す。
そんな流れでアズリエールは、午後からはついに王妃テイシアから、じっくり品定めをされる事になってしまった……。




