12.本来の姿
アズリエールが馬車に乗車すると、その隣にオルクティスが、そして向かいにはウェイラル子爵夫人が腰を下ろす。
そして今回の騒動を起こした毛むくじゃらの犬は、ちゃっかりアズリエールの足元にすり寄るように陣取った。
すると馬車が動き出し、オルクティスが互いの紹介を始める。
「こちらはこの港町を管理されているウェイラル子爵の奥方のアリスン夫人だよ」
「アリスン・ウェイラルと申します。この度は、我が駄犬が大変申し訳ない事を……」
「そして彼女はサンライズの風巫女で、私の婚約者でもあるエアリズム伯爵家のご令嬢アズリエール嬢です」
「アズリエール・ウインド・エアリズムと申します。どうぞ、お見知りおきを」
すると夫人が、微笑ましそうに優しい視線を向けてきた。
「お噂のオルクティス殿下のご婚約者様でいらっしゃいますね? もしや今回は初のマリンパールのご訪問で?」
「はい!」
「今回彼女は行儀見習いという名目のもと、風巫女の力で王都港の入港管理を手助けをしてくれる為、三ヵ月程この国に滞在してくれる事になっているのです」
「では、しばらくは王城にご滞在されているという事ですか? でしたら今回のお詫びに改めてお伺いを……」
「そんなお気になさらないでください。この子も悪気があった訳ではないですし」
「し、しかし……」
夫人が申し訳なさそうに愛犬に目をやると、その愛犬の様子にギョッとした。
「こら! ジョイス! そのような場所で座り込こんではアズリエール様のお邪魔になるでしょ!? こちらにいらっしゃい!!」
しかしジョイスと呼ばれた犬は一瞬だけ夫人の方に顔を向けたが、すぐにアズリエールの足の甲辺りに顎を乗せ、再び伏せてしまう。
「ジョイス……」
「このままで構いません。どうぞ、お気になさらないでください」
「しかし……お召し物を汚してしまった上にその元凶が、このような態度では……」
「犬に好かれやすい体質なのは、幼少期の頃からなので慣れております。そもそもその昔は、大型犬にいきなり体当たりされた挙句、転んだ拍子に鼻血を出してしまった事もあったので……。その事に比べれば今回など軽度なケースです!」
そう高らかに宣言したアズリエールの言葉にオルクティスが吹き出しそうになり、慌てて口元を抑えた。
その婚約者の反応にアズリエールが肩眉を上げて、不満そうな表情を浮かべる。
そんな二人のやりとりに夫人が笑みを深めた。
「お二人は確か二か月前にご婚約されたばかりと伺っていたのですが、大変仲がよろしいのですね?」
「ええ……。彼女は初対面時から大変話しやすい人柄でしたので、私もあっという間に彼女と打ち解けてしまいました」
若干笑いを堪えながら、そう返答したオルクティスにアズリエールは、まだ不満げな視線を向けている。
その様子に夫人の視線が、更に優しさを増す。
「お若いというのは本当に微笑ましい事ですわね。ところで不躾な事を伺ってしまうのですが……何故アズリエール様は男装されているのでしょうか?」
その夫人の最もな質問に二人が同時に体を強張らせる。
「ええと……」
「護身の為です」
一瞬、アズリエールが返答に困ったていたら、間髪入れずにオルクティスが返答する。
「彼女は見ての通り、かなり容姿に恵まれているので……。本来の令嬢らしい服装では、不逞な輩に絡まれやすい事を懸念し、この様な格好をされています。加えて口調も敢えて少年風を装って頂いているのです」
「まぁ! それは殿下のお考えですか? ふふっ! とてもご婚約者様を大切にされていらっしゃるのですね」
またしても夫人に微笑ましいという表情でニコニコとされてしまったので、アズリエールはほんの少しの照れと罪悪感を感じてしまった。逆にオルクティスの方は、夫人にそのような目で見られる事には、あまり抵抗がない様子だ。
「サンライズに比べると、マリンパールという国は荒くれ者の割合が高いですからね……。彼女のように人目を引く容姿では、すぐに目を付けられてしまいますから」
先程から、あまりにもオルクティスに容姿の事を過大評価される事に居心地の悪さを感じたアズリエールは、敢えて話題を変えようと思った。
「そういえばオルクは、アリスン夫人とは何度か面識があるの?」
「うん。僕はよくこの港町にお忍びで視察にくるから、その際にウェイラル家に滞在させてもらっているんだ。だから夫人だけでなく子爵家のご家族とも全員顔見知りなんだよ」
「それで騎士服姿のオルクでも、すぐに夫人は気が付いてくれたんだ」
「もともとは我が家が代々お仕えしているラーシェット伯爵家より、こちらの港町の管理を任されております。その関係とは言え、一介の子爵家の人間ごときが、このように第二王子殿下よりご懇意にして頂ける事は大変ありがたい事ですわ」
そう考えると、この港町は本当に不正密輸関連では、王家が犯罪組織の狩り場として目を光らせている事がよく分かる。
同時にこのウェイラル家は、かなり王家からの信頼を得ているのだろう。
そして実際に王家との繋がりが深いのが、その上にいるラーシェットという伯爵家になる。
そんな話をしていたら、急に馬車が方向転換した。
「どうやら我が家に到着したようですわね」
そしてすぐに馬車が止まり、先に夫人が下車する。
次にオルクティスが降りて、最後にアズリエールがオルクティスにエスコートされながら下車した。
「ようこそ! 我がウェイラル家へ! あまりおもてなしが出来ない事は非常に残念でございますが、せめてうちの駄犬の非礼だけでもお詫びさせて頂く機会をくださいませ」
そう言って屋敷の女主人自ら邸内に案内してくれた。
そのまま二人は一度、応接室らしき客間に通される。
「それではアズリエール様。お召し替えをお手伝いさせて頂きますので、衣裳部屋の方までご足労頂いてもよろしいですか?」
「ええ」
「殿下、大変申し訳ございませんが……少々お待ちくださいませ」
「分かりました」
アズリエール達が退室した後、オルクティスはそのまま客間に執事とメイド長らしき女性と残される。
対してアズリエールは夫人に連れられて、その衣裳部屋へと案内された。
気が付くとメイドが三名程、アズリエール達の後を付いてくる。
子爵家とは言え、どうやらウェイラル家はそこそこの資産家のようだ。
ただ成金という感じは、屋敷の雰囲気からはない。
そんな事を考えながら、夫人の後に続いて歩いていたら、夫人と目が合った
「我が家は元々は商家だったのです。その後、資金支援をしていたラーシェット伯爵家より、この港町の管理を任され男爵位を。50年程前にこの港で大きな人身売買組織の摘発に大きく貢献したと言う事で王家より子爵位を賜りました」
「なるほど! だからこのように屋敷内の調度品の質が良い物ばかりなのですね」
「ふふっ! 社交界では『商家上がりの成金子爵家』などと辛口の賛辞も頂く事がありますけれど」
すると、ある部屋の前で夫人が立ち止まった。
そして後ろで控えていたメイド達が扉を開ける。
「さぁ、どうぞ! 残念ながら我が家には娘しかおりませんので、少年風のお召し物はご用意出来ませんが、お出かけ用のドレスなら、たくさんございますので!」
そうニッコリ宣言してきた夫人の様子にアズリエールは、何となくこれから自分が着せ替え人形にされるであろう事を悟った。
―――――その頃。
オルクティスの方は大人しく案内された客間で執事とメイド長らしき女性にお茶を出され、もてなされていた。
だが、よくお忍び視察で滞在する事が多かったので、二人とも王族であるオルクティスの対応には慣れたものだ。
「そういえば……ラーシェット家の方は最近やけに静かになったね」
すると対応していた初老の執事が、やや苦笑する。
「殿下のご婚約が決まってしまったので、オリヴィア様もやっと諦めになられたのではないでしょうか」
「それならば、いいのだけれど……」
「ですが実際にご婚約者様を連れ立って夜会などにご参加された場合は、やはり接触を図られるかと」
「やはりそうなるか……」
そう呟いたオルクティスは、盛大にため息をつく。
大陸を囲むように横長に領土を持つマリンパールだが、その領土は主に3つに大きく分けられ、三つの侯爵家が主体となってその地域を管理しているのだ。
その下に更にそれぞれ三つの伯爵家が付き、更にその下に村や町ごとに子爵男爵家が管理しているという状態だ。
現在、滞在しているこの港町がある国の東側エリアは、全体を管理している侯爵家の下に治安維持関係を先日滞在した屋敷を所有しているクロフォード家が、貿易関係をラーシェット家が、そして福祉支援関係をステルマ家という三つの伯爵家が担っている。
そしてその一つのラーシェット家には、現在家督を継ぐ長男の他に令嬢が三人いる。その一人である第三子である次女オリヴィアは、幼少期の頃からオルクティスにご執心なのだ……。
しかし、その熱烈なアプローチを多々繰り返されて来たオルクティスは、ずっと彼女の扱いに困っていた。
国王である父と王太子の兄は、オルクティスの伴侶には国外の令嬢を迎えたいという考えが強い。
何故なら国内の貴族にオルクティスが婿入りしてしまうと、貴族間の力のバランスが崩れてしまうからだ。
現状、侯爵家三家の下に伯爵家三家が付き、更に子爵男爵家が町村ごとに細かく管理している状態なのだが、もしオルクティスがこれらの侯爵家、あるいは伯爵家に婿入りしてしまうと、自動的にその家だけに王家の濃い血が入ってしまう。
その為、侯爵家三家の差のないバランスが崩れてしまうのは、あまり得策ではないと国王と王太子は考えている。
かと言って、この侯爵家三家を三つ巴のような状態にしておく事も、あまりよろしくはない。
この三つの侯爵家のそれぞれが、いつ王家に近い地位まで抜きん出てるかの機会を虎視眈々と狙っている節もある。
そういう競争心が領地の管理を疎かにし、不正を誘発させる背景になりやすい事を父と兄が懸念しているのをオルクティスは知っている。
そうならないようにオルクティスには、国外の伯爵家以上の令嬢を伴侶に迎えさせ、現在王家が管理している王都港と、その周辺の領地を臣籍降下時に与え、管理させるという算段だ。
そうやって臣籍として降下し公爵となったオルクティスの存在で、牽制し合う侯爵家三家を抑え込む形にする為だ。
だが、そうなるとどうしても跡継ぎ問題が出てくる……。
しかしアズリエールには、その役割は一切望めない状態だ。
それを条件に婚約を承諾して貰ったのだから。
それでも初めの婚約者が国外の令嬢という印象は強く残る。
そうなれば次に結婚を視野に入れた婚約者を迎え入れる際、また国外の令嬢を選びやすくなる。
そんな背景があるので、国内の殆どの高位貴族達は、自分達の娘を第二王子に嫁がせる事は諦めている。
だが、令嬢自身がオルクティスに熱を上げている場合は別だ。
そういう令嬢は現在かなり存在しており、中でも一番熱烈なのがラーシェット家のオリヴィアなのだ。
そしてオリヴィアは、オルクティスが最も苦手とするタイプでもある。
思い込みが激しく、自分の都合のいい様に解釈しやすい厄介な性格なのだ……。
しかしアズリエールにとっては、恐らく最も扱いやすいタイプとなる。
相手をさりげなく持ち上げて、知らない間に懐に入ってしまう……そして一度懐に入れてしまった存在を都合のいい様に解釈しやすいオリヴィアは、自分の傘下にした事で満足してしまい、それ以降は嫌がらせだなどをしなくなるだろう。
正直、面倒な人物をアズリエールに丸投げしてしまう状態だが、もし夜会等でオリヴィアと接触するような機会があれば、アズリエールはすぐにオルクティスの心情を読み取って、嬉々としてオリヴィアの対応をしてくれるだろう。
その他力本願な考えを思わず、対応してくれている執事にこぼしてしまう。
「まぁ、アズリルならその辺は穏便に事を運んで、いつの間にか相手を懐柔させてしまうような気がするけれど……」
「それにしてもアズリエール様は、素晴らしい意味で不思議な方でございますね? お会いしてすぐに我が主でもある奥様のお心を早々に掴んでしまわれるとは……」
人を見る目が研ぎ済まされている初老のベテラン執事の婚約者に対する称賛の言葉にオルクティスが思わず笑みを深める。
「彼女の対人スキルは本当に掘り出し物だよ? 正直、このまま婚礼まで話を進めて、僕の外交補佐として、この国に永住して貰いたいところだけれど……」
そこまで口にしたオルクティスだが、その後の言葉はどうしても続かない。
自分が出した巫女力を守るという婚約条件は、アズリエールが最も望んでいた事だからだ。
それでも最終的に手放すには勿体ないと感じてしまう程、今現状でのアズリエールと過ごす時間は、オルクティスにとって楽しいものとなってしまっている。
そんな事を考えていたら突然、客間の扉がノックされた。
「大変お待たせして申し訳ございません。アズリエール様のお召し替えが、やっと終わりましたのでお連れ致しました!」
そう言って初めに入って来たのは、この屋敷の女主人であるアリスンだ。
よく分からないが瞳をキラキラさせ、かなり興奮気味の様子である。
そして、その後ろからはアズリエールが姿を現す。
しかし、その姿を見た瞬間、オルクティスは瞳を大きく見開いたまま完全に固まってしまった。
現れたアズリエールは、今までオルクティスが一度も目にした事が無い令嬢らしい外出用のドレス姿だったからだ。
「ごめんね、オルク。夫人にはご息女しかいらっしゃらないから、僕が着られる男性用の服がないんだって」
「ですので、わたしくが若かりし頃に着ていた外出用ドレスをお薦めさせて頂きました!」
そう嬉々として言い張るアリスンだが……明らかに意図してアズリエールに女性用のドレスを着せたかった感がヒシヒシと伝わってくる。
そのアリスンの自信作となったアズリエールだが……。
その姿は、外を歩けば誰もが振り返らずにはいられない程の美少女と化していた。
瞳と同じ淡く明るい色身のスプリンググリーンをメインとしたドレス。
袖口には、ふんだんに淡いクリーム色のレースと濃い深い緑色のリボンが、アクセントのようにたくさん装飾されている。
しかし首回りは、詰襟のようにレースでしっかりと隠されたやや堅苦しいデザインだ。
だが、逆にそれがアズリエールの清楚な美少女感を更に演出している。
そしていつも黒の細いリボンで一つに束ねられているラベンダー色の髪は、本来の肩口くらいの長さに下ろされ、両サイドから編み込みされてハーフアップのように後ろでまとめられていた。
その髪型にバランスよく乗せられた顎下で結ぶタイプのドレスハットには、パステルカラー調の優しい色合いの布製の造花が、惜しげもなくあしらわれている。
なによりも驚いたのが……その着慣れていないはずの外出用ドレスをアズリエールが余裕な表情で、すんなりと着こなしている事だ。
「どうかな? 久しぶりにドレスを着てみたから、僕はちょっと違和感があるのだけれど」
そう言ってクルリと一回転するアズリエールの姿をオルクティスは、まだ茫然をした表情で見つめている。
「おーい、オルク~?」
あまりにも無反応で動かないオルクティスの方へやってきたアズリエールは、片手をオルクティスの顔の前で振り、意識があるかを確認した。
すると、やっとオルクティスが我に返る。
「アズリル……君がどうして必要以上に男装に徹していたか、よく分かったよ……」
「え? 何で?」
「これはちょっと……連れ立って歩くには、かなり神経を使わないと心配になるレベルだ……」
「ええっ!? こ、これ、そんなに似合っていないかなっ!?」
ややショックを受けた様子でアズリエールが焦り出す。
そんなアズリエールにオルクティスが困った笑みを浮かべながら、静かに首を左右に振った。
「いや、似合い過ぎてて逆に危機感を抱く」
「それ、どういう事……?」
そのやり取りにアズリエールを着飾ったアリスン夫人が、勝ち誇ったように満足げな表情を浮かべていた事に二人は全く気付かなかった。




