1 てへぺろ。
三話で完結する短編です。
お気軽にサクッとお楽しみください。
【期間限定公開です】
最大のピンチにして最高のチャンスだった。
目の前には美少女の顔。距離にして15cm。通常ありえない至近距離だ。
今まで女子と付き合ったことなどない俺としては、とてつもないデビュー戦だった。
彼女の名前は那須野麻衣。学年一の才媛であり、生徒会長だ。本来なら俺みたいな何のとりえもない不細工のかなう相手じゃない。
しかしそれでも俺はあきらめられなかった。一年以上前からゆっくりとゆっくりと、挨拶できるようになり、おしゃべりをするようになり、休み時間に宿題を教えてもらうようになり……。
そして、放課後の図書室で二人きりの時間をすごす関係にまでこぎつけていた。
今日も誰も居ない図書室でオススメの本を教えてもらっていた。上の方の棚の本を取ろうとして、麻衣はバランスを崩した。俺は彼女を支えるように抱きかかえ……。気がついたら俺達は、いわゆる「壁ドン」の体勢になっていた。あ、いや、壁じゃなくて本棚だから、「本棚ドン」か。
こうして俺は予期せず突然クライマックスシーンを迎えたのである。
心臓が飛び出すような勢いで高鳴っていた。
麻衣が頬を染めて、少しはにかんだ瞳で俺を見た。俺は思わず唾を飲み込んだ。
麻衣がゆっくりと目を閉じた。俺は少しずつ顔を近づけていった。喉がカラカラだった。
二人の唇が触れそうになった時、俺の足元に大穴が開き、俺はその穴をどこまでも落ちていった。
我に返ると、そこは見慣れた図書室ではなかった。開けたオープンフィールド。屋外だ。
目の前には麻衣とは似ても似つかない、醜いオークの群れ。数は、1、2、3……、6匹。
振り返ると俺の後ろには4人の美少女が、完全な臨戦態勢で武器を構えていた。
詳しく書くと、
美少女①:レイピアを構えたビキニアーマーのエルフ魔法剣士(推定Dカップ)
美少女②:両手に爪付きの手甲を装備した、何故か体操服の獣人武闘家(確定巨乳)
美少女③:小柄な身体に巨大な銃を抱えたゴスロリ娘(貧乳)
美少女④:俺に熱い視線を向けている、ゆるふわローブの魔術師(巨乳希望)
といった感じだ。
しかし、前にはオーク、後ろに美少女、一体どんな状況なんだ?
そんな事を考えている暇もなく、俺の身体が勝手に動き始めた。
な、なんだなんだなんだ?
俺の周囲にオーラが立ちのぼり、オークたちの頭の上にターゲットマークが現れた。
俺の頭の上には、というと……。
【たなか よしお】と書かれたテキストボックスが浮かんでいる。な、何故俺の名前が?
テキストボックスの文字が【万・烈・拳!】に変わった。
俺の身体は勝手に動いて6匹のオークに1666発ずつパンチを食らわし、最後に地面を思いっきり3発殴りつけた。地面を三筋の衝撃波が走り、6匹のオークを直撃する。俺は手をぽんぽんとはたきながら美少女達を振り向いた。
俺を熱く見つめていた美少女④がちょっと呆れた顔で上を指差した。
そこには【9999】の表示。俺がパンチを放った回数カウンターだ。
俺が「数え間違っちゃった。テヘペロ」という顔で自分の頭をこつんと叩くと、カウンターが【10000】になり、背後のオーク達が爆発四散した。
そうか、これは異世界転生というやつか。麻衣とキスできなかったのはかなり悔しいけど、この四人の美少女達と……と思う暇もなく、俺の身体は上空に吸い上げられていった。
「田中くん、田中くん、大丈夫?」
揺さぶられて気がつくと、俺は図書室に戻っていた。床に仰向けになっていて、麻衣が必死で俺を揺さぶっている。
……膝枕じゃ、ないんだね。
しかし変な夢だった。異世界で戦うなんて夢以外ありえないだろうに、妙に感覚がリアルだった。
1万発のパンチなんてそうそう打てるわけがない。最初の十数発目くらいでもう腕が上がらないくらいへとへとになっていたのに、身体が強制的に動くのだ。しかも猛スピードで。10000発殴るのにかかった時間は2分半くらい。1秒間に70発くらい殴っていた計算になる。いやもう、どこの世紀末救世主だよ。
最初の数秒で俺の身体はもうぼろぼろのグロッキーだったのに、何故か元気に動き回りパンチを繰り出す。もう地獄以上の苦痛だった。しかも、最後の「テヘペロ」演出。あれはいらんだろ全く。
夢の事はもう忘れよう。今は麻衣の事だけ考えればいいんだ。
俺は気を取り直して起き上がろうとした。
う、動かない……。
動かないぞ、身体が。
そういえば全身が悲鳴をあげている。特に、腕。まるでパンチを無理矢理10000発も打ったような……。
……マジか。
あれは本当の事だったのか。
異世界転生は、本当にあったんだ。俺の身体のダメージがその証拠だ。俺が思ってたのとはだいぶ違うけど。
俺はあの美少女達とのハーレム生活を想像してみた……が、やっぱりこんなにしんどい思いはもうお断りだった。
翌日、俺は学校を休んだ。ってゆうか、筋肉痛で身体が動かせなかったと言う方が正しい。
午前中いっぱいは完全に行動不能だったが、昼を過ぎて夕方になる頃には少しずつ動けるようになってきた。
「よしおー! お客様よー! 那須野さんって方ー!」
母親の声が聞こえた。マジか。麻衣がとうとう俺の部屋に!
俺は慌てて飛び起きた。少なくとも気持ち的には飛び起きた。だが身体はついていける状態ではなく、中途半端に起き上がったところでバランスを崩し、ベッドから転げ落ちた。
が、床に激突する感覚はなかった。俺の身体は、無限に落下していった。