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ある兄弟の幸せ

作者: 小坂シイ

 あるところに幼い兄弟がいた。

 兄は片手と片足が不自由で、木の枝を杖をがわりにしている。

 弟は手足は自由に動いたが、生まれつき目が見えなかった。

 兄は親のことなんてほとんど覚えていない。親からは物心つくかつかないかの年に捨てられた。弟はどんな親だったかさえ覚えていない。


 そんな兄弟だったが、日々支えあって生きていた。兄は弟の目であり、弟は兄の手足だった。

 路上で通りすがりの人たちに物乞いをしたり、商店や食事どころのごみを漁ったりしながら生き抜いてきた。お世辞にも良い環境とは言えなかったが、それでも互いが互いのためを思い、時に楽しく時に懸命に生を繋いでいた。



 ある日のことである。いつものように二人で物乞いをしている時だった。

 「坊主ども、お前たちでもやれる仕事があるが、やる気はあるか」

 その男は兄弟に対して唐突にそう声をかけた。

 「どんなしごとですか」

 兄は声を固くしてそう問いかける。こんな生活を続けていれば、怪しい話にのって痛い目を見たなんて話は両手両足の指の数を合わせても足りなかった。

 「なに、あるお嬢サマの遊び相手になるだけのこと」

 男は気を悪くした風もなくそう答えると、兄を見ながら続けてこう言った。

 「この話を受けさえすりゃあ、お前は全部の手足が動くようになるし、」

 そこでチラと、いまだに焦点をあわせられない弟に目を向けて

 「あいつは目が見えるようにもなるだろうよ」

 と言った。


 兄は迷った。これまで聞いたことのある他の何よりも魅力的な誘い文句だったから。

 弟は迷った。これまで聞いたことのある他の何よりも都合の良い話だったから。

 迷う兄弟をどう見たのか、男は何も言わずに、きびすを返す様子を見せた。

 兄はたまらず飛び付いた。

 「受けます」

 弟は兄の決断を信じて、ただ黙っていることにした。



 明くる日、兄弟は車にのせられて、どこに向かうとも知らずに運ばれていた。昨日話した男は兄弟を車までつれてくるとそこで別れた。

 兄弟はそれぞれ寝台の上に寝かされて手足を固定された。寝台は車体後部に、上下に4段、左右に2列に収納できるようになっていた。兄弟は最下段の列に並ぶように乗せられた。

 質問は聞いてももらえなかった。むしろしゃべれば下ろすとさえ言われて口をつぐんだ。



 その後は特に同乗者が増えることもなく、車は静かにその動きを止めた。目的地に着いたようだった。

 数人の男たちによって兄弟をのせた寝台は降ろされ、非常灯の点る薄暗い通路の中を運ばれていく。

 寝台を運ぶ男達は髪型・体格・服装すべてが似通っていて、言葉を発しないどころか動作音すらわずかしか聞こえてこない。これまでに感じたことのない不気味さを肌で感じた2人は、ここでも黙ったままでいた。


 運ばれた先はさして大きくもない部屋だった。部屋に着くなり運んできた男達はあっさりといなくなったので、2人して安堵した。

 余裕のできた2人はそれぞれに部屋の様子を伺った。

 部屋はライトの光が反射してまぶしく感じるほど白く、嗅いだことのないツンと鼻につく臭いがした。ハサミや注射器、名前もわからない道具、水の入った透明な箱などがところ狭しとならび、ピッピッという規則的な音や、ジーというものが細かく震える音もした。


 「今日は2人か」

 唐突に声が聞こえた。白衣の男が一人いた。一拍遅れて白衣がこすれる音がした。

 「健康状態は特に問題なし。体格は、年齢にしてはどちらも発育不良ぎみか」

 男は何気なく兄弟に近づくと、手に持った紙と兄弟を交互に見ながらぶつぶつと呟きながら歩き、立ち止まると首をかしげた。

 「はて、発語能力に問題はなかったはずなんだが」

 聞きなれない単語に兄弟がどう反応すれば良いかと迷っていると、表情を変えずに白衣の男は続ける。

 「しゃべれないとなれば、問題ありなんだが。困ったな」

 「しゃ、しゃべれます」

 「ぼ、ぼくも」

 兄弟は慌てて口を開いた。

 「ならよし」

 反応はそれだけで、男は兄弟に背を向けたくさんある道具をいじり始めた。その後は兄弟が何をしゃべろうと、問いかけようと、男は気にした風もなく作業を進めていく。


 問いかけるのも、不満をいうのも、しゃべるのも飽きた頃、男はようやく手を止めて2人に向き直った。

 男は無言で兄弟に注射器を向けた。チクッとしたが、すぐに体の感覚がなくなった。

 「さて、始めよう」

 意識がだんだん薄れていくなか、そんな声が聞こえたような気がした。


◆◆◆◆◆◆


 兄が目を覚ますと、隣にいる弟はまだ眠っているようだった。

 兄は、自在に動く両の手を見た。手の平の先に見える足も指の先まで自在に動く。

 あの日から、兄は手足が動くようにはなった。だが不幸せだった。弟に手伝ってもらわねば思うように動けないことが、どうにも嫌だったから。

 兄は、あの日のあの男の話を断ればよかったと何よりも感じていた。


 弟が目を覚ますと、隣にいる兄はすでに起きているのがわかった。

 弟は目だけを動かして周りを見た。色も、形も、大きさも何もかもが見える。

 あの日から、弟は目が見えるようにはなった。だから幸せだった。兄に聞かされる景色も物も自分の目では見えないことが、どうにも嫌だったから。

 弟は、あの日のあの男の話を断らなくてよかったと何よりも感じていた。


 まもなく、雇い主であり、主であり、兄弟がこうなるきっかけになった少女がやってくる。

 兄弟の扱いに関して多少雑なところもあったり、癇癪を起こしたりする困った少女だった。

 それでも、と兄弟は思う。

 着るものにも、食べることにも、寝る場所にも、もう困ることはない。

 他の誰がどんな顔で見ようと、どんな言葉をかけてこようと、それだけは事実だった。


 あの日々は、幸せだったのか。

 この日々は、幸せなのか。

 兄弟は互いに、定位置に腰掛させられながら、今日も幸せに思いを馳せている。


 兄弟は今、人形である。


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